島崎今日子さん/『富岡多惠子の革命』
【著者インタビュー】島崎今日子さん/『富岡多惠子の革命』/中央公論新社/2750円
【本の内容】
本書を書くきっかけとなった富岡多惠子さん(1935~2023年)の通夜を島崎さんはこう綴る。《戦後の日本文学史に決定的な影響を与えた詩人であり作家であり、評論家であった女性のそれとしてはひどくささやかなものと映った。参列者は親族に、菅の美術関係者をいれて総勢十五人、文学関係者は心理学者の小倉千加子と作家の松井今朝子の二人で(後略)》。夫・菅木志雄さんや歴代の担当編集者、詩人、友人、ファンまで、膨大な取材をもとに一人の女性の生きた軌跡と言葉、時代を辿ったノンフィクションの傑作。
存在が大きすぎて、象に挑む蟻のような気がした
『安井かずみがいた時代』『森瑤子の帽子』など人物評伝、特に女性の評伝に定評がある島崎さん。新刊は2023年に亡くなった作家富岡多惠子さんの人生を「革命」というキーワードで辿る。
島崎さんが初めて富岡さんに会ったのは1989年ごろで、折に触れ作品を読み敬愛してきた作家だった。だが、評伝を書くことは、富岡さんのお通夜に行くまで考えたことがなかったそうだ。
「私に書けるはずがないと思っていました。好きだけど、レベルが違うのはわかってますからという感じ。存在が大きすぎて、自分が象に挑む蟻みたいな気がしたんですよ。
富岡多惠子と池田満寿夫といえば、私が思春期のころはサルトルとボーヴォワールみたいな芸術家同士のカップルでした。本のあとがきにも書いていますが、亡くなったときは、筆を断って10年ほどたっていましたから、お通夜の席には文学関係者や編集者も少なく、その光景にショックを受けたんです」
富岡さんの夫でアーティストの菅木志雄さんへのインタビューを『中央公論』に発表。その後、手紙を書いて「評伝を書きたい」と伝えたそうだ。
「もし自分が書けるとしたら、フェミニズムの視点から富岡さんと9歳年下の菅さんとの夫婦関係の『対幻想』を軸にしてなら、なんとか書けるかなと考えていました」
取材をすすめるなかで、富岡さんの周りにいた同時代のアーティストや詩人、作家、編集者、文学研究者、学生時代の友人など取材対象者が広がっていった。
「取材の早い段階で、元中央公論社の田中耕平さんにお会いできたのは大きかったです。池田満寿夫や富岡さんからの手紙をたくさん持っていらして、それを読ませてもらうと、『対幻想』のイメージにとらわれず、富岡さん自身に向き合って書いていこうと思うようになりました」
詩人として女性で初めてH氏賞を最年少で受賞。小説に転じても、はじめての長編小説『植物祭』が「革命的」と高く評価される。エッセイや評論、映画の脚本も手がけ、自ら作詞した歌を歌ってレコードを出したこともある。時代に先駆け、ひとつの場所にとどまらず才能を発揮するが、長年鬱に苦しんだ。東京から伊豆高原に住まいを移して、晩年は書くことをやめていた。
私生活では、駆け落ちして一緒になった池田満寿夫とともに渡米するが、アメリカに残った彼に新たな恋人ができたことで破局。知り合ってすぐ家に居つくようになった菅と結婚する。
人と群れずにひとりで道を切り拓いていったイメージが強い作家だが、同時代のすぐれた表現者たちと切り結んで彼ら彼女らの才能を引き出し、自身は詩、小説、評論と、表現を突き詰めていった過程も本を通してよくわかる。
