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【逆説の日本史】朝日が「好戦的」新聞に変節する分岐点となった大筆禍事件

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。今回は近現代編第十四話「大日本帝国の確立IX」、「シベリア出兵と米騒動 その20」をお届けする(第1445回)。

 * * *
 現在、一九一八年(大正7)の「平民宰相」原敬内閣の成立と展開について語っており、この直後に日本は列強の一員としてベルサイユ体制のなかで認められてゆくわけだが、その体制を決したパリ講和会議(1919年1月より開始)の話に入る前に、その前後に起きた二つの重大事件について語っておかねばならない。

 白虹事件(1918年)と尼港事件(1920年)である。

 この二つの事件、この後の日本いや大日本帝国の方向性を定めたと言っていい重大事件なのだが、多くの日本人はそのように認識していない。本連載の愛読者でも、この両事件の概要をすらすら語れる人はまれだろう。まず白虹事件から語るが、それは米騒動勃発後まだ寺内正毅内閣が辛うじて命脈を保っていた、一九一八年の夏に起こった。

〈はっこう-じけん
大正7年(1918)に大阪朝日新聞が掲載した記事をめぐる筆禍事件。米騒動に関する記事の掲載を禁止した寺内正毅内閣を糾弾するジャーナリストの集会を報じた記事の中で、国に兵乱が起こる凶兆を意味する「白虹日を貫けり」という故事成語を用いたことから、朝憲紊乱にあたるとして新聞私法違反に問われた。右翼団体が新聞社社長に暴行を加える事件も起こり、同新聞社は論調の転換を余儀なくされた。白虹筆禍事件。大阪朝日新聞筆禍事件。〉
(『デジタル大辞泉』小学館)

 前にも述べたように、日露戦争反戦を訴えた『國民新聞』が暴徒に襲われた日比谷焼打事件の後、日本の新聞は国策支持・戦争賛成への方向に大きくシフトした。とくに『東京日日新聞』(『毎日新聞』の前身)などは、第一次世界大戦への参戦を強く訴えていたことはすでに述べたとおりだ。『朝日新聞』も決して戦争反対では無く、青島攻防戦においては指揮官中将の「手ぬるい」やり方を批判していた。

 しかし、東京と大阪でそれぞれ新聞を発行していた(紙面や論調は必ずしも一致しない)朝日新聞は、とくに「大阪」が政府に批判的だった。あたり前のことだが、批判すべき点があれば批判するという至極まっとうな態度を取っていたのだ。そして米騒動を軍隊の力で弾圧するという強硬手段を取った寺内内閣に対し、大阪朝日は「そもそもこんな騒動が起こったのもシベリア出兵という軍事行動に軽率に踏み切ったからであり、寺内内閣は退陣すべきだ」という猛烈なキャンペーンを張った。

 これに対し政府は、米騒動に関する一切の記事の掲載を禁止するなど法律に基づいた弾圧を行なった。新聞はその部分をわざと白紙にして発行して抵抗したが、当然国民の不満は高まる。そして八月二十五日、政府の言論弾圧を糾弾する「関西新聞社通信大会」が大阪で開かれた。当然、集会は寺内内閣批判一色となった。ところが、その内容を報じた当日の大阪朝日の夕刊に、政府が難癖をつけたのである。

 記事のなかに「金甌無欠(完璧なことのたとえ)の我が大日本帝国も、いまや最後の裁判の日に近づいている。『白虹日を貫けり』と不吉な言葉が人々の頭に響く」という文言があったからだ。これは中国の古典『戦国策』に基づくもので、白い虹が日輪を貫くという不思議な天文現象が起こったときは国家に兵乱が起こる、と考えられていた。

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