第1章では激動の時代を自らの芸と才覚で渡り切り、一座の華であり続けたマダム・サキにみる〈ロープの上の途方もない可能性〉を。第2章と3章では、1859年に麻縄1本でナイアガラを渡り、世界中に第2、第3のブロンディンを生んだ巨星と、彼に続く挑戦者達の栄光と挫折の物語を。
続く4章では女性として初めてナイアガラを渡った〈女ブロンディン〉の系譜にも触れた上で、石井氏は綱渡りが〈対抗文化のジャンル〉に置かれてきたからこそ、従来的なジェンダー観や身体イメージを〈ドラスティックに変更する可能性をもっていた〉と書く。
「これも今回書きたかったことのひとつで、従来は男性の偉業を男性が書くことの多かったサーカスや空中芸の歴史に、ジェンダー的観点から光を当てる研究が最近は海外で出始めていて、私自身、眼から鱗でした。
確かに封建的で父権的な社会で、彼女達が自ら体を張り、恋愛して、経済的にも自立していた点は時代を先取りしているし、綱渡りがハイアートの対極にある芸術だからこそ、まだまだ歴史に埋もれた魅力的な人物がいると思うんです」
悲観的な人には綱渡りはできない
それこそブロンディンに挑戦状を送るも無視され、さらに妻が演技中の事故で死亡し、失意の中、興行師として人間大砲や安全ネットまで発明したファリーニ。1962年に〈七人のピラミッド〉という家族総出の綱渡り芸において、一切の安全対策を拒む創設者の信念が災いして2人が死亡、1人が下半身不随となる事故を起こした「空飛ぶワレンダ一座」。その末裔で、1998年に事故があった同じ場所で「7人」を、2001年には日本の倉敷で「8人」を成功させたニック・ワレンダ。また9章に〈真にインディペンデントに学んできた者だけが語れる哲学──それがプティの世界である〉と著者が書くプティ──。
そうした彼らの多くはノマド的で金銭にも執着がなく、国や性別や法すら軽々と超えてしまうのである。