独自の「別海町畜産環境に関する条例」を定めた北海道・」別海町

独自の「別海町畜産環境に関する条例」を定めた北海道・別海町

雪原に糞尿を撒く

 そんな道東の畜産関係者を悩ませるのが、乳牛の糞尿問題だ。糞尿はタンクに溜め込み、スラリーと呼ばれる液体状の肥料にする。人間でいう下肥だが、量が段違いに多い。

「この辺りでは、できたものを全部撒くのがスラリー散布。施肥ではなくて、産業廃棄物の最終処分」

 道東のある畜産関係者は、こう言いきった。スラリーは本来なら、牧草地や畑に肥料として施す。ふつうは面積当たりにどのくらいを施せばいいというJAや行政の指導に則るか、農家が土壌を分析して足りない養分を補うかする。

 ところが、畑地が限られ牧草地しかないような地域では、「全量撒く以外に方法がない」(先の関係者)。運搬費用がかさむので、地域外に持っていくのも難しい。

 その結果、道東では春先、雪がまだ残っている牧草地にスラリーを撒くというグレーな処分がみられる。積雪が残る状態や土壌がまだ凍結している状態で撒くと、雪解けとともに流れ出て、河川を汚染する可能性がある。「廃棄物の処理及び清掃に関する法律(廃掃法)」や「水質汚濁防止法」に触れる懸念が、かねてより指摘されてきた。道はこうした散布をしないよう、指導している。

 唯一条例を作って明確に禁じたのが、道東に位置し、生乳の生産量で日本一を誇る別海町(べっかいちょう)だ。町の基幹産業は、約11万頭もの乳牛を飼育する酪農を中心とした農業と、漁業である。人口約1万4000人(2024年12月末時点)の町で、国内の乳牛の実に約9パーセントが飼われている。全国的に珍しい独自の「別海町畜産環境に関する条例」を2014年に定めた。

 条例の制定前には、施設のキャパシティーを超えた頭数を飼育した農家で、スラリーを溜めるタンクが満杯になり、あふれ出て河川や海を汚染する事故が複数起きていた。

「ほとんどの酪農家は排泄物をしっかり管理していましたが、やはり一部にそういう意識がないまま経営する酪農家もいて、過去に糞尿を流出させる事案が発生しました。一人がやったとしても、それは町全体の問題として捉えなければいけない」

 こう話すのは、別海町の農政課の担当者だ。条例には、「家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律(家畜排せつ物法)」や廃掃法の、酪農に関わる部分を改めて盛り込んでいる。

「法律よりも、身近にある条例で定めれば、気をつけようという気持ちが起きやすいだろうと、条例でもあえて定めました」(同町担当者)

 この町に独自なのが、乳牛の飼養頭数の面積当たりの上限を設けたことだ。スラリーを散布する農地面積1ヘクタール当たり、2.13頭を超えてはならないとする(ただし一部に例外あり)。国が定める地下水の環境基準を超えないよう、適切な頭数を、研究機関の協力も得て算出した。

 条例を浸透させるため、町は地元の農協や道とともに指導チームを作って農家を訪れ、 適切な管理がされているか確認している。条例の制定から数年は、毎年全戸を回り、今は3年に1度の頻度で全戸を回る。

「環境への影響を理解していない方は、自分のところだけ良ければいいやという考え方に なってしまう可能性があります。それでは周囲に多大な影響を与えかねず、もし地下水を汚すと、回復に何年もかかるわけです。事業者の一人ひとりが、そういう意識と自覚をもってしっかり対応していくことが、重要だと思いますね」(同)

 別海町は先進事例である。町の外に出ると、積雪が残っていたり、まだ土壌凍結していたりしても、スラリーを撒く農家はいまだにある。

 理由はさまざまある。スラリーを溜めておくタンクがあふれそうで雪解けを待てない、 黒いので融雪剤代わりに撒いて雪解けを促したい、春先は忙しいので作業を前倒ししたいなど。最たるものは、道東に乳牛が多すぎるという、構造的な問題だ。

(了。第1回から読む)

【著者プロフィール】
山口亮子(やまぐち りょうこ)/ジャーナリスト。愛媛県出身。2010年京都大学文学部卒業。2013年中国・北京大学歴史学系大学院修了。時事通信社を経てフリーになり、農業や中国について執筆。著書に『日本一の農業県はどこか―農業の通信簿―』、共著に『誰が農業を殺すのか』(共に新潮社)、『人口減少時代の農業と食』(筑摩書房)などがある。雑誌や広告の企画編集やコンサルティングなどを手がける株式会社ウロ代表取締役。

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