細木数子一覧

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『オバタリアン』ブームから30年超 作者が語る“社会を映し出すおばさん”
『オバタリアン』ブームから30年超 作者が語る“社会を映し出すおばさん”
「うるさい」「おせっかい」などと陰口を叩かれることも多かった「おばさん」が変わり始めている。お笑い界では阿佐ヶ谷姉妹がスターダムにのし上がり、ドラマ界では松嶋菜々子がテレビ朝日系ドラマ『となりのチカラ』で「占いおばさん」を演じて話題沸騰。女優・南果歩は「乙女オバさん」を自称し、そのままエッセイのタイトルにした。 自称する人あり、なりたがる人あり……おばさんが主役に躍り出るいまに至るまで、彼女たちはどんな変遷を辿ってきたのだろうか。古典エッセイストで『オバサン論』の著書がある大塚ひかりさんはいう。「そもそも“おばさん”という言葉が生まれたのは意外と遅く、江戸時代の後期になってから。母や父の姉妹を示す『伯母(叔母)さま』から変化して、第三者の年配の婦人を指す言葉として使われていたようです。ただ、この頃は悪い意味はなく、“世話を焼く人”というニュアンスでした」(大塚さん) それ以前の時代を振り返ると、『源氏物語』の中にも源典侍という“おばさん”が登場するほか、大塚さんによれば、奈良・平安・鎌倉時代の文学はおばさんが担っていると言っても過言ではないという。「『万葉集』で大活躍の大伴坂上郎女は家持の文字通りの“おば”として、一族の中心となって歌の道を支えていました。教科書でおなじみの『蜻蛉日記』や『更級日記』も作者のおばさん世代によって書かれています。 また、誰も聞いていないのに自身の赤裸々な性生活を綴る『とはずがたり』の作者である後深草院二条が執筆を始めたのはおばさんになってから。日本文学の基礎の一部はおばさんによって作られたというのは間違いないでしょう」(大塚さん) 江戸から明治、大正と時代が移り変わる中でも、「世話を焼く中高年女性」というイメージにはそれほど大きな変化がなかった。エンタメの中でもそれは同様だ。明治時代を代表する文豪である夏目漱石の『坊っちゃん』には主人公の坊っちゃんの身を案じる女中の清が登場したり、長谷川町子が昭和中期に連載を開始した『エプロンおばさん』には下宿屋のおばちゃんとして周囲の面倒をみる主人公が描かれたりするが、それを見て「なりたい」と憧れるムードも、反対に忌避する風潮もなかった。 しかし1980年代の終わり、日本がバブル期を迎えるとその“おばさん観”が一変し、多くの人々の注目を集めることになる。そのきっかけとなったのは皮肉にも厚かましい中年女性の姿をコミカルに描いた4コマ漫画『オバタリアン』(1988〜1998年、竹書房)だった。 大仏パーマに膝下ストッキング姿のおばさんたちが世間の目を物ともせず街中をがに股で闊歩し、着古した洋服を「サイズが合わない」と返品したり、電車の席の小さな隙間にむりやり座ったり、男子トイレにずかずか入ったり……ずうずうしく無神経なおばさんの習性は笑いとともに大反響を呼び、「オバタリアン」は1989年の流行語大賞にもなった。 細木数子さんら「物言うおばさん」も、いまやその多くが第一線から身を引いている(写真/女性セブン写真部) 写真2枚  しかし一方で、「おばさんは厚かましくて嫌だ」「ああはなりたくない」といったおばさんへの批判やバッシングも生んだ。作者の堀田かつひこさんが当時を振り返る。「そもそもこの漫画を描こうと思ったきっかけは、街で見かけたスーパーで一円玉を1枚ずつ出してやたら時間がかかるおばさんや、束になって歩いて道行く人の壁のようになっているおばさんの姿がものすごく面白いと思ったから。私は会社の中で一日過ごすサラリーマンと違い、昼間にスーパーに行くことがあり、彼女たちと生活時間帯がかぶっていたんです。 彼女たちオバタリアンはずうずうしくて自己中心的でワガママだけど、天真爛漫で明るい面もあるし、何より言動が予測不可能でユーモラス。ぼくはオバタリアンが持つ底なしのバイタリティーを伝えたかったけれど、世間では“眉をひそめるような存在”とだけ捉えられることも少なくありませんでした。 だけどやり玉に挙げられた当のおばさんたちは『あれ、私のこと書いたんでしょ!』と街中で笑いながら声をかけてくるし、当時、政治家の土井たか子さんが選挙演説で『オバタリアンパワーで頑張ります』とアピールしたという話も聞いた。世の中のひんしゅくを物ともしない彼女たちのタフさに脱帽したことをよく覚えています」(堀田さん) 非難と注目を一気に浴びたオバタリアンだが、一大ムーブメントから30年以上たち、いまのおばさんはオバタリアンとは違うように思えると堀田さんは語る。「当時、オバタリアンのモデルにしていたのは40〜50代の女性ですが、当時のオバタリアンと同じ年齢のいまの女性たちは服装やたたずまいがスマートで洗練されていて、立ち居振る舞いも上品で穏やかな人が多く、オバタリアンという言葉がまったく似合いません。そもそもあの頃はみんなサンダル履きに膝下の靴下でしたし……(笑い)。 こうした変化が生まれた理由の1つには、オバタリアンが闊歩していた当時は、バブル景気で社会全体に活気があったことが挙げられると思います。反対にいまは、景気も悪く世の中にも元気がない。おばさんの存在はよくも悪くもそのときの社会を映し出す面があるのではないでしょうか」“憎まれっ子”として世にはばかり、ズケズケと物を言うオバタリアンの系譜を持つ人気者として、上沼恵美子(66才)や細木数子さん(享年83)、松居一代(64才)ら、あまたのタレントがテレビの世界で活躍したが、彼女たちの多くもいまは第一線から身を引いている。時の流れにつれて“おばさん像”も着実に変化しているのだ。※女性セブン2022年3月10日号
2022.03.01 07:00
女性セブン
『』
占いバラエティが昨秋からジワジワ増加 過去の占い番組との違いとは?
