高島忠夫一覧

【高島忠夫】に関するニュースを集めたページです。

コロナで介護の潮流は「在宅介護」へ 費用は施設の半額以下に
コロナで介護の潮流は「在宅介護」へ 費用は施設の半額以下に
 家族の仲がいいからといって、必ずしも成功するわけではない「在宅介護」。介護保険制度を活用して、お金も手間もかけずに行うことが失敗しない重要なコツだ。コロナ流行以降、施設に入居することが簡単ではなくなったいま、唯一、残された手段である在宅介護を上手に切り抜けたい。【表】本人も家族も助かる「在宅介護でもらえるお金8」 いままで、介護の理想といえば、細やかなサービスを受けながら安心して生活できる介護付き有料老人ホームに入居することだった。だが、全国各地の高齢者施設でクラスター(感染者集団)が発生し、群馬県の施設では16人の死者が出た。高齢者が集団で住まう環境下では感染被害が深刻化することが明らかとなり、感染が拡大する地域の施設では、入所者に帰宅を促す動きもある。 数日から半日程度の短期間受け入れるショートステイや、デイサービスの受け入れも打ち切られ、コロナ禍では、否応なしに在宅介護を選ぶしか道がなくなっている。 そもそも内閣府などの調査によれば、終末期の療養が必要になったときは「自宅で療養したい」と回答した人が60%以上を占めたほか、介護が必要になってからも「自宅での介護」を希望する人が4割を超えた。 国も在宅での介護を推進している。全国的に介護施設や介護職員が不足していることもあり、介護の場を施設から在宅へと移すことを重視。2025年までに「地域包括ケアシステム」を全国的に導入することを目指している。このシステムは、介護が必要になっても、住み慣れた自宅で生活することをサポートする仕組みだ。たとえ重い要介護状態となったとしても、住み慣れた地域で最期まで自分らしい暮らしをまっとうするため「住まい」「医療」「介護」「生活支援」を一体的に提供しようというものである。 ケアタウン総合研究所代表の高室成幸さんが指摘する。「医療と介護にかかる財政負担を減らす観点から、国も制度調整をして在宅介護を促している。施設から自宅へと介護の場が移っていく流れは、今後ますます強くなっていくでしょう」 親の介護はもちろん、数十年後には自分自身が子供の世話になることも考えておかなければならない。在宅介護がうまくいく人、うまくいかない人では何が違うのか。「まだまだ先」──そう思っていると手遅れになるかもしれない。◆在宅は345万円、施設は708万円 まず、介護において何よりも大きなウエートを占めるのは「お金」だろう。介護費用を抑える最大の手段は、公的制度をフル活用することだ。 そもそも、介護にはどのくらいのお金がかかるのか。公益財団法人「生命保険文化センター」の最新の調査によると、在宅介護にかかる費用は月平均4.6万円。これに加え、手すりの設置や便器の取り替えといった住宅改修や介護用ベッド購入などの一時的な費用に平均69万円かかっている。 一方、施設での介護は月平均11.8万円となっている。 一般的に、介護を行う期間は約5年間とされており、その前提でシミュレーションすると、在宅介護の場合の合計額は345万円。施設は708万円となるため、在宅介護は半額以下で済むというわけだ。介護・暮らしジャーナリストの太田差惠子さんが話す。「日本の医療・介護の費用は社会保障制度により、少ない負担で済むよう設計されています。事前に勉強しておくことで『知らなかった』という後悔を減らせます。 たとえば住宅改修費に対しても、介護保険の『要支援・要介護認定』を受けていれば、20万円を上限として最大9割のリフォーム代を返金してもらえる『住宅改修費の支給サービス』が用意されています。夫婦ともに認定されていたら最大で40万円まで使うことができます」 介護保険は、「要支援1~2、要介護1~5」と7段階ある区分のうち、より重度であると認定されるほど金額の上限が上がり、手厚い支援を受けられるようになる。昨年6月26日に老衰で亡くなった高島忠夫さん(享年88)は、1998年に重いうつ病、その後パーキンソン病を患い、長期にわたる介護が必要となった。 高島兄弟の兄・政宏(54才)は昨年、本誌に、「父親の在宅介護を続けていたが介護保険制度を知らず、10年近く費用は実費で現金払いしていた」と語った。さらに「費用負担が大きく、都内と福岡のマンションを売却して工面した」ことなどを明かした。 