デビュー20周年記念作『こうふくろう』著者・薬丸岳さん
【著者インタビュー】薬丸岳さん/『こうふくろう』/小学館/2310円
【本の内容】
2020年5月、大学に合格して兵庫県明石市から上京。ひとり暮らしをする芹沢涼風はコロナ禍の影響で孤独に苛まれていた。ある日、ニュースで池袋の公園に集まる若者たちの姿を見た涼風がその地を訪れると、同じように行き場をなくした者たちがいた。そこで西島翔に出会う。《誰かとつながりたい》と言う涼風に、西島は言う。《「血がつながっていなくても、戸籍上は他人であっても、肉親よりもはるかに自分を幸福にしてくれる存在こそが本物の家族なんじゃないかって」》。やがて親しくなった者たちと「こうふくろう」を立ち上げるが、巨大化した集団の内部では日常的に犯罪行為が繰り返されるように──。一気読み必至! 圧巻のデビュー20周年記念作。
コロナ、トー横キッズ、宗教。3つの関心が結びついて──
コロナ禍まっただなかの東京・池袋。コロナによって人生を狂わされ、孤独に苦しむ若者たちが公園に集まり、その中から「こうふくろう」という集団が生まれていく。
「コロナの期間にぼくが書いた小説がいくつかあるんですけど、どれも2019年以前かコロナ禍がほぼ終息した2023年以降に設定していて、コロナで大変だった時期は外していたんです。マスクをしてたり飲食店で自由に話せなかったり、小説の自由度が低くなるからですけど、いつかはコロナ禍を小説で書いてみようと思っていました。
もうひとつ、ずっと気になっていたのが『トー横キッズ』のことです。居場所のない若い子が新宿にたむろして、事件に巻き込まれたりもしていて。『週刊ポスト』で小説を連載することが決まって、2022年に打ち合わせをしていて、編集者から『薬丸さんが宗教を題材に書いた話を読んでみたい』と言われた瞬間、その3つの関心が結びつきました」
そこから物語が動き始めた。居場所を失い、寂しさや疎外感、閉塞感を抱えこんだ若い人たちが、「本物の家族」をつくって幸せになろうとし、そして事件が立て続けに起きる。
小説には2020年と2021年、複数の時間が流れ、過去と未来を行き来する感覚になる。
緻密な設計図をもとに書かれた物語かと思えばそうではなく、毎週の締切を前に、ギリギリまでどうしようか考えながら書き継いでいったのだそう。
「『こうふくろう』に限らず、ぼくはほぼほぼ先がわからないまま書いていきます。今回、いくつかの時間軸を使いたいということは決めていて、第一部で2020年を、第二部で2021年を描いてもよかったんですけど、交互に書いていったほうが、よりスリリングな展開になるんじゃないかと思いました」
書籍化するときに大幅に改稿・加筆し、序章と終章も新たに書き加えた。冒頭で、若い女性がビルから飛び降りたことが知らされ、そこにいたるまでの時間で「こうふくろう」に何があったのかが少しずつ明らかになる。
「今の読者はミステリーを読み慣れているので、最初に自分が考えた設定で書いていくと、『次はこうなる』って見透かされるんじゃないかという恐れがぼくの中にあるんです。
人生だって、この先どうなるかなんてわからないじゃないですか。小説を書くときも、登場人物の将来をどうしようかと考えるんじゃなく、その人は今どう生きているんだろう、と考えるようにします。選択肢はいっぱいあって、たとえばひとつのドアを開けると、開けられなくなるドアも出てくる。いくつも選択をくり返すと、ある時点で、ああ、これが自分の書きたかったことかと気づく。そんな感じです」
先の展開を細かく決めないで書くからこそ、登場人物の葛藤が読者にも伝わるのではないかと薬丸さん。確かに、読んでいて暗闇に立ちすくむような、まったく展開が読めなくなる瞬間がある。たぶん、こうした執筆スタイルによるものだろう。
タイトルも印象に残る。「こうふく(幸福)」という音が入っているのに、不穏さのほうが打ち勝つこのタイトルは、どうやって決まったのだろう。
「舞台を池袋にしたのは自分に土地勘があるからで、担当編集者と落ち合って、石田衣良さんが小説で描いた『ウエストゲートパーク』のあたりから、ぐるっと回って東口の公園に行き、サンシャイン通りを進んで中池袋公園に行きました。ふくろう像(いけふくろう)もあるし、若い人が集まるのはここがいいんじゃないかと。
タイトルはなかなか決まらなくて、原稿を2回分ぐらい送って、『そろそろ連載始まるんでタイトルどうしましょう』と編集者から言われて、仕事場の近くで飲んでいるときに『こうふくろう』って奇怪な言葉がふっと出てきたんです。編集者も『怖くていいですね』と言うので、このタイトルに決まりました」
はじめに言葉ありきで、作中の若者たちが「本物の家族をつくりたい」と言うのも、「ふくろう像」を撫でたら幸せになれると信じられている設定もすべて後付けだそう。