 今、テレビ界で注目を集めるジャンルの1つが「占い」だ。かつては多くの占い番組があり、細木数子さんのような人気占い師が登場して話題を集めたが、近年は番組の傾向も変わってきているという。コラムニストでテレビ解説者の木村隆志さんが解説する。 * * * 今、振り返ると、『突然ですが占ってもいいですか?』(フジテレビ系)は、コロナ禍が深刻化しはじめた2020年4月にレギュラー放送がスタート。「占い師が町で一般人に突然声をかけて占う」という構成だったため、いきなり「ロケができない」という厳しい状況に追い込まれてしまいました。しかし、その後「突然」というコンセプトをやめ、主にタレントを占う形に変えて現在まで放送が続いています。 同じ占い番組では、昨年10月に『占いメガネ』(TBS系)がスタート。こちらは「人気占い師が悩める女性芸能人の自宅で人生を占う」というコンセプトで、毎週土曜深夜に放送されています。さらに昨年12月28日、『占いリアリティショー どこまで言っていいですか?』(テレビ東京系)もスタート。「ゲスト1人を最強占い師軍団4人が徹底的に占い、本音を丸裸にする」というコンセプトで、金曜深夜に放送されています。 今年に入ってからも、1月2日に先行番組として『いま、好きな人いる?~2022年恋占いSP~』が配信されたあと、1月13日から『いま、好きな人いる?~ミライのための恋占い~』(ABEMA)がスタート。こちらは「恋愛運を鑑定する」というコンセプトで木曜深夜に配信されています。 昨秋から占いバラエティがジワジワと増えている様子がわかるのではないでしょうか。かつては細木和子さんの番組や、「銀座の母」などが出演する占いコーナーなども多く見られる時代がありましたが、なぜ再び今、占いバラエティが増えているのでしょうか。「過去と現在を当てる」ソフト路線 まずふれておきたいのは、占いバラエティを取り巻く状況の変化。かつての人気番組『ズバリ言うわよ!』(TBS系)で細木数子さんが見せた毒舌がそうだったように、占いバラエティは「占い師が強烈な物言いで視聴者を引きつける」という演出が主流でした。 一方、『突然ですが占ってもいいですか?』も最初は木下レオンさんを中心に強烈な物言いで番組を引っ張ろうとしていましたが、徐々に路線変換。メインの占い師は女性らしい柔らかさを持ち、過去や現在をズバズバ当てる星ひとみさんに代わり、ソフト路線になりました。 かつての占い師は未来の占いを押し出していましたが、同番組は星さんを中心に「過去や現在を当てて説得力を得た上で、その人の本質や悩みに迫っていく」という形に変わったのです。 今や視聴者の感覚は、「未来だけを語る占い師はあやしい」「過去や現在を言い当てたら信用できる」であり、制作サイドはその点を重視して占い師をキャスティングし、それが伝わるような構成・演出を徹底。タレントたちは意外な経歴、辛い過去や失敗談、知られざる人間関係や感動秘話などを引き出される形で、視聴者に驚きや共感を与えています。 タレントにしてみれば、「自分からは言わない、言いづらい」ことも、占い師が口火を切ることで語りやすくなり、イメージアップや親近感アップにつながりやすいのもポイントの1つ。そのため「この人が占い番組に出演するの?」と思うくらいの大物俳優やアイドルなども前向きな姿勢で出演していますし、彼らで視聴率を稼ぎたい制作サイドと狙いが合致しています。新たなスター占い師候補が続々登場 次に特筆すべきは、カリスマ占い師の存在。それぞれ主に、『突然ですが占ってもいいですか?』には、星ひとみさん、木下レオンさん、シウマさん、ぷりあでぃす玲奈さん。『占いメガネ』と『占いリアリティショー どこまで言っていいですか?』には、暮れの酉さん、法演さん、叶ここさん、斗弥さん。『いま、好きな人いる?~ミライのための恋占い~』には、ゲッターズ飯田さん、星ひとみさん、CHIEさんが出演しています。 いずれも占い好きの人々にとってはカリスマであり、高い的中率を誇る占いとともに、キャラクターも多彩。人情派、クール、ユーモア、癒し系、イケメン、美女など、外見や話し方などの異なるさまざまなタイプがいて、彼らの占いそのものがエンタメ化されています。 さらに占い師たちが所属するプロダクションの動きも活発。たとえば、占いコンテンツを提供し続けてきたザッパラスが吉本興業と共同で「Luck Out」という会社を設立して、『占いメガネ』と『占いリアリティショー どこまで言っていいですか?』に占い師を送り込んでいます。また、占いバラエティへの出演をオンラインでの占いや本などの販売につなげて確実に収益を挙げるビジネスとしての狙いも見逃せません。昨年11月に大御所の細木数子さんが亡くなり、新たなスター候補が次々に現れていることは新たな時代の幕開けにも見えますし、制作サイドにとっても起用したくなる存在になっているのでしょう。 ただ、かつてほどの過激な演出はなくなったものの、不安やトラウマにフィーチャーするような演出が多いのは同じ。そもそも民放連の放送基準「8章 表現上の配慮」には、「(54)占い、運勢判断およびこれに類するものは、断定したり、無理に信じさせたりするような取り扱いはしない」と書かれています。 コロナ禍が長期化した現在は人々の不安が増しているだけに、占い師による断定的なコメントや、占いを絶対視させるような演出は避けるべきでしょう。コンプライアンスの遵守が求められる中、むしろ「占いが苦手」「占いは信じない」という人を出演させるくらいのバランス感覚が必要なのかもしれません。【木村隆志】コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者。雑誌やウェブに月30本前後のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』などの批評番組に出演し、番組への情報提供も行っている。タレント専門インタビュアーや人間関係コンサルタントとしても活動。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』『話しかけなくていい!会話術』『独身40男の歩き方』など。
2022.02.05 07:00
NEWSポストセブン
田村正和
田村正和さん、細木数子さん、笑福亭仁鶴さん…天国へ旅立った著名人たちが残した至言
 自分の信じた道をまっすぐに進み、成功してもなお、死ぬまで初心と探究心を忘れなかった人たち──。2021年に惜しくもこの世を去った著名人たちが残した、深くしみる言葉の数々を紹介します。●田村正和さん(俳優、享年77、4月3日没)「役者は真っ白なキャンバスに役を塗る」 田村さんは亡くなるまで、その私生活は謎に包まれたままだった。生前、「役者は真っ白なキャンパスに役という色を塗っていく」を信条とし、他人とも交流せず、ふだんは共演者にも食事する姿を見せることはなかった。●細木数子さん(六星占術家、享年83、11月8日没)「人間は生かされている」「大殺界」など日本に六星占術ブームを巻き起こし、タレントとして数々のテレビ番組に出演。視聴率の女王となった。人間の本質を問い、「人間は、『生きている』のではなく、『生かされている』」など名言も多数。●笑福亭仁鶴さん(落語家、享年84、8月17日没)「品性を保ち、下劣はするな」 CM『ボンカレー』の「3分間待つのだぞ」や『バラエティー生活笑百科』(NHK)の「四角い仁鶴がまぁーるくおさめまっせ〜」でおなじみの上方落語の重鎮。弟子には常に「品性を保ち、下劣はするな」と言い続けた。●中村吉右衛門さん(歌舞伎俳優、享年77、11月28日没)「一生修業、毎日初日」『熊谷陣屋』の熊谷直実などの当たり役を持ち、人気時代劇『鬼平犯科帳』(フジテレビ系)の長谷川平蔵役でも人気を博した。人間国宝に認定されてからも初心を忘れず、「一生修業、毎日初日」を心に留めて、芸を追求した。●柳家小三治さん(落語家、享年81、10月7日没)「仕事に慣れてはいけない、初めて話すと思え」 卓越した人間描写で江戸の古典落語を追求し続けた人間国宝。高座に上がるときは「仕事に慣れてはいけない、初めて話すと思え」を戒めにしていた。●川嶋辰彦さん(学習院大学名誉教授、享年81、11月4日没)「オールウェイズスマイル」 秋篠宮妃紀子さまの父・川嶋さんは、常にユーモアを忘れず、「オールウェイズスマイル(いつでも笑顔を)」をモットーにしていた。自身が始めたタイ北部山岳地帯の村々で住環境改善活動をする『GONGOVA(ゴンゴヴァ』(草の根国際協力研修プログラム)では、高齢になっても現地に足を運んだ。学習院大学馬術部では地域貢献のため、豊島区障害者福祉課との連携事業として『馬とふれあう会』を開催するなど、ボランティア活動も精力的に行っていた。●神田川俊郎さん(料理人、享年81、4月25日没) 「花に水、人には愛、 料理は心」 料理店を営む一方、料理研究家としてさまざまな家庭料理のレシピを考案。明るい性格で、「人生くよくよしたらあかん、花に水、人には愛、料理は心」をモットーとしていた。※女性セブン2022年1月6・13日号
