「先輩の言うことは絶対で、人によってもルールが違う独特の閉塞感とか、カンザキさんの車に乗ったらもうお終いな感じを体感してほしくて、うわ、たまらんやろな、この匂いって、読者の五感に訴えるように書きました。芳香剤のサムライマンとか、ミスドの元店長だったミドリカワさんが教えてくれた揚げたての〈ホームカット〉が最高に美味しい時間帯とか、元々僕の作品ではディテールをめちゃめちゃ書き込むんです。
しかもこの小説、作品内の冒頭と結末が同じ静市の場面で繋がっていて、ウロボロスの環みたいにループしてる構成になってるんですよ。その延々と続く構成自体が絶対的で神にも似た先輩の暴力性を象徴してもいて、なのにそれを愛だと感じる人もいる、みたいなことが書きたかったのかな……」
例えば〈モリちゃん〉だ。同期の中で特に要領が悪い彼はカンザキさんの指導をむしろ歓迎し、〈俺さ、確信しちゃったんだよ。どれだけカンザキさんが俺のことを愛しているか〉と言った。その結果、走行中の車から自ら飛び降りるほど心身に不調を来した彼に、両親がキリスト者だった僕は思う。
〈僕はこの愛の形を知っていた。そう、主の愛と同じなのである。主は多くの人々に試練を与え、信仰心を試した〉〈僕だってミドリカワさんに認められたい、愛されたい。僕はモリちゃんが羨ましかった〉──。
「僕はカンザキさんを別に悪人としては書いてなくて、こういう生態の人、いますよねってことを書いただけ。主人公達の愛の形も歪んではいるけどそこら中にある気がするし、いくら相対化して法整備してもなくならないのがパワハラだと思う。
僕も最近は聖書を勉強していて、海外の文学や映画も大前提となる信仰がわからないと理解できないところがあるんですよね。実はこの小説も神がどうとか暴力の偏在がどうとかいうことを別に狙って書いたのではなく、主人公がいろんな人と絡むうちに悲惨な話がだんだん笑えてもくる感じを書いたら、結構自分事として読んで下さる方が多かった。それっていい小説の条件なんじゃないかって、自分では思ってます(笑)」
実は作中の人名は著者の戯曲にも共通して登場し、
「手塚治虫さん言うところのスター・システムに倣って、作品ごとに役柄が全然違うカンザキさんやミドリカワさんを楽しんでもらうしかけです」。
また、「演劇にも小説にもしんどくなりたくて触れる人なんていないと思う」とも著者は言う。今後も同名の人物による喜劇とも悲劇ともつかないドラマが幅広く生み出されていきそうだ。
【プロフィール】
ピンク地底人3号(ぴんくちていじんさんごう)/1982年京都府生まれ。同志社大学文学部文化学科美学芸術学専攻卒。2006年に劇団ピンク地底人、2015年にはももちの世界を結成し、作・演出を担当。2018年『わたしのヒーロー』で第6回せんだい短編戯曲賞大賞、19年『鎖骨に天使が眠っている』で第24回劇作家協会新人戯曲賞、2022年『華指1832』で第66回岸田國士戯曲賞最終候補。近年は栗山民也演出『明日を落としても』等で活躍の場を広げ、昨年本作で第47回野間文芸新人賞を受賞。181cm、67kg、A型。
構成/橋本紀子
※週刊ポスト2026年2月6・13日号