鈴木茂樹氏(時事通信フォト)
「何をされるかわからないくらい興奮していた」
官の体制が整っても政治家のキャラクターが、この体制と噛み合うかは別の問題だ。そんな懸念が語られるのは、総務大臣時代の2019年12月、高市氏が鈴木茂樹・事務次官(当時)をいきなり事実上の更迭に追い込んだ時の逸話があるからだ。
かんぽ生命の不適切販売をめぐって、日本郵政グループに対して検討中だった処分内容を当の日本郵政上級副社長で、大物次官OBだった鈴木康雄氏に漏らしたというのである。鈴木が2 人もいてややこしい。便宜上、郵政副社長を「大鈴木」、当時の次官を「小鈴木」とする。
確かに漏洩はいただけないが、たった1件だけで、いきなり官僚トップを停職3か月とは穏やかではない。しかも小鈴木は同日で辞職したから、霞が関では驚きを持って受け止められた。停職を食らったとはいえ即座に身を退いたのはなぜか。後日、小鈴木氏にその疑問をぶつけた高級官僚の1人は、私にこう話した。
「鈴木さんは『キツネ憑きみたいだった』と言っていましたよ。『自分から(小鈴木氏)が辞めます、と言わなければ何をされるかわからないぐらい興奮されていて怖かった』と」
激昂といったレベルを超え、得体の知れない何者かが取り憑いたか、抑制を失っていると感じるほどだったという証言である。
いささか補足しておけば、高市氏はもともと旧郵政官僚の系譜には強い警戒心を持っていた。「初の女性総理」の座を争う関係にもあった野田聖子氏嫌いは有名で、大臣に就いてからは、かつて郵政相を務めた野田氏がやった政策を次々と覆した。
第一次安倍政権で総務大臣を務めた菅義偉・官房長官(当時)へのライバル意識も強く、官僚の人事権を握った菅氏に大鈴木が泣きついたことも、高市氏のプライドを刺激したらしい。
初の女性首相の座に就いた高市氏が夜の会食をキャンセルするのは多いに結構だが、ランチぐらいは秘書官ら側近たちと人間的な会話を交わしておいてほしい。何しろ、森羅万象を扱う内閣総理大臣は閣僚とは比較にならぬほどのストレスにさらされる。何者かに取り憑かれるような勢いで判断されては、国の方向を誤りかねないからである。
◆取材・文/広野真嗣(ノンフィクション作家)
【プロフィール】広野真嗣(ひろの・しんじ)/ノンフィクション作家。神戸新聞記者、猪瀬直樹事務所スタッフを経て、フリーに。2017年、『消された信仰』(小学館文庫)で小学館ノンフィクション大賞受賞。近著に『奔流 コロナ「専門家」はなぜ消されたのか』(講談社)