2021.12.24 07:00
女性セブン
瀬戸内寂聴
追悼2021・女性編 瀬戸内寂聴さん、橋田壽賀子さん…日本が愛した女性たち
 その笑顔に、その言葉に、その物語に、私たちは励まされ続けてきた。ニッポンが愛した女性たちは、永遠に私たちを見つめ続けてくれるはずだ。2021年にこの世を去った彼女たちについて振り返る。●小野清子さん 体操選手・参議院議員 3月13日死去 享年85 1964年、東京五輪の体操女子団体で銅メダル。1986年、参院選に自民党から出馬しメダリスト初の国会議員に。中曽根派に所属。サッカーくじ法の成立に尽力し、日本オリンピック委員会の副会長も務めた。●朝比奈順子さん 女優 3月30日死去 享年67 宝塚歌劇団を経て、特撮ドラマ『ウルトラマンA』などで活躍。1981年に日活ロマンポルノ『女教師のめざめ』に主演して人気を集め、1989年にはNHK大河ドラマ『春日局』に出演。2時間ドラマでも活躍した。●橋田壽賀子さん 脚本家 4月4日死去 享年95 松竹の脚本部で研鑽を積み、34歳でフリーに。1983年、『おしん』で日本テレビドラマ史上最高の視聴率62.9%を獲得。『おんな太閤記』『春日局』『渡る世間は鬼ばかり』など、ヒット作多数。「橋田さん脚本のNHK大河ドラマ『おんな太閤記』に出演させていただきました。麹町のお家にキャスト全員を呼んでくださり、賑やかに食事を楽しんだこともありました。とても温かい方で、「演技良かったわ」と褒められたことは忘れられません。僕の役者としての一面を開花させてくれた恩人です。橋田さんが今の時代をどう描くか見たかったです」(タレント・せんだみつお)●李麗仙さん 女優 6月22日死去 享年79 1960年代に唐十郎と劇団『状況劇場』を興して“アングラの女王”の異名を取る。1995年の『3年B組金八先生』第4シリーズでは、頭の固い教頭役を演じて存在感を発揮。息子は大鶴義丹。●風間ルミさん プロレスラー 9月21日死去 享年55“だるま式ジャーマン”を得意技とし、ジャパン女子プロレスを牽引。1992年には同期の神取忍らと新団体「LLPW」を旗揚げ。秋元康作詞のレコードや写真集も発売し、アイドル的な人気を誇った●中根千枝さん 社会人類学者 10月12日死去 享年94 東京大学教授と日本学士院会員の就任、文化勲章受章は、いずれも“女性初”。日本独特のムラ意識や年功序列の上下関係を分析した1967年発行の新書『タテ社会の人間関係』は、累計発行部数117万部。●山本文緒さん 作家 10月13日死去 享年58 会社員生活を経て、1987年に少女小説家としてデビュー。1999年に『恋愛中毒』で吉川英治文学新人賞、2001年に『プラナリア』で直木賞を受賞。女性の恋愛や生きづらさを描いて多くの共感を得た。●森山真弓さん 衆議院議員 10月14日死去 享年93 海部内閣で女性初の官房長官、宮沢内閣で文部大臣、小泉内閣で法務大臣に。1990年、大相撲の優勝力士に土俵上で内閣総理大臣杯を授与する考えを示し、“女人禁制”の角界に論争を呼ぶ。●細木数子さん 占術家 11月8日死去 享年83 1986年刊行『細木数子の六星占術 あなたの運命』シリーズの発行部数は1億冊を超え、2000年代には『ズバリ言うわよ!』などのレギュラー番組を持ち、“視聴率女王”と呼ばれた。「母は世の中が平和で、人々が幸せになることを切実に願っていた人でした。最後は家族全員に見守られて、眠るように旅立っていきました。みなさんには厳しく見えたかもしれませんが、母は自分も厳しく律していました。掃除も料理も、家事は完璧。戦時中から波瀾万丈な人生を生きてきた人ですから、今は『おつかれさま』と伝えたいです」(六星占術継承者・細木かおり氏)●瀬戸内寂聴さん 作家・僧侶 11月9日死去 享年99 徳島市の仏壇店の次女に生まれ、1957年に『女子大生・曲愛玲』で新潮同人雑誌賞を受賞。1973年に天台宗で得度して法名を寂聴に。1988年『寂聴 般若心経』がベストセラーになった。「『華厳経』の「入法界品」は、医者や遊女など、さまざまな身分の人に教えを受け、真実の智慧を体得する善財童子の物語です。瀬戸内さんには“善財童女”という言葉を捧げたい。好奇心が強く、多くの人に会い、話をしました。僧侶というより、瀬戸内寂聴という唯一無二の存在でした。きっと、向こうに行っても出会いを続けているんじゃないでしょうか」(作家・玄侑宗久氏)●ワダ・エミさん 衣装デザイナー 11月13日死去 享年84 京都市立美術大学3年時にNHKディレクターの和田勉と結婚。夫の担当作品の舞台衣装を手掛け始める。1986年、黒澤明監督の映画『乱』で米アカデミー賞衣装デザイン賞を受賞。※週刊ポスト2021年12月24日号
2021.12.19 16:00
週刊ポスト
細木数子、終の棲家に選んだのは意外な場所
細木数子さんの提案で改名したおさる 「根底には優しさがあった」
 今年11月、占い師の細木数子さんが83才で亡くなった。「六星占術」という占いで知られる細木さんは、1985年に出版した『運命を読む六星占術入門』がベストセラーとなり、その後の著作も合わせると書籍の売り上げは累計1億部を超えている。そして、2000年代前半にはテレビでも大活躍。2004年から放送が開始された『ズバリ言うわよ!』(TBS系)はゲスト出演者に対する歯に衣着せぬ発言が好意的に受け止められ、大人気番組となった。 そんな細木さんだが、占い師としてひとつの時代を築くまでの道は決して平坦なものではなかった。 1938年に東京・渋谷に生まれた細木数子さんは、7才のときに終戦とともに父を亡くし、脱脂粉乳をすすり、しらみに悩まされる子供時代を送る。母の経営する飲食店を手伝いながら貯めた資金でコーヒースタンドを開き、その後は銀座のクラブに勤務。通っていた客からプロポーズを受けて結婚するが3年で離婚。その後は芸能プロダクションを設立するなど、さまざまな仕事を経験する一方で、多額の借金を抱えたこともあった。波瀾万丈な半生を経て、ついに六星占術を生み出す。1983年のことだった。「細木先生との仕事の現場には、常にただならぬ緊張感が漂っていました」 そう振り返るのは、六星占術の書籍を長きにわたって担当した編集者だ。華やかなムーブメントの舞台裏は、シビアな世界だった。「とにかく仕事には徹底して厳しかった。当時はテレビのレギュラーや連載を何本も抱えていてまったく時間がなかったはずなのに、“後は任せた”ということが絶対になく、失敗の許されない現場でした」(担当編集者・以下同) 筋の通った厳格さは日常生活においても同様だった。「仕事の後、先生のご自宅近くの割烹店で食事を振る舞っていただくこともありました。食事に関しては、“体にいいものを”と和食を基本に、そのときの“旬のものを食べなさい”とさんまの塩焼きやかきフライといったシンプルに調理されたものばかり。 そこでも箸の持ち方が悪かったり、魚の食べ方が汚かったりすると“それじゃ大物になれないわよ!”と細木節が炸裂。いつなんどきも気の抜けない仕事でした」 テレビの特番『史上最強の占いバトル 細木数子VSウンナン!』(2004年7月・TBS系)の中で、「おさる」から一時期、「モンキッキー」に改名した芸人のおさる(53才、2020年に再改名)も、共演のたびに「あんたダメ」「もっと勉強しろ」と叱られていたという。「だけどその根底にはいつも優しさがありました。ある番組で山の中でロケをしている最中に、サプライズで登場したときは、カットがかかるとすぐに先生が『ここでどれだけ待ってたの? 大丈夫だった? お腹すいたんじゃない?』と声をかけてくださったことをよく覚えています。 改名についても、番組の中で『おさるって名前がよくないんだよな~』と何度も話題に出していただいたおかげで、そのたびに笑いも取れたし知名度も上がった(笑い)。改名した後も、“改名の話題はすぐ消えるから、もっと見聞を広めなさい”“常に勉強だよ”が口癖でした」(おさる) おさるは2007年にタレントの山川恵里佳(39才)と結婚。「改名の後、最初の仕事がテレビ番組で彼女とデートする企画だったんです。