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朝井まかて氏『どら蔵』インタビュー 「名もなき職人が作った雑器も存在する限り愛されたり捨てられたりドラマが生まれる」

朝井まかて氏が新作について語る(撮影/国府田利光)

朝井まかて氏が新作について語る(撮影/国府田利光)

大坂の道具商の家に生まれ、今は老舗の大店で修業中の身でありながら、こっそり遊里通いに現を抜かす主人公〈松井寅蔵〉。十八歳。朝井まかて氏の最新作『どら蔵』は、「お調子者で、自己肯定感がやたらと高い、どら息子・寅ちゃんの話で、久しぶりに真っ向から書いた時代小説です」

舞台は町民文化が爛熟し、のちに飢饉も経験する天保年間。ある時、寅蔵は遊里の太夫に、いわくありげな骨董品の目利きを頼まれた。あっさり贋作と見抜いたのが運の尽き、奉公している店の主の怒りを買う。〈目利きだけでこの世を渡っていけると自惚れたら、火傷しますで〉と店から放り出され、家に帰れば父親に泣きながら勘当を申し渡される。

冒頭から波瀾含みの本作では、後ろ盾を失った若者が江戸に行き、目利きの才と人懐こさでさまざまな骨董と人々に出会う物語だ。

〈身を立て、道を行けよ〉という〈中斎先生〉、つまり大塩平八郎の言葉を、時々思い出しながら。

「真物か贋物か。──常に問い、問われます。それは品物に限らず、人間も」

発端は、種樹商を営む叔父の頼みで中斎先生からの預り物を伊勢の酒問屋に届け、駄賃として古い丹波焼の壺をもらったことだった。

後にこの壷に〈木兎法師〉と名を付ける寅蔵は、例えば高麗の呉器についた指の痕を見て、〈小さい手やなあ。この手が土を捏ねて乾かして、釉をかけたんだすなあ〉〈三百年もの間、この茶碗の持ち主がこの指の痕をええなあと思うて愛でたわけだすやろ〉〈これは愉しい〉と延々語るなど、品物の来し方行く末を想像する才にとりわけ優れていた。しかもよく喋る!

「彼のセリフを書くのは、楽しかった。手前勝手な理屈を捏ねて周囲を置き去りにして、自己完結する(笑)。私自身、若い頃から古い家具や器が大好きです。物語があるから。でも骨董に関しては全くの素人で未知の世界。わからないまま突っ込んでいきました。歴史小説でも、自分が書いて通り過ぎた時代は記憶が濃いんです。その時代を主人公と共に生き、時代を経験するからですね。

本作ではプロ同士が鎬を削るオークションの場面を何度も登場させていますが、その場その場の商人はむろん真剣勝負、勝敗がある。でも物自体に勝ち負けはないと思うんです。名もなき職人が作った雑器でも存在する限りいろんな場に流転し、愛されたり捨てられたり、ドラマが生まれます」

寅蔵が江戸で出会う人々も実に多彩だ。怪しげな道具商の親分や贋作師らしき〈直し屋〉、越中富山の薬売りたち、推しのファン〈連〉がついている人気の女義太夫、そして江戸でも名うての骨董商たち。

「テレビの『鑑定団』も好きでよく見ていて、鑑定結果が出る前に夫婦で目利きするんですよ。このお皿の松の絵は下手やなあなんて腐していたら、先生が『いいお皿です、大事になさってください』。ええっ?って。

むろん小説では真贋の目利きやその一喜一憂に終始するわけではなく、たとえ贋物でも〈ええもんは、ええ〉し、火事場で拾った茶碗を見事に化けさせる直し屋たちの腕、オタクぶりも描きました」

ひとたび身を寄せた長屋から意外な人物に預けられ、さらにまたそこから出されてしまう寅蔵。常に厄介払いされながらも、道具商いの場では丁々発止のやりとりをして、彼はしぶとい。が、気付けば抱えた借金は、131両(1両≒12万円)にまで膨らんでいたのだった。

「主人公の先行きが見えそうになると、どこかが破れて変化します。企んでそうするわけではなく、物語のうねりに身を任せる感覚が好きで。つまり行き当たりばったりですね(笑)。でも彼らは物語の中で生きているし、物語自身にも意志がある。そんな時代小説ならではのグルーヴ感を楽しんでいただけたら嬉しいです」

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