『鬼にきんつば 坊主と同心、幽世しらべ』/笹木一・著
【書評】『鬼にきんつば 坊主と同心、幽世しらべ』/笹木一・著/新潮文庫/781円
【評者】澤田瞳子(小説家)
「日本ファンタジーノベル大賞2025」の最終候補作でもある本作の舞台はお江戸。強面の剣の達人にして北町奉行所同心・河原小平次は、その実は甘いものが大好きで幽霊が苦手な心優しき男。「鬼の河原」とも通称されるそんな彼が、幽霊を見ることができる美僧・蒼円に本当の姿を見破られてしまったのだから、さあ大変。蒼円のもう一つの異能、自分に触れた者にも幽霊を見せられる力に巻き込まれ、死者たちの謎を解き明かしてゆく。
口の達者な蒼円と、幼い頃の親友との別れを心の傷として抱える小平次。でこぼこの多い二人のバディぶりはそれだけで微笑ましいが、本書の読みどころはただ彼らが死者の謎を解いていくところにあるわけではない。
思えば死者とはかつては間違いなくこの世に在った者であり、死者の向こうには彼らが生前に関わりを持っていた人々がいる。ゆえに小平次たちは死者の死の理由を探る中で、今なお命ある──そしてこの先も生き続けねばならぬ人々の喜怒哀楽を掘り起こしていく。その結果、導き出される結末には、兄弟の情、親子の愛など、およそ湿っぽい幽霊がきっかけとは思えぬほど温かいものが含まれている。
つまりこの世のものならざるものを登場させつつも、本作の中心にはお江戸を生きる人々の情愛が厳然と据えられている。小平次のように幽霊が苦手な方も、どうか安心して手に取っていただきたい。
それにしてもきんつばや粟おこし、落雁など、本作に登場する菓子は実に美味しそうで、それを口にする際の小平次の陶酔と言い訳とあいまって、ついこちらの頬までゆるんでしまう。本書の末尾にはあっと驚くどんでん返しが待ち受けているが、これは次なる物語への仕掛けではないだろうか。ついそう期待したくなるほど親しみやすく、楽しい人情時代小説である。
※週刊ポスト2025年8月8日号