「悪口しか言えないよ」から「好き」がにじんで

 富岡多惠子をめぐる謎のいくつかも解き明かされる。

 たとえば年譜から池田満寿夫の名前を消した理由。池田が『エーゲ海に捧ぐ』で芥川賞を受賞したことが理由ではなく、受賞をきっかけに受けたインタビューで池田があるルール違反を犯したからではないかと島崎さんはみる。

「長年の愛読者で富岡多惠子のマニアである中川浩子さんという人がいて、菅さんの展覧会も行くし、富岡さんが脚本を書いた芝居に出ていた俳優の動向まで追ってたりするかたなんです。その彼女が、池田が雑誌のインタビューでいろいろしゃべっていたというのを覚えていて、その雑誌を編集者が大宅文庫で見つけてくれました」

 評伝執筆のための取材をしながら、富岡作品を読み直すのはとても楽しい時間だったという。

「文芸評論家の人には怒られそうですが、これはあの人のことを書いているな、というのもわかるし、その一方で肝心なことは書いてないなあ、とも思いました。

 富岡さんの人生で、なんでこうなるのか、と思うところはたくさんあったから、その一つひとつを突き止めていく作業は面白かったです。若いころ池田満寿夫と暮らした家の家主さんを見つけるだけでひと月ほどかかりましたけど」

 聞き手としての島崎さんの力が大きいのだろう、夫の菅さんをはじめとする証言者が驚くほど率直に富岡さんについて語っている。

 たとえば詩人の伊藤比呂美さん。

「最初、取材を申し込んだときは『悪口しか言えないよ』という話だったんですけど、いざお話を聞いてみると、嫌な思いをしたことを話しながらも『好き』がにじんで、『ああ、好きだったんだな』と思って。詩人の目から見た富岡さんの詩の評価を聞けたのもありがたかった」

 菅さんは、「自分が今あるのは富岡多惠子のおかげ」と何度も島崎さんに話した。無名時代を経済的に支えたというだけでなく、彼女から刺激を受け触発される部分も大きかった。池田満寿夫が世界に評価される過程でも富岡多惠子は重要な役割を果たしている。彼女自身、美術を見るだけでなく絵を描く才能もあり、本の表紙カバーや扉絵に使われているのも富岡さんの絵である。

「本当にすごい作家なんですけど、いまはほとんどの本が絶版になっているので、1冊でも復刊されてほしいと編集者と話しています。当面の目標はそれですね」

 刊行当時、大きな反響を巻き起こした、上野千鶴子、小倉千加子との共著『男流文学論』についても、上野、小倉両氏に話を聞き、本を企画した富岡さんの意図やこの本の意味を改めてとらえ直した。同書の韓国語版は2024年末に刊行され、「このような本を待っていた」と評価されているという。

【プロフィール】
島崎今日子(しまざき・きょうこ)/1954年京都市生まれ。ノンフィクションライター。ジェンダーをテーマに幅広い分野で執筆活動を行っている。著書に『安井かずみがいた時代』『森瑤子の帽子』『この国で女であるということ』『だからここにいる 自分を生きる女たち』『ジュリーがいた 沢田研二、56年の光芒』など。

※女性セブン2025年12月25日・2026年1月1日号

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