〈世界は今、驕りの文明で行き詰まっている。抑圧と不平等に満ちている〉〈この失われた宗教を、復活させたらどうだろう〉と言って、ますます蛇に魅入られていく主人公の姿は時に危うくもあるが、この一見風変わりな物語の最後に、中村氏は思わず泣き出したくなるような光を用意する。
「もちろん人によって好みはありますけど、やっぱり小説って読んでよかった、出会えてよかったと思えるものがいいと、僕は思うんですよね。特に今回は手記だったり、デビュー作『銃』の拳銃の代わりに蛇を拾ったり、今までやってきたことをより深めた作品です。
日本神話でスサノオに排除された大蛇ヤマタノオロチが仮に復活したとしたら、日本の最大の抑圧者に歯向かうはずで、それは日本政府でも天皇でもなく、日本を巧妙に操るアメリカになる。様々な裏テーマを込めた物語にもなっています。もちろん政治的に読む必要はないんですけど、右傾化が戦争に繋がるのは人類の歴史が示す通りで、僕は巻き込まれたくないし、読者にも巻き込まれてほしくないんです」
その奥行きに遅ればせながらもハッとした時、私達はこの驕れる世界の暴走を食い止められるのだろうか。まだ間に合うと信じたい。
【プロフィール】
中村文則(なかむら・ふみのり)/1977年愛知県生まれ。2002年『銃』で新潮新人賞を受賞しデビュー。2004年『遮光』で野間文芸新人賞、2005年『土の中の子供』で芥川賞、2010年『掏摸』で大江健三郎賞を受賞。2012年『掏摸』の英語版が米紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」の年間ベスト10小説に選出。2014年David L.Goodis賞、2016年『私の消滅』でドゥマゴ文学賞、2020年中日文化賞、2024年『列』で野間文芸賞を受賞。「最近はあまりにも憂鬱だから走ってて。走るといいですよ。元気になる」
構成/橋本紀子
※週刊ポスト2025年11月28日・12月5日号