ヒグマの調査・捕獲を行う葛西真輔氏(左)、クマ撮影を続ける写真家の二神慎之介氏
今年もクマによる被害が相次いでいる。北海道の福島町と羅臼岳では、ヒグマの襲撃による死亡事故が相次いだ。報道が過熱するなか、現地でレンジャーとして日々、ヒグマと向き合う対策プロたちは何を思うのか。ノンフィクションライターの中村計氏がレポートする。(文中敬称略)【前後編の後編。前編から読む】
「スピードとパワーがヤバい」
クマと人間の関係は、車と人にたとえられることがある。車は十分な殺傷能力を持つが、互いがルールを守っている限り、基本的には安全な乗り物だ。そこへいくと羅臼岳の事故は、車がビュンビュン通る道路の信号を無視し、走って横断歩道を渡ろうとしたようなものなのだ。
無論、逆のパターンもある。クマ側がルールを侵すケースだ。7月12日の明け方、北海道福島町で新聞配達員がクマに襲われたケースはまさにヒグマの「暴走」だった。警戒心の極端に強いヒグマは滅多に市街地に現れない。同事故は、言ってみれば、歩道を歩いていた人のところに、猛スピードの車が突っ込んで来たようなものだった。
知床で野生動物の対策業務を手がける「ワイルドライフプロ」の葛西真輔にもこんな経験がある。2年前、単独でシカ猟をしていたときのことだ。
「10メートルくらい先の藪の中からヒグマがひょいと顔を出した。すごく怒ってたんです。そうしたら次の瞬間、飛ぶように走ってきて右腕をはたかれた。僕は倒れてしまって、まだ2、3メートル前にいたクマに反射的にクマスプレーをかけたら逃げて行きました」
葛西のこれまでの経験だとヒグマは大抵、威嚇だけで終わった。突進して来ても途中で止まったり、直角に曲がって去って行った。葛西が言う。
「恐怖よりも『なんで?』って感じですよ。僕が何か大きなミスをしたわけではない。改めて、いろんなタイプがいるんだなと思いましたね」
叩かれた葛西の二の腕はパンパンに腫れ上がり、一週間ほど腫れが引かなかったという。
「ヒグマは全身筋肉のスーパーアスリートみたいなもの。スピードとパワーがヤバい。しかも生命力の塊。心臓を撃たれても50メートルくらい走るし、定置網漁にからまってしまったクマは海の中で1週間くらい生きていましたから」