そこで改名のことで驚くくらい盛り上がって、“ぼくがこの人に一生ついていこう”と(笑い)。家族ができたのも細木先生のおかげです」(おさる)自分の人生を占いで切り拓く テレビ業界では引っ張りだこで、出す本はすべてベストセラー。“花道”を歩き続けた細木さんだが、「テレビの仕事の充電期間を設けたい」という理由で2008年3月、突如として表舞台から姿を消す。その陰には、過去に行っていた墓石販売に関して霊感商法めいた方法があったのではないかという批判や暴力団との関係を示唆する報道など、占いそのものよりも細木さんの私生活が話題を集めてしまったこともある。テレビのレギュラーから姿を消して13年、彼女はひっそりと息を引き取った。多くの人の頬を叩き、背中を押した“細木節”はもう聞くことができない。 しかし、六星占術の本は2022年も出版される。彼女が残した占い文化は永遠に残る。「細木さんの『六星占術』をきっかけに、風水や数秘術、算命学など占いにはさまざまな種類があること、単なるレクリエーションではなく研究や統計に基づいたものだということがわかった。こうした占いを知り、やってみることでこれまではただ受け入れるしかなかった自分の人生を、“運勢”という目で見て、いい方向に変えていけるかもしれない、という希望を持つことができました」(60代女性) 精神科医の和田秀樹さんが解説する。「女性は長い間、家や子供のために尽くすべきだとされてきて、結婚相手や嫁いだ家次第で未来が変わってしまう状況に置かれていた。ずっと“誰か”に人生を決められてきたともいえます。 そんな中で占いは、“運勢”や“星の動き”といった客観的な要素で背中を押し、寄り添ってくれる。占いの結果で人生が左右される人も多いのです。 昔に比べて自由に人生を選べるようになったいまも、コロナ禍で最も影響を受けているのが非正規で働く女性たちであり、女性の方が社会情勢の影響を受けやすい事実は変わっていません。こうした状況が続く限り、占いに助けを求める人は存在するでしょう」 細木さんも生前「悪い予言はいい予言に変えられる」と発言していた。「地獄に落ちる」に代表される数々の過激な言葉も、悲劇に陥る前に気づいて幸運に好転させてほしいという願いゆえだったという。「普段は優しい表情の先生がカメラの前に出ると厳しい顔つきになって、“死ぬわよ”と一喝する。だけどそこには『そのくらいの気持ちを持って、気を引き締めて行動してほしい』という気持ちが込められていたのだと思う。 占いは、悩みを持った人に希望を持って生きてもらうために、背中を押して元気を与える。その意味で、細木先生は日本のお茶の間を明るくしたと思います」(おさる) 愛のムチの言葉はもう聞くことができないけれど、私たちは自分の人生を切り拓けるはずだ。※女性セブン2022年1月1日号
2021.12.11 16:00
女性セブン
細木数子さんの「あんた死ぬわよ」 ズバッと言い放つパワフルさが魅力だった
細木数子さんの「あんた死ぬわよ」 ズバッと言い放つパワフルさが魅力だった
「来年から大殺界だから」「やっぱりご先祖さまは大切にしないと……」。いま私たちが何気なく口にするこれらの言葉の出どころは、厳しくも温かい愛のムチでお茶の間を魅了した“彼女”だった。先行き不安ないま、背中を押してくれる“細木節”が恋しい──。「あんた死ぬわよ!」「地獄に落ちる」。睨みつけるような厳しい表情で次々に放たれるセンセーショナルな言葉が、共演者を通り越し、お茶の間までも凍りつかせる。怖い、だけど耳を傾けずにはいられない……。 過激な「予言」を武器に、テレビの女王として君臨していた占い師・細木数子さんが83才で息を引き取った。 突然届いた訃報に、長きにわたり共演していたお笑いコンビのくりぃむしちゅーは「我々が生意気なことを言ってもいつも懐深く受け入れてくれた」と当時を回想し、カンニング竹山(50才)も「先生から教えていただいた多くの人生哲学は私にとって大切な宝物」と感謝を表明。公私にわたって親交があった元横綱の朝青龍も「私の日本の母親」とSNSで追悼の意を示した。各界から“細木節”を追想する声が上がる一方、彼女が占いの世界にもたらした大きな功績について、言及する人は少ない──。占い師としては異端者だった『Dr.コパの風水』『ゲッターズ飯田の五星三心』『星ひとみの天星術』……。占いや開運に関する多種多様な本が平積みになっているのは、年末の書店の風物詩だ。しかし、こうした光景は細木さんなしには得られないものだった。マーケティングライターの牛窪恵さんが解説する。「細木さんが提唱した『六星占術』の登場は、占いのあり方そのものに大きな影響を与えました。かつて一般向けの占いは、星座、手相、血液型占いなど雑誌のワンコーナーや商業施設、街角にあるいわば“アミューズメント感覚”のものだった。内容も1か月など短期の運勢がメインで、人気は圧倒的に恋愛関連。それに対して『六星占術』は年単位で運勢を見るうえ、仕事や対人関係から自分のルーツまでテーマの幅も広い。今後どう生きるべきかの指針になるようなものでした」「六星占術」とは生まれ持った運命を生年月日をもとに火星や土星など6つの星に分類し、その運勢を12周期に分けて占う方法だ。 実際に、細木さんが1985年に出版した『運命を読む六星占術入門』はベストセラーとなり、その後の著作も合わせると書籍の売り上げは累計1億部を超えている。「占いといえば星座や血液型しか知らなかった私にとって、『運命数』や『星数』によって運勢が決まることや、『大殺界』など星の巡り合わせで浮き沈みが存在するという考え方は、とても新鮮なものでした。数字に基づいて自分の運勢を知ることができる面白さはこれまでの星占いやおみくじなどとは比べものにならないほど大きかったことをよく覚えています」(50代女性) 六星占術によって一躍、人気占い師になった細木さんは、2000年代に入ると、活躍の場をテレビにも広げていく。特に2004年から放送が開始された『ズバリ言うわよ!』(TBS系)はゲスト出演者に対する歯に衣着せぬ発言が好意的に受け止められ、同時間帯の番組の中で視聴率1位をキープし続けた“お化け番組”だった。一大ムーブメントの理由を精神科医の和田秀樹さんはこう分析する。「多くの占い師は『運気を上げるためにはこうすべき』など前向きなことを言うのがセオリーで、少なくとも“死ぬわよ”“地獄に落ちる”といった発言はまずしません。 しかし、出演者がみんなうまくいくと占われても、視聴者は面白くない。相手が有名人だろうとお金持ちだろうと、おもねることなくズバッと言い放つ。そんな細木さんの姿はパワフルで魅力的に映ったのだと思います」 多くの人の心を惹きつけた理由はそれだけではない。視聴者たちは細木さんの言葉を自身への“戒め”とも受け止めていた。「『油断大敵』『勝って兜の緒を締めよ』という格言があるように、日本人にはいいときこそ気を引き締めなければいけないと考える気質がある。細木さんの厳しい言葉はITバブルを経験した当時の“叱られたい”“釘を刺されたい”という人の心理をぐっと掴みました」(和田さん) 牛窪さんも時代の機運とマッチしていたと話す。「いまでこそ、先祖供養の大切さは当たり前のように受け入れられていますが、バブルの前後は、西洋的なリゾート開発も進み、古い物を大切にする日本古来の考えよりも、新しい華やかな文化を重んじる時代でした。その後の長い不況の中、方向性が見えないときに、忘れかけていたお墓参りや礼儀作法の重要さを説き、かつ強烈な言葉で指針を示してくれるからこそ、彼女が注目されたのだと思います。 不安な時代にあって、誰かに『それはやっちゃダメよ』とはっきり言ってほしいというニーズがあった。特に細木さんは離婚や水商売も経験し、人生経験が豊富だったのも受け入れられた理由の1つだと思います。 また、こうしたムーブメントが、後の『オーラの泉』(テレビ朝日系)の江原啓之さんや、パワースポットなどスピリチュアルなブームが浸透するきっかけを作ったと言えます」(牛窪さん)※女性セブン2022年1月1日号 
2021.12.10 11:00
女性セブン
細木数子、終の棲家に選んだのは意外な場所
細木数子さん 不動産王が終の棲家に選んだ意外な「庶民的物件」
