テレビ局関係者は、「国分さんからは“俺はイジる側”という意識を感じた」と語る。
「その場を盛り上げようとしたのでしょうが、共演した後輩アイドルをしつこくイジったりしていました。現代の価値観だと、意地悪な印象を受ける人も多そうです。
デビュー前の国分さんはヤンチャなタイプだったと聞きますし、“キツいイジリはおもしろく、愛情の裏返しだ”という感覚が抜けなかったのかもしれません。2014~2019年にテレビ番組出演本数ランキングで6連覇という偉業を成し遂げて、自分のトーク力に絶対の自信があったのだと思います」
TOKIOが人気絶頂時の2001年、国分はグループの未来についてこのように語っていた。
〈バンドって解散することが当たり前のように思われてるけど、海外にはローリング・ストーンズみたいに、ずっと活動を続けてるバンドがいる。僕らにも、それができればいいんじゃないかな〉(『ポポロ』2001年8月)
なお、国分の発言の後には、山口が「ただ、続けていくためには、いろんな変化をしていかないとダメだからね」と続けていた。
かつて掲げた、“TOKIOをずっと続ける”という目標。自身の至らなさで、その夢は潰えてしまった──。