「サーティーツーアイスクリーム」などバリエーションは驚くほど豊富(インスタグラムより)
「山をなめるな!」と怒られて……
「一度だけ、年配の登山者の方に『山をなめるな!』と怒られたことがあります。安全には十分注意していますが、より気持ちを引き締めるようになりました。
ただほとんどの方が好意的な反応です。何度もばったり顔を合わせる方もいますし、新作をリクエストされることもあります。たとえば、“チンタッキーフライドキッチン(CFK)”というバージョンは『ハンバーガーだけじゃなくて、フライドチキンもやってよ!』と言われたのがきっかけでした」
ピザやハンバーガー、ステーキ、カレーの配達員姿だけでなく、蕎麦や寿司、和菓子の職人姿など現在は10数種類のバージョンがある。こうしたアイデアはどのように生まれるのだろうか。
「登山やマラソンをしている最中にアイデアが浮かぶことが多いですね。『自分は早朝からなんでこんな挑戦をしているんだろう? あっ、ビールの売り子姿でアサニスーパートライとか面白いかも!』と唐突に思いついては、ひとりでニヤニヤしています(笑)。
ステーキの配達員姿は、浅草合羽橋の道具街で鉄板ステーキの食品サンプルを見た時に思いつきました。基本的に自分がやりたいと思った格好を自発的にやっています」
前回の記事でも話していたように、活動の原動力は山ですれ違う登山客の「驚きと笑顔」だ。馬並さんは登山客にさらに楽しんでもらうため、こんな創意工夫も凝らすようになった。
「当初はデリバリースタッフ風の姿だけだったのですが、それだと正面や遠くから見かけた人には分かりにくいんですよね。遠目からでも一目で気づいてもらえるように、パティシエや和食職人の格好も始めました。特に寿司サンプルを手に持った寿司職人の姿は外国人登山客にすごくよろこばれ、なかなか先に進めないくらい写真撮影を求められることもあります」
これらの格好のリアリティを演出しているのが、架空の店舗や銘柄とは思えないクオリティの高いロゴや本物そっくりな小道具だ。馬並さんがその“制作過程”について明かす。
「ロゴは家庭用のプリンターで印刷して、配達バッグに貼り替えて使い回しています。食品サンプルなどは合羽橋道具街で購入することもありますが、だいたいメルカリですね。その他に必要なものは100円ショップで購入することがほとんどです。
ビールの売り子姿は、さすがにビール樽を背負って登山するのは現実的ではないので、注ぎ口はホームセンターで園芸用のホースを買ってきて自作しました。だから、全てのコスプレでかかった費用は数万円くらい。10万円もかかっていないと思います」
まだ公開していないコスプレもあるというが、今後の目標はあるのだろうか。
「皆さんに反応してもらえる限り続けたいと思っています。ふざけた格好をしていますが、本当は結構シャイな性格なのでいつもマスクをつけていますが、声を掛けてもらえるのはすごくうれしいし、写真撮影にも応じます。
個人的には年配の方だけでなく、もっとたくさんの若い方に登山の良さを知ってもらいたいですね。山は景色が素晴らしく、気持ちいいですし、いろいろな楽しみ方があっていいと思います」
(了)
<取材・文/中野龍>
【プロフィール】中野 龍(なかの・りょう)/フリーランスライター・ジャーナリスト。1980年生まれ。東京都出身。毎日新聞学生記者、化学工業日報記者などを経て、2012年からフリーランスに。新聞や週刊誌で著名人インタビューを担当するほか、社会、ビジネスなど多分野の記事を執筆。公立高校・中学校で1年7カ月間、社会科教諭(臨時的任用教員)・講師として勤務した経験をもつ。