「あんた、地獄に落ちるわよ!」。そんな決めゼリフで一世を風靡した細木数子さんが11月8日に呼吸不全で亡くなった(享年83)。 細木さんといえば、中国の算命学や易学を元にした『六星占術』の生みの親で、関連著書の発行部数は累計1億部を突破。「テレビのレギュラーを多数持っていた2000年代前半は、著書の印税も合わせて年収20億円超とも言われました」(スポーツ紙記者) 莫大な収入の使い道の一つが不動産だった。「都心の一等地に事務所や大豪邸を建て、京都には別荘のほか、70億円かけて寺院を建立したという報道もありました」(同前) そんな華やかな世界に身を置き続けた“女帝”だが、終の棲家に選んだのは意外な場所だった。細木さんを知る芸能関係者が語る。「2018年に東京と埼玉の県境に事務所名義でマンションを購入しました。決して著名人が住むような高級エリアではなく、物件自体も億ションとはほど遠い庶民的なもの。都心のもうひとつの邸宅や京都の別荘で過ごすこともあったようですが、“不動産王”としての顔を併せ持つ細木さんが最後に購入したのがこんなにも質素な物件だったことは意外に感じました」 細木さんの事務所は「マンションを購入した事実はありません」と回答したものの、購入当時、本誌がマンション住人を取材すると、細木さんとスタッフの出入りする姿が目撃されており、「まさかここにあの細木さんが住んでいるなんて……」と口を揃えて驚いていた。「80歳を超えて体力も衰え、騒がしい都心のど真ん中ではなく、静かな地で過ごしたいという意向もあったのではないでしょうか。あるいは晩年の姿を周囲に見せたくなかったのかもしれません」(前出・スポーツ紙記者) 女帝の“終活”は静かなものだった。※週刊ポスト2021年12月3日号
2021.11.19 19:00
週刊ポスト
家族との縁は薄かった細木数子さん 巨額遺産を託した「最後の相手」
家族との縁は薄かった細木数子さん 巨額遺産を託した「最後の相手」
「ここ2年ほど見かけないですね」。長年住んでいた東京・神楽坂の近隣住民は口を揃えてこう答える。強烈なインパクトをテレビ界に残し、そして忽然と姿を消した細木数子さん。細木さんの終活は、どれだけの財産を築いても得られなかった家族の絆と向き合う時間だったのかもしれない。 和田アキ子(71才)、木梨憲武(59才)、上沼恵美子(66才)、ヒロミ(56才)……芸能界の重鎮からの供花が、在りし日の人脈の広さを物語っていた。11月14日、細木数子さんのお別れ会が催された。享年83。 ほかには、1000万円の化粧まわしを贈られて話題になった元横綱・朝青龍(41才)からの花も。朝青龍本人いわく、細木さんは“日本の母親”だ。お笑い芸人の、くりぃむしちゅーとネプチューンは、全員が個人名義で花を出していた。「特に有田哲平さん(50才)と堀内健さん(51才)は自宅に何度も招かれては、高級ブランド品をプレゼントされていました。高い調度品で溢れた家ではしゃぐ2人を、笑いながら『こら!』とたしなめる様子は、さながら母親のようでしたね」(芸能関係者) 中国の易学をもとに考案した『六星占術』でブレークし、著作は累計1億部を超える大ヒット。2000年代前半にはテレビ番組で「地獄に落ちるわよ」「あんた死ぬわよ」などの毒舌を吐き、“視聴率女王”と呼ばれるほどの人気者だった。「細木さんは、『テレビのギャラが吉永小百合さんより高い』と豪語していました。実際に『ズバリ言うわよ!』(TBS系)などのレギュラー番組を持っていたときには、出演料だけで毎月、億単位の収入があったといわれています」(別の芸能関係者) 確かに細木さんは、過去、本誌・女性セブンの取材に対して「1時間番組の出演料は600万円、特番の場合は1200万円」と明かしていた。テレビ出演料だけで“月収1億円以上”は嘘ではなさそうだ。これに書籍の印税や携帯サイト、講演活動での収入を加えると“月収10億円”は超えていただろう。しかし、細木さんはその収入の一部を自ら手放す選択をする。2008年のことだ。「ブームが一段落し、レギュラー番組がすべて終了したのを機に、テレビの世界から姿を消し、その後は出版や講演活動に軸足を置くようになりました。なので、晩年の細木さんを知る人は驚くほど少ないです」(テレビ局関係者) 占術家としてだけでなく実業家の顔もあった。「東京・神楽坂の一等地に4階建てのビルを持ち、京都には5000坪を超える広大な土地に寺院を建立し、“70億円寺院”といわれたこともありました。このほかにも東京と京都に複数の不動産を所有しています」(細木家をよく知る人物) 自身の才覚によって名声も財も手に入れた細木さんだったが、家族との縁は薄かった。「約60年前、細木さんが銀座でクラブを経営していた時代に、静岡の眼鏡店の男性と結婚しました。しかし、結婚生活は3か月ほどで破綻し、3年後に離婚しています。この結婚生活では子供に恵まれず、その後は結婚していません」(芸能リポーター) そのためか、細木さんは前述のように、子供ほど年の離れた芸能人やスポーツ選手を手厚く“支援”する親子関係を疑似的につくってきたのだろう。だが、細木さんの家族観に変化が表れる。「細木さんはもともと、終活を強く意識していましたが、築いてきた立場や財産を渡す相手を改めて考えて、養子を得ることにしたのです」(前出・芸能リポーター) そして、2016年に養子に迎えたのが、姪のかおりさん(42才)だ。「かおりさんは幼い頃から細木さんを“ばあば”と呼び、細木さんもほかの甥や姪よりもかおりさんのことをかわいがり、一時期は一緒に暮らしていたことも。細木さんは、早く結婚した方がいいというポリシーの下、かおりさんが中学2年生の頃から、お見合いさせていたそうです」(細木さんの知人) 14才からお見合いとは驚きだが、かおりさんは将来の伴侶と出会い、19才で結婚。その後も細木さんは折に触れて姪を気にかけていた。「わりと早くから“後継者に”と見込んでいたようです。でも、かおりさんにもかおりさんの生活がある。そこで、マネジャーとして仕事を支えてほしいと依頼し、かおりさんの快諾を得たのです」(前出・細木さんの知人) その後、細木さんは表舞台から去ると、あることをよく口にするようになっていた。私の寿命は、あと5年──。「昔から、講演会などで『80才になったら死ぬ』と繰り返してはいましたが、それが現実味を帯びてきたのでしょう。もともと、血糖値が高くなる傾向にあったのですが、それに加えて肺炎の兆候が何度も見えるなど、星の巡り以上に、体調の変化で悟るものがあったのでしょうね。それで、かおりさんに養子縁組をして娘になること、そして、占術家として後継者になることを求めたのです」(前出・細木さんの知人) 細木さんにはもう1つ、下していた決断があった。100%、娘へ 細木さんは以前から、税金をしっかり納めていることを、講演会やインタビューの場で語ってきた。「細木さんは、自らが何十億円も稼いでいると語りながら、『絶対に宗教法人の認証は取らない』と話していました。納税逃れとして見られる動きはせずに、国税庁に目を付けられないことを意識していたのでしょう」(前出・芸能リポーター) 終活を進めるにあたって、気が変わったのだろうか。養子縁組をした翌年の2017年には、関連団体を宗教法人にし、事務所が購入していた土地を、新設した宗教法人に“寄付”している。一般的に、会社法人が持つ不動産は課税対象だ。しかし、宗教法人の場合は所有する財産が課税対象にならないことがある。さらに、宗教法人が寄付を受けても贈与税は発生しない。税制上のメリットが受けられるのだ。「ただし、贈与する側とされる側の実態がほぼ同じ場合は例外です。細木さんのしていることは脱税ではないかと指摘されたことがありました」(前出・テレビ局関係者) それを知ってか、細木さんはこの宗教法人と自分自身とには深いかかわりがないと疑惑を否定してきた。その宗教法人の代表からは、細木さんのお別れの会に、あえて個人名義で大きな花が贈られていたが──。ほかにも、細木さんが取得してきた不動産のほとんどは、細木さんの事務所名義で所有している。その事務所の代表はかおりさんの夫が務めているし、細木さんは2018年に取締役から退いて経営から手を引いていた。「しかし、少なくとも細木さんが取締役を辞任するまでは、細木さんが事務所の大半の株を所有していました」(前出・細木さんの知人)。 この事実は、終活に当たってどのような意味を持つのか。夢相続代表で相続実務士の曽根恵子さんが語る。「会社の株を細木さんが持っていた場合、その会社の資産を個人の財産と同じように評価して、一株いくら、と計算し相続税を払う必要があります。仮に株を手放していても、贈与であれば分散して贈与をしていない限りは贈与税か法人税を支払わなければなりません。税逃れの抜け道はないのです」 それに加えて、「養子縁組は実子と同じ立場なので、細木さん個人の資産は、配偶者がいない細木さんの場合は、100%養子に相続されますね」 だとすれば、細木さんの終活は、単なる相続対策ではなく、母親として娘に何を残すかを考える、純粋な家族の時間だったのかもしれない。※女性セブン2021年12月2日号
