『海をこえて人の移動をめぐる物語』(松村圭一郎・著)
2026年は60年に一度の丙午。「火のエネルギーが躍動し、飛躍が期待できる年」とも言われるが……。高市発言に端を発する日中の関係悪化、深刻化する少子高齢化、課題山積の移民・難民問題、そして急激に普及する生成AIやSNS上でのフェイクニュース・誹謗中傷問題などなど、解決すべき数多の問題に、私たちはいかに対処すべきか。そのヒントとなる1冊を、本誌書評委員が推挙してくれた。
探検家の角幡唯介氏が選んだ「2026年の潮流を知るための“この1冊”」は『海をこえて人の移動をめぐる物語』(松村圭一郎・著/講談社/1980円)だ。
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最近の報道で気持ちがざわつくのは〈外国人〉問題とクマ騒動だ。いずれも嫌な気持ちになるのであまり触れたくない。私自身、北極の辺境集落にお世話になる〈外国人〉で、山奥を旅するときはクマが隣人のようなものである。だから、どこか自分に突きつけられた刃のように感じるのかもしれない。
とりわけ〈外国人〉に対する厳しさは日に日に増していると感じるが、そもそも国境を越えてくる人に反感を抱くのはなぜなのか。本書によればそれは、われわれが国家の視点を内在化してしまったからだという。たしかに定住者の視点で見ると、異文化の人が国境をまたいで移動してくると、生活を乱す不安定要因と感じるかもしれない。一対一で交流するときは血の通った人間としてつきあうことができるのに、〈外国人〉という大枠で考えた途端、俯瞰的な視点で異分子としてとらえてしまう。
個人として移住したり留学したりするとき、われわれは国家とは関係なく別の国に移動する。そこにあるのは、こことはちがう別の場所に行って人生の新しい可能性を拓きたいという生の衝動である。移動こそ人間の自由を基礎づける最も根本的な行動なのであり、どんな移動であれ、そこには個別の物語があるのである。
国をかえて移り住むことは生きる地を変えることだから、よほどの覚悟がないとできることではない。近くで外国人が異なる生活習慣で暮らしはじめたら、不安を感じるかもしれないが、でも少し想像力を働かせたら、彼らのほうが、まったく知らない文化のなかに飛び込んでくるわけだから不安は大きいはずだ。国家の視点ではなく、あくまで皮膚感覚のともなったひとりの人間としてこの問題をとらえたとき、きっと別の回路が開けるはずだ。そういうメッセージを受け取った。
※週刊ポスト2026年1月2・9日号
