都内在住の会社員・馬並太志さん(インスタグラムより)
山岳取材の経験のある筆者が、山梨県の大菩薩嶺(標高2057メートル)の山頂を目前にした急斜面を登っていると、ピザ配達員姿の男性が軽々とした足取りで追い抜いていった。彼が手に抱える箱には「ホースレベルピザ」というロゴ。人並み外れた体力も含めて、びっくりして思わず二度見してしまった。その場に居合わせた周囲の登山客たちも「なぜ、こんな山奥にピザ配達員が?」と口々に驚きの声をあげていた。
後日、気になって調べてみると、「ホースレベルピザ」は実在しない店舗だった。しかし、日本最高峰の富士山(同3776メートル)、中央アルプスの木曽駒ケ岳(同2956メートル)、八ヶ岳連峰の北横岳(同2480メートル)など、関東近隣の山々で同様の目撃情報があった。
この男性、ピザ配達員姿だけでなく、ビールの売り子や寿司職人、パティシエ姿で現れる時もあるという。彼は一体何者で、何が目的なのか。本人に連絡を取り、話を聞いた。【前後編の前編】
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変わった格好で登山をしている男性の正体は、都内在住の会社員・馬並太志(うまなみ・ふとし)さん(活動ネーム、本名・年齢非公表)だ。月に1~2回ほど、仕事が休みの土日に関東甲信越地方の日帰りできる山を中心に登山し、インスタグラムや登山アプリ「YAMAP」などに活動の記録を投稿しているという。馬並さんは自身の活動についてこう語る。
「実際に誰かに商品を配達しているわけではありません。あくまで趣味として配達員などの格好で“デリバリー登山”をしています。他にも架空のハンバーガーやステーキ、カレー店の配達員、蕎麦やラーメンの出前、和菓子職人姿など合わせて10数種類のバリエーションがあります」
配達バッグや出前箱、トレーなどには「ホースレベルピザ」「ワクドナルド」「Asani SUPER TRY(アサニスーパートライ)」「日本橋宇まな美」など、実際にある飲食店をもじった架空の店舗や銘柄のロゴなどが描かれている。その中には、食品サンプルを仕込むほど細部までこだわり抜いているものもある。いずれも偽物ではあるが、実在してもおかしくないレベルのクオリティで、一見すると、もはや素人の“趣味レベル”の域を超えているのだ。