音楽は運転中に降りてくる
村井:そういえば、あなたの著書『僕の好きな車』(立東舎)を読んだら、これが面白くってさあ。びっくりしちゃった。
横山:それは身に余る光栄です! 先生も、車はお好きなんですか。
村井:大好き。18歳で免許を取って、最初に買った車はホンダのS600。
横山:いわゆる「エスロク」ですね。
村井:自転車屋で買いました。当時、ホンダは四輪のディーラー網を持っていなかったから、バイクを扱う自転車屋で四輪も売ってたのよ。
横山:当時ならではのエピソードですね。
村井:その車で、実家のある北千住から慶應のキャンパスがある日吉まで通いました。途中、渋滞がひどかったなあ。
横山:僕、小学生の頃は日吉に住んでいたんです。慶應の駐車場には、誇らしげに校章のステッカーを貼った車がずらりと並んでいましたが、みんな、さすがにお洒落ないい車に乗ってましたね。わざわざ写真を撮りに行ったりしたものですよ(笑)。
村井:3年生になって、三田キャンパスに通うようになってからは、ミニのクーパーSに乗り換えました。でも、三田は都心だから、日吉と違って駐車場なんかない。
横山:それは困りましたね。どうしたんですか。
村井:慶應の裏門の横に電信柱が立ってるんだけど、電信柱と塀の間に、ちょっとした隙間があったんだ。そこに駐めてた。当時のクーパーSは小さかったからね。他の車だと、大きすぎて入らないんだよ(笑)。
横山:どこへ行くのも車だったんですか。
村井:うん。尼崎まで赤い鳥をスカウトしに行った時も、京都の太秦まで勝新太郎監督の映画のラッシュを観に行った時も、車を自分で運転して移動したね。
横山:かつて居を構えたパリや現在のお住まいがあるロサンゼルスでも、ドライブを楽しんでいらっしゃいますね。
村井 :う。やっぱり車って、自由の象徴なんだよ。電車や飛行機みたいな公共の交通機関とは違って、好きな時間に好きな場所に行ける。世間から隔絶されて、心も解き放たれる。そんな時に、ふと、音楽が湧いてくるんだよね。
横山:おっしゃる通りです。僕らクレイジーケンバンドの代表曲『タイガー&ドラゴン』も、運転中にメロディーが降りてきました。
村井:剣さんは、過去の音楽を受け継ぎながら、それを未来につなげるような音楽を作っている。それが素晴らしい。
横山:まだまだ修業が足りませんが、村井先生の今の言葉を糧に、今後も精進いたします!
【プロフィール】
村井邦彦(むらい・くにひこ)/1945年、東京生まれ。作曲家として『エメラルドの伝説』『夜と朝のあいだに』『翼をください』『虹と雪のバラード』など昭和を代表する名曲の数々を手掛ける。アルファミュージック(音楽出版)、アルファレコード(レコード会社)を創業し、荒井由実、YMOなどの優れたアーティストを世界に送った。
横山剣(よこやま・けん)/1960年、横浜生まれ。1981年にクールスRCのコンポーザー兼ヴォーカルに抜擢されデビュー。1997年春、本牧にてクレイジーケンバンドを結成。これまで数多くのアーティストに楽曲を提供し、自他共に認める東洋一のサウンドマシーンとして活躍。9月にニューアルバム『華麗』が発売、現在は「華麗なるツアー」で全国行脚中。
(前編から読む)
構成/下井草秀 撮影/朝岡吾郎
※週刊ポスト2025年10月17・24日号