2021.11.19 11:00
女性セブン
細木数子さんが語った「天国と地獄」 10億円の借金と波乱万丈の人生
細木数子さんが語った「天国と地獄」 10億円の借金と波乱万丈の人生
「六星占術」で一斉を風靡した細木数子さんが11月8日に亡くなっていたことがわかった。10日に養女のかおりさんがインスタグラムを更新し、「母・細木数子が呼吸不全で8日に満83歳で永眠しました」と報告した。「細木数子の六星占術 あなたの運命」シリーズの発行部数は、2017年に累計1億冊を超えるなど大ベストセラーになった。テレビ出演でも「アンタ、地獄に堕ちるよ」の言葉で注目を集め、軒並み好視聴率を記録した。 一見、怖いものなしに見えた細木さんだが、実は、本人も「地獄を見ていた」という。いったい、細木数子さんが巻き込まれた地獄とはなんだったのか。週刊ポスト2005年5月13日号掲載のインタビューを元に再構成してお届けする。17歳から水商売。男に騙されて…──人生を振り返って、一番辛かった時期はいつ頃でしょうか。「32歳(1970年)の時だね。男に騙されて、気づいたら10億を超える借金。詐欺師だったんだよ、そいつが。しょうがないよ、だってアタシも天狗になってたんだから」──それが地獄?「そう、生き地獄だね。それまでのアタシは天国だよ。17歳で水商売の世界に入ったけど、商才があったんだね、10代からオーナーママで、バーやクラブ、ディスコを何軒も仕切った。若くて美人で小股の切れ上がったいいオンナだったから、そりゃあ引く手あまただったわね。でも頭の中は『儲けたい』、『偉くなりたい』、そればっかり。これじゃあうまくいくわけないわね。しかも世間知らず、社会オンチときた。色と欲に溺れて、騙されるのも当然だよ」〈8人兄弟の四女として生を受けた細木さんは、17歳から水商売の世界に入る。わずか3か月で破局した結婚生活などもあったが、業績は右肩上がり。人生そのものが右肩上がりであった。だがその絶頂期に騙され、当時で10億円超の借金を抱え込んだ。〉──いったいどんな「地獄絵図」だったんでしょう。「税務署がいちばん怖かったね。税金が払えないから、クラブのソファーから何から何まで、赤紙を貼られるんだ。容赦なし。差し押さえだよ。ホステスも客も、逃げ出すわね。それでもあがいてあがいて、知り合いや闇金融から随分借りた。自分はやれるとたか括ってたんだね」──でもどうしようもない。「そうなったとき、アタシには『逃げる』と『死ぬ』という選択肢しか残っていなかった。でも周囲に迷惑をかけてるから逃げるに逃げられない。迷惑かけっぱなしは納得できなかった。死ぬ勇気もない。しかたないから、青山の路地裏の四畳半のアパートを借りて、そこで生活したよ。カップラーメンをすすりながら」──何をしていたんですか。「することなんてないよ。ドアの前では『張り番』といってね、ヤクザが交代で見張り。店も取り上げられたから仕事もない。昔馴染みの上客がたまに小遣いをくれてね。それで何とか食いつないでた。ひがな一日やることがないから、占いの勉強をしてたよ」 細木さんが「六星占術」の研究を始めたのはこの頃だ。それまで占いなど信じてはいなかったが、「地獄の底」で、「自分を知る必要がある」と占いの研究書や中国の古典を紐解き始めた。地獄に堕ちるのは人生順風満帆のとき「ただね、借金取りや見張り番にはいつもお茶を出していたよ。他人に気遣えとは母親の教えだったし、『誠意』しかやるもんがなかったからね(笑い)。そしたらそのうち、借金取りにも情が移ったんだろう。アタシから取り上げた休業状態のクラブを遊ばせておいてもしかたがないと、そこのママを私にやらせてくれることになった。その頃には、貧乏生活はもう2年半を過ぎていたね」──それで10億の借金が返済できた、と?「そんな簡単にはいかないわよ。(頭を指して)ここよ、ここ。自分の連れてきた客の売り上げを、借金取りの目を盗んでプールしてたんだ。中には300万とか500万とか“お小遣い”をくれるお客さんもいたしね。店も流行った。借金取りが客を引っぱってきてくれるし、常連客も戻って来る。評判が評判を呼んで、毎日が満員電車状態だった」──そのお金はどう使ったんですか?「新しい商売の運転資金にしたの。その金で赤坂の地下駐車場100坪を借りて、そこにディスコをオープンさせたのよ。赤絨毯を敷き詰めた最先端のディスコ。これが流行った。1日に何百人も来てね、売り上げの札束なんて毎日、ゴミを入れる大きなポリタンク3つに、足でギュウギュウ押し込んでたね。おかげで借金は3年で返済し終えたよ」 細木さんは借金返済どころか、新たに財をなす。その間も独学で勉強を続け、44歳で初著『六星占術による運命の読み方』を上梓する。「人生のカリスマ」の誕生である。「いま、『借金苦で困ってる』って相談に来た人には、『プライドを捨てて何でもやれ』、『マグロ船に乗れといわれたなら乗って借金を返してこい!』っていってるのよ。何が何でも借金を返せってね。それが周囲への恩返しでしょ。 自分も借金したからわかるけど、借金は額じゃない。親兄弟も友人知人も、『自分のことを誰も相手にしない』状況にまいってしまうの。これが生き地獄。でも生き地獄も見方を変えれば、人生のいい修行と経験だよ。地獄にいるからこそ、素直に自分を反省できる。わかる?」──ではなぜ、簡単に地獄に堕ちてしまうのでしょうか。「地獄に堕ちるときは、人生順風満帆のときが多いの。アタシもそうだった。調子がいいから、自分の器の大きさが見えなくなって、うぬぼれてしまう。ここが頂点だと勘違いするんだね。周囲への感謝も、謙虚さも、何もかも忘れてしまう。あとは、色と欲に溺れるだけ。これが道理。堕ちるのはね、簡単なんだよ」占いに振り回されているようじゃダメ── 一般の人はどうしたら地獄を避けられるのですか。「まずは器の大きさを知ることだよ。『己を知る』ということ。たとえば、マラソンが好きだとするよ。走り続けていれば、オリンピックに出られるかい? 違うだろ? もしそれに気づかずに人生をマラソンに捧げたとしたら、不幸な人生だよ。器の大きさを錯覚するから、苦しくなる。 人には、持って生まれた器、パワーがあるんだよ。これを見誤るからおかしくなる。スターになれない奴は、いくらスターを目指したってなれやしないの」──では「己を知る」にはどうすればいいのでしょう。「ここで、六星が登場するんだよ。これを入り口にして、自分の長所、短所、運気の流れを知ればいい。それが『己を知る』第一歩。 ただし、六星は『その場しのぎのお助け』じゃないよ。しかも絶対じゃない。『自分には優柔不断な面があるから、迅速に決断しよう』とか、『大殺界という冬の時代だから、春に備えて耐え忍ぼう』と、自分の考える道具に使うのが本来の姿だ。占いに振り回されているようじゃ、本当の自分なんていつまで経ってもわかりゃしないよ」──己や立場をわきまえ、六星を有意義に使えば、自ずと人生が開けてくる、と。「40歳以上の男は特に、『家』(地域、近隣の住民)、『仕事』、『家族』の3つの柱を大切にすることだよ。これが、あなたの『いま』。会社や周囲に不平不満ばかりだと、この『いま』が見えなくなるんだね。この3つのためにションベンに血をにじませながら働いていたはずなのに、そのことを忘れちまうから地獄に堕ちるんだ」──なぜ不平不満が増えてしまうのでしょう?「『使われ上手』じゃないからだね。『偉くなろう』なんていう下手な野心や、『自分はもっと評価されていいはずだ』という邪魔なプライドが、おかしくするんだよ。一度、プライドを捨てて使われてみな。周囲の見る目もかわって、自然と引き上げられるよ。3つの柱を守ろうと思ったら、プライドなんて邪魔になるよ。 リストラ後や定年退職後の再就職なら、それ以上にプライドを捨てることだね。一兵卒になりきるしかないよ」※週刊ポスト2005年5月13日号掲載のインタビューを元に再構成
2021.11.10 18:00
NEWSポストセブン
認知症の女性を支える30年前の「新宿の母」の言葉とは
認知症の女性を支える30年前の「新宿の母」の言葉とは
