しかし、左翼の歴史学者は事実を直視せずに「共産国家の悪は暴きたくない」という姿勢を優先させる。だから、当然彼らの下す「判決」は公平性を著しく欠いたものとなる。彼らの指摘する「事実」がすべてデタラメだとは言わない。これを刑事裁判にたとえれば、彼らの主張は「検察側の論告」である。つまりは被告「日本軍あるいは日本人」が罪を犯したと決めつけ、「有罪の推定」のもとに被告に不利な事実だけをピックアップして糾弾するという「検察側の手法」だ。

 これに対して、実際の裁判では弁護人の弁論がある。「シベリア出兵には、日露戦争で犠牲になった人々の死を無駄にしてはならないという強烈な思いがあった。それが最大の動機である」とか「日本軍が最後までソビエト領内にとどまったことによって、置き去りにされたポーランド孤児たちを救出することができた」などというもので、「シベリアからの撤兵が遅れたのも、日本の民間人が虐殺された尼港事件の責任をソビエトが認めなかったからだ」という弁論も成り立つ。

 そうした検察側と弁護側双方の言いぶんを勘案し、最終的な判決を下すのが裁判官の役割だ。考えてみれば、歴史を論ずる者は「検事、弁護人、裁判官」の一人三役をこなさなければならない。じつに大変だが、それをこなす覚悟が無ければ歴史を論ずるべきでは無い。「検事」に徹して「悪を追及」し、それゆえに「自分は良心的」だと思い込み、他人の批判には「自分が正義だから相手は悪だ」と決めつけるなら、こんなラクな話は無い。

左翼歴史学者による「印象操作」

 もちろん、実際の裁判がそうであるように「犯人」がいかに同情すべき動機を持っていたとしても、それは減刑の材料になっても免罪の理由にはならない。そういう言い方をすると左翼歴史学者はすぐに「そうだ、そうだ。日本は有罪だ!」と喜んで叫び出しそうだが、この尼港事件の場合は逆でソビエトの有罪は確定している。なぜならば、赤色パルチザンが日本軍兵士だけで無く民間人まで虐殺したことは、ソビエト側も否定していないからだ。

 非戦闘員である民間人の軍隊による虐殺は絶対に正当化されない。それが人類の基本ルールである。しかし、少し前の回で紹介した百科事典の尼港事件に関する記述を思い出していただきたい。たとえば、赤色パルチザンが日本軍を攻撃、さらに日本人虐殺の暴挙に踏み切ったのは、日本の「不法行為」が原因だったと書いてある。

 この「不法行為」とは、現地の日本軍が赤色パルチザンと休戦協定を結んでいたのに日本側が一方的にそれを破棄して赤色パルチザンに奇襲をかけた、ということのようだ。しかし、仮に日本軍のほうにそうしたルール違反があったとしても、それは赤色パルチザンが日本人非戦闘員を殺していいという理由にはならないのである。それが人類の常識なのに、左翼歴史学者はいかにも日本側に責任があるように書く。これも一種の情報操作である。

 ちなみに、前出の『新 もういちど読む 山川日本史』の編者二名のうち、五味文彦東大名誉教授は中世史が専門だが、鳥海靖東大名誉教授(故人)は近現代史が専門である。つまり、シベリア出兵の項に尼港事件(および北樺太の保障占領)を入れる必要が無いと最終的に判断したのは、この人物なのである。

 自分の裁量で選べる教科書についてはカットし、説明せざるを得ない項目では、あくまで「日本が悪い」という結論に読者が到達するように印象操作をする。すべては左翼歴史学者が「共産国家の悪は暴きたくない」からである。もし私のこうした断定に異議を唱えようとする近現代史専門の歴史学者がいるとしたら、最初にすべきことは私への批判では無く、日本近代歴史学界の「権威」である藤原彰一橋大学名誉教授(故人)への批判である。

 このことは以前にも述べたことがあるのでごく簡単に説明すると、朝鮮戦争は「北朝鮮の韓国に対する一方的な奇襲」によって始まったというのが、現在確定している歴史的事実である。しかし藤原は、「韓国軍の先制攻撃による侵略」だと、世界中の軍事学者や歴史学者が「北朝鮮侵略説」を採った後も大学の教壇でそう叫び続けていた。

