西谷格氏が見た拷問椅子(人権団体「CHINA CHANGE」のサイトより)
「お前は反中組織のスパイではないのか?」
弁護士を呼んで欲しい、日本大使館にも連絡を取りたいと伝えたが、「今は駄目だ」と一蹴された。「日本人ジャーナリスト、新疆で拘束」とニュース速報が流れることを予見し、ネットでバッシングされるだろうと想像した。
取り調べの合間には何度か激辛の中華弁当を出されたが、ほとんど喉を通らない。睡眠を禁止された状態で、エンドレスに尋問を受けた。次第に後頭部が痺れるように痛み出し、視界が揺れて平衡感覚すら保てなくなった。苦痛を訴えると「立て」と言われ、突然背中をパンパンと叩かれた。反射的に足を踏ん張った。
「大丈夫そうだな。続ける。水さえ飲んでいれば、人間はそう簡単に倒れないんだ」
いつ、どこで、誰に会い、何を聞いたのか。そもそも、何のために新疆に来たのか。渡航費用はどこから出ているのか。警察たちは、こうした質問を何度も繰り返し、私が少しでも言い淀むと激しく詰問した。
やがて「お前は反中組織のスパイではないのか?」と疑いをかけられ、否定すると「そうでないことを証明しろ!」と迫った。私は、この旅行はすべて個人で計画し、誰の依頼も受けていないと繰り返すほかなかった。
拘束が24時間を超えると肉体と精神はボロボロになり、離人症のような症状が出始めた。やがて一区切り付いたと思しきタイミングで、突然調書にサインするよう求められた。熟読していると「早くしろ!」と急かされ、供述内容が違うと訴えても、却下された。
「サインするのか、しないのか。しないともっとひどいことになるぞ」
水分補給やトイレも禁止され、私はどうすることもできず、やぶれかぶれになって自分の名前を書き殴った。続いて「警察の態度は紳士的で、私は十分な休息を与えられました」との一文にも同意せよと命じられた。
サインするとようやく睡眠が許可され、一眠りして起こされると、唐突に「もう行っていいぞ」と30時間ぶりに外に出た。カザフスタンに着いてから数日間は抑鬱状態になり、寝具のなかに潜り続けた。
渡航を振り返ると、新疆ウイグルとはつくづく特殊な土地なのだと気付かされる。私の体験も含めて日本から見ると恐ろしい面があるのは事実だが、中国とはかくも複雑で、計り知れない国なのだろう。
(前編から読む)
【プロフィール】
西谷格(にしたに・ただす)/1981年、神奈川県出身。ジャーナリスト。早大卒業後、地方紙記者を経てフリーランスとして活動。2009年に上海に移住、2015年まで現地から中国の現状をレポートした。現在は大分県別府市在住。
西谷格氏による新刊『一九八四+四〇 ウイグル潜行』の刊行を記念し、8月23日、本屋B&Bにてルポライター安田峰俊氏との対談イベント「潜入ライター、“AI監視”ウイグルに迷い込む」が開催される。詳細は→ https://bookandbeer.com/event/20250823_ugi/
※週刊ポスト2025年8月29日・9月5日号