 父の急死で認知症の母(84才)を支える立場になった女性セブンのN記者(55才)が、介護の日々を綴る。今回は、「占い」が現在でも母にとっての救いになっている、という話だ。 * * * 老いてはいるが母も女子。御多分にもれず占いが大好きだ。私が物心ついたころから手相、占星術、ノストラダムスまで、信じてきた未来は数知れず。驚いたのは、認知症になっても人気占い師の予言は覚えていることだ。◆30年前から母を支える新宿の“母”の言葉 食事や生活必需品の買い物も人任せになった母が、わずかな小遣いで自ら買うものは好きな小説本と認知症が特集されている雑誌、そして占いの本だ。大ファンの細木数子さんの「六星占術」の本や、ファッション誌の占い特集号も目ざとく見つけてゲットする。 こう言っては失礼だが、80代になっても占いに関心があるのかと正直、思う。「ねぇ占い、本当に信じているの? 根拠はあるわけ?」とちょっと意地悪く聞くと、「信じているわよ! だって当たるもの」と、驚くほどきっぱりと即答する。 何が“当たっている”のかといえば、30年ほど前、母が新宿伊勢丹本店(東京)脇の行列に並んで、あの「新宿の母」に鑑定してもらった手相占いである。「薬指の下に、線があるでしょ? これ太陽線。これがすごくいい線だって、ほめられたの。あなた大丈夫よ。家族に恵まれて幸せになれますよって“母”が言ったの」 1分前のことを忘れる母が、30年前の占いの一部始終は鮮明に覚えている。よほどうれしかったのだろう。「新宿の母」の力か、わが母の思い込みか。占いの威力、恐るべし。◆信じる力は活力。母の底力に敬礼! 私が小学生のころ『ノストラダムスの大予言』が大流行した。母もハマり、一緒にあれこれ未来を予想して、恐れおののいたのを覚えている。 そして中学生のころ、父の転勤で関西に転居し、その直後に父が病気で一時休職。見知らぬ地で母がひとりで家計を背負うことになり、明るい母から笑顔が消えた。当時を思い出すと、夜、母が電気スタンドの下で、手相の本と自分の手をじっと見比べていた姿が浮かぶ。心配になって近寄った私の手をグイッとつかみ、スタンドの明かりを照らして、「子供だから線が出ていないわね」と、陰気な易者のように呟いた母にギョッとした。 そういえば母は風水にもハマっていた。両親が40年近く住んだ団地を離れ、終の棲家を探していたとき、つきあって同行した不動産店で、母は持参した地図を広げたのだ。 そこには自宅の団地を中心に何やら線が数本引かれ、「この範囲内にある物件でお願いしますね。吉方だから」 そう母が言うと、父は恥ずかしそうに頭を抱えた。「ご主人、大丈夫ですよ。風水で物件を決めるかたはたくさんおられますから」と、不動産店の担当者は大まじめにフォローする。「そうでしょ? 普通よ」と母。 思い返せば母はいろいろな占いにハマってきたが、どれもちゃっかり受け入れてきた。「新宿の母」を訪ねたのは、母がちょうど今の私と同年代のころ。“家族に恵まれて”と言われたらしいが、当時はよく父への不満を愚痴っていたのだ。それが30年余りを経て、認知症も少々加わって、「パパは働き者で最高の夫だったし、NちゃんもSちゃん(私の娘)も犬のももちゃんもみんないい子。やっぱり“新宿の母”はすごい! バッチリ当たっているもの!」と、なった。どう見ても、母自ら当たりに行っている感じだ。 そんな母を見習って、よい占いの結果は、私も素直に信じてみようと思っている。※女性セブン2019年6月6日号
2019.05.27 16:00
女性セブン
細木数子氏「養子縁組」「70億円寺院」 大殺界の終活情報
細木数子氏「養子縁組」「70億円寺院」 大殺界の終活情報
 東京郊外の閑静な住宅街に建つマンションで、今夏、入居者たちの間にあるニュースが駆け巡った。「細木数子さん(80)の姿を見かけたんです。7月頃ですね。この辺りは著名人が住むような高級エリアじゃないし、都内の新築マンションにしてはそれほどの高級物件でもない。なんでだろうって噂になりました」(住人の1人) 細木氏は2016年2月、東京・神楽坂の一等地に「3億円の事務所兼自宅を建設した」と報じられたばかり。なぜ、彼女の姿がここにあるのか。旧知の芸能関係者が声を潜める。「細木さんの事務所が購入したそうです。もう80歳ですから、体力もかなり落ちています。騒がしい都会のど真ん中ではなく、静かな地で過ごしたいという意向もあったのでしょうか」 銀座のクラブママから占い師に転じ、1990~2000年代にかけて「あんた死ぬわよ」「地獄に落ちるわよ」の決めゼリフでバラエティ番組やCMで見ぬ日はなかった。 細木ブームを引き起こした著作の『六星占術』シリーズは累計1億部を発行。この8月にも最新版が発売され、早くも100万部の大ベストセラーになった。その支持はいまだ根強い。“占い業”の継承も進めており、細木氏のホームページのプロフィール欄を見ると、長く支えてきた女性マネジャーが登場し、2016年の出来事としてこう記載されている。〈同居し、より長い時間を共に過ごす。養子縁組〉「細木さんはこの女性マネジャーを養女にして、六星占術の手法も全て伝えているようです。彼女は今年5月に事務所の取締役に就任しています。夫も子供もいない細木さんにとって、最も信頼できる人に引き継いでほしいという思いがあったのでしょう」(前出・芸能関係者) そうした細木氏の“終活”は、別宅のある京都で進んでいた。細木氏に近い別の関係者が語る。「6年前から京都の別宅の近くに建築費用70億円ともいわれる寺院が建立中です。このお寺は、細木さんの恩師である陽明学者、安岡正篤さんの菩提寺にする予定だと報じられています。六星占術しかり、もともと彼女の易学は安岡さんの教えや研究を元にしたもの。それで成功したことの感謝を表わしたいのかもしれません」 実際に現地に行ってみると、建設現場の許可標識には、「許可を受けた者」として、細木氏の事務所の代表取締役と、宗教法人の代表取締役の名前が記載されていた。細木氏の取材を重ねてきたジャーナリストが語る。「細木さんには何万人もの熱心なファンがいます。その人たちのために、自分が居なくなったとしても、側にいることを感じさせられるような場所を作る意味もあるように思います」 冒頭のマンションや寺院について細木氏の事務所に聞いたところ、「引っ越しはしていません。寺院も建立していません」との回答だった。 六星占術において、細木の運命星は土星人(+)。2018年は運気の流れが停止する「大殺界」に当たる。そうした“運命”に備えるための活動なのだろうか。※週刊ポスト2018年10月12・19日号
2018.10.01 07:00
週刊ポスト
Mr.マリック 誕生日「1月1日」にも秘密のトリックあり
Mr.マリック 誕生日「1月1日」にも秘密のトリックあり
「マジック」と「トリック」を融合させ、手品の世界に新風を巻き起こしたMr.マリック。なんと、自身の生年月日にも秘密の“トリック”があるという。生年月日の秘密について、本人が語った。 * * * それを知ったのは、中学生の時です。正月に家族で「高島易断」みたいな占いの本を読んでいた時に、「僕はどうなの?」と母に聞いたら、「お前の本当の誕生日は12月29日だよ」といわれて。 戸籍上の生年月日は1949年1月1日。それだと干支は丑だけど、前年の12月29日なら子になる。どっちを見ればいいのか迷って、それから占いを見なくなった。良いほうを見ればいいんですけど、悪い占いも見ちゃいますから(苦笑)。 そうやって母親に変えられた誕生日が小さい頃は嫌いでね。1月1日だと誰も祝ってくれない。友達の誕生会に呼ばれてお祝いをあげても、自分の誕生日には誰も来てくれない。親もお年玉だけで、誕生日ケーキを用意してくれたことは一度もなかった。 今考えれば仕方ないところもある。当時は自宅で産む家も多かったから、誕生日と届け出の日が違うケースは間々あったし、両親は「1月1日はおめでたい日だから」ということで、その日にしたかったんでしょう。僕も同じ立場だったら1日にしたと思いますよ(笑い)。 ちなみに、占いに関しては、10年ほど前、細木数子さんと番組で一緒になった時に、「どっちを見ればいいんですか?」と聞いたら、「本当に生まれた日で運勢を見るべきだ」といわれて、それ以来、12月29日のほうで見ています。母が真相を教えてくれなければ、ずっと違う占いを見ていたかもしれませんね。 思えば豊臣秀吉が1月1日生まれだと知って、僕も子供の頃から一国一城の主になりたいと思っていた。秀吉が25歳でねねと結婚して所帯を持ったことを知って、僕も25歳で結婚して、慌てて自分の事務所を立ち上げたんです。だから、誕生日を1月1日にしてもらったおかげで、今の自分があるとも言えるわけです。 そう考えると、誕生日って人生にいろいろと影響している。不思議ですね。※週刊ポスト2017年5月5・12日号
2017.05.07 07:00
週刊ポスト
石原慎太郎氏は「昭和で絶滅した勘違いおじさん」?
