『アメリカの新右翼 トランプを生み出した思想家たち』/井上弘貴・著
【書評】『アメリカの新右翼 トランプを生み出した思想家たち』/井上弘貴・著/新潮選書/1705円
【評者】辻田真佐憲(近現代史研究者)
作曲家のすぎやまこういちは、かつて民主党政権下の日本を「日本軍と反日軍の内戦状態」と表現した。保守とリベラルが妥協の余地なく対立する状態を先駆的に言い当てた言葉だった。アメリカではそのような対立を「文化戦争」と呼び、とくにオバマ政権から第一次トランプ政権にかけて先鋭化したとされる。
従来のアメリカ保守は、古典的自由主義と道徳主義の「同盟」に立脚していた。市場の自由とキリスト教価値観は、共産主義との対決のために、相補的なものとみなされていたのである。
ところが、文化戦争の激化を受けて事情は変わった。リベラルがアメリカの歴史を「書き換え」、企業も多様性を推進する側に回ったことで、道徳主義は市場に変わる新しい「同盟先」を求めることになった。
ポストリベラル右派と呼ばれる一派は、強力な国家権力に期待を寄せる。そこでモデルとされるのは、宗教的価値を重んじるハンガリーのオルバーン政権である。あるいは、IT長者などからなるテック右派は、信仰とテクノロジーの融合をめざす。かつて進歩は左派の専売特許だったが、かれらにとってはむしろ神の秩序と調和するものとして再定義される。
本書は、まるでおもちゃ箱をひっくり返したかのように、このようなアメリカの新しい保守思想を小気味よく紹介していく。その混沌ぶりは、約一〇〇年前の戦間期を思わせる。荒唐無稽に思える言説も多いが、既存の秩序が揺らぐ時代には、主流から外れた思想が意外な力を発揮することがある。実際、ヴァンス副大統領やイーロン・マスクなどの言動には、こうした新しい保守の影響が見え隠れする。
文化戦争こそ終わらせるべきなのだろう。だが左右のあいだを取り持とうとする言論は、もはや利敵行為としかみなされないという。他人事と笑っていられない話ではないか。
※週刊ポスト2025年8月15・22日号