世界的には「レーニンは英雄」
逐条解説すると、第一条にある「秘密外交」とは、この第一次世界大戦中にもサイクス・ピコ協定(英仏が勝利の暁にはオスマン帝国をどのように分割するかというもの)という実例があったが、和平交渉においてはすべての外交関係が透明化されていないと実質的に進まないケースがある。
秘密協定を理由に和平を拒否する場合、拒否する側も「秘密」であるがゆえにそれが理由だとは言えない。仲介者は仲介しようにも反対理由がわからず、結局失敗するということにもなりかねない。だからこそウィルソンは帝国主義陣営の一員でありながら、第一に「秘密外交の廃止」を挙げたのだが、これで古くから利益を上げてきた帝国主義陣営の双璧でもある英仏は、なかなかこれを根絶できなかった。
それどころか、イギリスは中東においてはサイクス・ピコ協定と相反する態度を表向きに取るなど、「二枚舌」ならぬいわゆる「三枚舌外交」を展開し、それが現在でも中東和平の大きな障害になっていることは前にも述べたとおりだ。昨今、日本でなにかと物議を醸しているクルド人問題も原因を辿れば、この「三枚舌外交」にいきつく。
第二条、第三条も、第一次世界大戦において英・仏・露が三国協商を締結し経済圏をブロック化していたことが軍事同盟につながった、という反省を踏まえてのことだ。第四条については当然のことだが、第五条については問題がある。
この時点では「属国」をまったく持っていないソビエト連邦にくらべて、アメリカは植民地フィリピンを支配しているだけで無く、中国大陸の利権にも並々ならぬ関心を示している。つまり、「公正な解決」とはかつての「門戸開放宣言」に基づくもので、背景には日本の中国進出を牽制する意図があった。
第七条についてはこれも以前解説したが、ベルギーが中立国として存在することはヨーロッパの平和に欠かせない要素のひとつなのである。第九条から第十三条については、この大戦の結果、三つの帝国が消滅しオスマン帝国もガタガタになったことにより多くの民族国家が建国される状況になったので、それをサポートしていこうということで、根底にはレーニンの主張した民族自決がある。
だが、お気づきのように民族自決とは結局帝国主義の否定なのである。帝国とはそもそも人種や慣習の異なる民族を一つの理念(宗教など)に基づいて半ば強制的に統合したもので、当然自己の文化を愛する民族主義者からは反撥を食らう。そもそも第一次世界大戦のきっかけとなったサラエボ事件も、オーストリア・ハンガリー帝国の皇位継承者を民族主義者が暗殺した事件だった。
この点、帝国主義陣営に属するウィルソンの主張には矛盾があるということだ。だからこそ、最後の第十四条でウィルソンはそれらを調整する国家を超えた「国際組織の創設」を提唱した。ウィルソンとしては、いまこそ人類史の転換点であり、これだけの犠牲者を出した大戦の反省もあるから提言は実現され、戦争の無い、少なくとも世界大戦のような惨禍は二度と起こらない世界は作れる、と考えたのだろう。
しかし、実際にはうまくいかなかった。その理由を探求することは、きわめて重要である。現在の世界には核兵器が溢れており、次に世界大戦が起これば下手をすれば人類滅亡につながるかもしれない状況なのだからなおさら重要で、歴史家としての使命はここにあるといっても過言ではない。しかし、その厄介で困難な問題は「国際連盟の成立から崩壊」への歴史的経過を辿ることによって、おいおいに分析することにしよう。