 もちろん人間である以上、善意で間違えることも一般的にはあるだろう。しかし藤原はかって帝国陸軍士官であり戦争経験もある。そんな人間が間違えるはずが無い。小泉訪朝で「北朝鮮の日本人拉致」が白日の元に晒されたにもかかわらず、それが右翼の陰謀だという論文をそのままホームページに掲載し続けた社会民主党を彷彿とさせる話だ。

 また藤原に限らないが、左翼歴史学者たちはかつてソビエト連邦によるポーランド将校虐殺(カチンの森の虐殺)を「ナチス・ドイツの仕業」だと言っていたし、中国の文化大革命(実際は自国民の大虐殺)を「人類史上の快挙」と叫んでいた。しかも二言目には「反省しろ、謝罪しろ」というくせに、自分たちの過ちは決して認めようとしない。それが日本の左翼歴史学者の実態だった。そういう数々の事実を踏まえて批判しているのだから、矛先を間違えないでいただきたい。

関連記事

トピックス

田中圭
《田中圭が永野芽郁を招き入れた“別宅”》奥さんや子どもに迷惑かけられない…深酒後は元タレント妻に配慮して自宅回避の“家庭事情”
NEWSポストセブン
田村瑠奈被告(中央)
《父・修被告よりわずかに軽い判決》母・浩子被告が浮かべていた“アルカイックスマイル”…札幌地裁は「執行猶予が妥当」【ススキノ事件公判】
NEWSポストセブン
ラッパーとして活動する時期も(YouTubeより。現在は削除済み)
《川崎ストーカー死体遺棄事件》警察の対応に高まる批判 Googleマップに「臨港クズ警察署」、署の前で抗議の声があがり、機動隊が待機する事態に
NEWSポストセブン
ニセコアンヌプリは世界的なスキー場のある山としても知られている(時事通信フォト)
《じわじわ広がる中国バブル崩壊》建設費用踏み倒し、訪日観光客大量キャンセルに「泣くしかない」人たち「日本の話なんかどうでもいいと言われて唖然とした」
NEWSポストセブン
北海道札幌市にある建設会社「花井組」SNSでは社長が従業員に暴力を振るう動画が拡散されている(HPより、現在は削除済み)
《暴力動画拡散の花井組》 上半身裸で入れ墨を見せつけ、アウトロー漫画のLINEスタンプ…元従業員が明かした「ヤクザに強烈な憧れがある」 加害社長の素顔
NEWSポストセブン
筑波大学の入学式に出席された悠仁さま(撮影/JMPA)
悠仁さま入学から1か月、筑波大学で起こった変化 「棟に入るには学生証の提示」、出入りする関係業者にも「名札の装着、華美な服装は避けるよう指示」との証言
週刊ポスト
藤井聡太名人(時事通信フォト)
藤井聡太七冠が名人戦第2局で「AI評価値99%」から詰み筋ではない“守りの一手”を指した理由とは
NEWSポストセブン
趣里と父親である水谷豊
《趣里が結婚発表へ》父の水谷豊は“一切干渉しない”スタンス、愛情溢れる娘と設立した「新会社」の存在
NEWSポストセブン
米利休氏のTikTok「保証年収15万円」
東大卒でも〈年収15万円〉…廃業寸前ギリギリ米農家のリアルとは《寄せられた「月収ではなくて?」「もっとマシなウソをつけ」の声に反論》
NEWSポストセブン
SNS上で「ドバイ案件」が大騒動になっている(時事通信フォト)
《ドバイ“ヤギ案件”騒動の背景》美女や関係者が証言する「砂漠のテントで女性10人と性的パーティー」「5万米ドルで歯を抜かれたり、殴られたり」
NEWSポストセブン
“赤西軍団”と呼ばれる同年代グループ(2024年10月撮影)
《赤西仁と広瀬アリスの交際》2人を結びつけた“軍団”の結束「飲み友の山田孝之、松本潤が共通の知人」出会って3か月でペアリングの意気投合ぶり
NEWSポストセブン
田村容疑者のSNSのカバー画像
《目玉が入ったビンへの言葉がカギに》田村瑠奈の母・浩子被告、眼球見せられ「すごいね。」に有罪判決、裁判長が諭した“母親としての在り方”【ススキノ事件公判】
NEWSポストセブン