石原慎太郎氏は「昭和で絶滅した勘違いおじさん」?
 女性セブンの名物アラカン記者“オバ記者“こと野原広子が、世の不条理に物申す! 今回のターゲットは石原慎太郎元東京都知事です。 * * * いや、すごいねえ。あのスター、石原慎太郎元都知事が、豊洲市場問題で百条委員会に呼び出されるんだもの。うそついたりしたら刑罰がつくって、私らオバさん感覚でいえば“お白州”だよ。 そこに、「絶好の機会。喜んで行きます。逃げるのがいちばん嫌い」と84才の、なんとまぁ威勢のいいこと。◆オバさんと世間話をして、最も似合わない人 これもスターの素質だと思うけど、この人、わきが甘いというか、いつもチョロッと余計なひと言を言うんだよ。 昨年の夏、舛添要一前都知事がその座から滑り落ちたときは、「彼は何回も結婚したり離婚したりしてお金がないので気の毒だ」と。 2001年秋の雑誌インタビューでは、「これはぼくが言ってるんじゃなくて…」と断りを入れつつ、「文明がもたらしたもっともあしき有害なものはババアなんだそうだ。女性が生殖能力を失っても生きてるってのは、無駄で罪」と。 そして、昨年夏の都知事選では、小池百合子氏を「大年増の厚化粧」と──。 さすがの男っぷり。東京広しといえど、私らオバさんと世間話をして、これほど似合わない人もいないんじゃない? なのに私は、この手の言動に本気で腹が立ったことがないの。昭和で絶滅したはずの“勘違いおじさん”が、大手を振って歩いているのはむしろ笑っちゃう。◆細木数子さんに「孫が日本を救う」と言われ、メロメロに そんなことより在任中に強烈な印象を残したことがある。それは、2004年7月10日に放送された『石原慎太郎 細木数子、THEスペシャル!細木数子&みのもんた絶対!!幸せになろうよ』(日本テレビ)よ。視聴率が21.7%だったから、覚えている人も多いんじゃないかな。 まず石原氏は登場するなり、「こんなおっかないオバさん、嫌だよ」と、当時、飛ぶ鳥を落とす勢いの細木数子さんに毒づいたんだよ。それなら、なぜ出てきた? 前の年、自身最高の得票率で東京都知事に再選した人の不機嫌に、細木さんもなんとなく緊張して見えたっけ。 ところが、当時石原氏が旗を振っていた銀行事業が「大成功します」と断言されてから、明らかに頬がゆるんでね。 挙げ句、都知事を辞めたら、日本国家のあり方や進む道について執筆することを勧められ、「その思想で日本を救う人物が、4人の息子の孫の中から出てきます」と言われたとたんよ。“破顔一笑”ってこういう顔かと思ったね。まさに正体見たり。 正直、私が石原氏に期待したのは、東京の顔。外国に行って負けないだけの“はったり”。だから飛行機のファーストクラスに石原氏が座っても、「ま、スターだからね」で済んだのよ。随行員が多いのも、ギリギリセーフ。 でも“画家”の四男に、もっともらしい肩書をあてがった上で、都の予算をつけて海外出張させたらアウトだと思うよ。その絵を「いい絵」なんて、親バカじゃ済まないって。スター政治家のいた時代の終わりは、とっくの昔に始まっていたんだね。※女性セブン2017年3月23日号
2017.03.09 07:00
女性セブン
家が近所のママ友・カエラを頼ることも
ホストにハマる著名人 黒木瞳、後藤真希、細木数子も
 女優の真木よう子(33才)が、ホストクラブでたった一晩で2000万円を使ったことを『女性セブン』2016年5月12・19日号が報じたが、ホスト好きな芸能人は真木だけではない。 くわばたりえ(40才)は、ダイエットに成功した後、歌舞伎町のホストクラブに通っていることを芸人仲間が暴露(2009年1月)。人気店のAくんが本命かと思いきや、別の店のBくんとも月に2~3回デート。『女性セブン』の直撃に「遊んだだけ」とコメント。 研ナオコ(62才)は、2007年、ホストクラブ『X』のホストとのデート現場をフライデーされ謝罪。翌2008年には『Y』のカリスマホストから、ストーカー行為をしたとのことで告発された。 飯島直子(48才)は、歌舞伎町のホストクラブ『Z』でNo.1の13才年下のカリスマホストと2年にわたり交際。(2005年8月発覚)   黒木瞳(55才)は、2008年1月、舞台で共演した元ホストの城咲仁、河相我聞とともに、老舗ホストクラブに5時間滞在したところを本誌がキャッチ。店内では8人のホストと一緒に、高級シャンパンを10本空けたという。 後藤真希(30才)の場合は、もとはゴマキの母が通っていたことから、母と一緒に歌舞伎町のホストクラブへ通うように。2011年7月、夜の部がメーンで、日の出タイムも何度か来店していることが伝えられた。 細木数子(78才)は2010年、昔、お気に入りのホストに一晩800万~900万円使ったと告白している。 ※女性セブン2016年6月2日号
2016.05.22 16:00
女性セブン
家が近所のママ友・カエラを頼ることも
真木よう子が細木数子超え ホストクラブで一晩2000万円使った?
 4月上旬、東京・歌舞伎町の路地裏を、女優・真木よう子(33才)に関する景気のいい話が駆け巡ったという。老舗ホストクラブ「A」のイケメンホストが、真木に気に入られて、たった一晩で数千万円を売り上げたらしい──。バブルの頃や、2000年代はじめの景気のいい頃ならまだしも、まさかこのご時世にそんな浮いた話…と思う人も多いだろうが、実はこの話、ホントのようだ。「噂になっているホストクラブ『A』は歌舞伎町でも最古参の名門クラブです。かつては日本一のホスト数を誇っていましたが、ここ数年は勢いのある新興のホストクラブに抜かれていた。ですが、今年に入ってから、『A』に“太いお客さん”が戻ってきていて、売り上げ日本一に返り咲いたそうです。その1人といわれているのが、女優の真木よう子さんなんです」(業界紙関係者) 真木は4月1日公開の映画『蜜のあわれ』に続き、5月21日には映画『海よりもまだ深く』が封切られる。ドラマでもNHK大河ファンタジー『精霊の守り人 シーズン2』への出演が決まるなど、相変わらずの充実ぶりだ。一方、プライベートでは昨年9月、6年間連れ添った元俳優の夫と離婚したばかり。「今年、小学校に入学した娘さんが学校に通いやすいマンションに引っ越したそうです。元旦那さんは“専業主夫”状態だったので、いくら真木さんが仕事をしても子供の面倒は見てくれていたのですが、離婚後はお母さんが子育てに協力してくれているそうです」(真木を知る関係者) そんな真木が「A」に顔を出すようになったのは今年に入ってから。噂になっている「一晩」というのは、3月末の夜のことだった。「その晩はひとりでお店にきてましたよ。仕事帰りというより、家から来たようなラフなワンピース姿。指名のイケメンホストを隣に呼んで、他にも何人かのホストと一緒に数十万円する高級シャンパンや数百万円する高級ワインを入れていました」(居合わせた客) 月末といえば、ホストの売り上げ順位が決まる重要な日。真木が指名したイケメンホストは月間で数千万円を売り上げ、店のナンバー1を獲得したという。「そのナンバー1ホストの売上額からすると、真木さんがその晩に2000万円ほど使った計算になるんです! 長年このお店に通ってるけどこんな金額初めて。しかも、真木さんってことがカッコよかった。ズルイな…と思いました」(前出・客) かつて歌舞伎町のホストクラブでは細木数子さん(78才)が1晩に800万円使ったことなどが報じられたこともある。真木の2000万円は、その倍以上だ。※女性セブン2016年5月12・19日号
2016.04.27 16:00
NEWSポストセブン

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