まさに破産一歩手前まで追い詰められていたが、たまたまニュースで介護保険制度について知り、主治医に相談し、区のケアマネジャーを紹介されたことで大幅な負担減が実現できたという。 高島家のエピソードは極端な話に思えるかもしれないが、介護保険は自ら申請しなければ受けられない制度がほとんどであり、うっかりしていると大損する恐れがある。◆要介護度の区分を見直す 介護保険サービスを利用するためには、まずは要介護認定を受ける必要がある。そこで「要支援1~2、要介護1~5」のどれに当たるか判定される。 いちばん軽い「要支援1」は、サービスの支給上限が月額5万320円だが、最も重い「要介護5」と認定されれば36万2170円と、30万円以上の差がつく。 注意したいのは次のようなケースだ。 夫の父親と同居する50代のA子さんは、最近、新たな心配を抱えている。「歩くのがやや困難な父は『要支援2』と認定されたのですが、コロナ自粛が始まってからはさらに深刻な状況になり、夜中に大声を出すこともあるんです。コロナ自粛も明けたのでパートを再開したいのですが、睡眠不足と疲労で働く気になれません」 被介護者の状態は、いつまでも一定とは限らない。明らかに様子が変わったと感じたら、再度、認定してもらう必要がある。「もし、現在の認定に納得がいかない場合は、要介護度を見直してもらう『区分変更』の申請も可能です。地域包括支援センターやケアマネジャーに相談して申請すると再度認定調査が行われ、だいたい1か月で結果が出ます」(太田さん・以下同) 増加した介護の負担を、自分たちの生活を犠牲にすることでカバーするのは危険行為。疑問が生まれたら、遠慮せずにケアマネジャーに相談するクセをつけておこう。「要介護度が上がると、障害者手帳を取得していなくても税法上障害者と認定する自治体もあります。『障害者控除対象者認定書』が交付されれば、税の控除が受けられ、介護費や医療費が大幅に安くなる場合もあります。自治体によって対象者にバラつきがありますが、要介護1から一律認定しているところもあります」 このように、在宅介護ではお金に関する制度の活用がキモ。知っているかいないかで、大きな違いになってくるのだ。「こういった制度は、役所の方から教えてくれることはまずありません。自ら調べて、『こうなったら、あれが使えるな』と知識を持っていなければいけないんです」※女性セブン2020年7月2日号
2020.06.24 16:00
マネーポストWEB
【マネーポストWEB】2019年に反響の大きかった人気記事ベスト10
【マネーポストWEB】2019年に反響の大きかった人気記事ベスト10
 2019年、『マネーポストWEB』では、投資・経済・ビジネス・暮らしのマネーなど、数多くのジャンルの記事を紹介し続けてきました。その中から編集部が、ネットで反響の大きかった記事を中心に、2019年の話題記事10を厳選ランキングしました。以下、解説していきましょう。【1位】■働く女性の声を受け「無職の専業主婦」の年金半額案も検討される(5月) 今年は「老後資金2000万円不足」問題も話題になるなど、年金の制度不安があらためて顕在化した年でした。そうした中で、現在検討されている年金改革案について紹介した『週刊ポスト』の記事です。 現状、配偶者の厚生年金に加入し、年金保険料を支払わずに基礎年金をもらうことができる「第3号被保険者」の専業主婦(主夫)は約870万人に上ります。そうした“優遇”に働く女性たちから不満の声が出ていると、政府・厚労省が「第3号の廃止案」や「基礎年金を半額だけ支給する案」を検討していることを紹介しました。 この記事を受けて、ネット上では「#働く女性の声」というハッシュタグが生まれるなど、大きな反響を呼びました。他媒体の中には、厚労省に問い合わせて「そうした議論はない」という言い分をそのまま報じた記事もありましたが、厚労省の年金部会の議事録を見れば、それが事実なのは明らかです(詳細は別記事〈「専業主婦の年金半額案」 働く女性との分断はかる厚労省の思惑〉参照)。 年金財政を維持するために、働く女性と専業主婦の分断をはかる政府・厚労省の方針に、怒りを感じた読者は多かったようです。【2位】■高嶋政宏の後悔 介護保険の存在知らず母はマンションを売却した(8月) 俳優・高嶋政宏さんが、6月に亡くなった父・高島忠夫さんの介護や相続について『女性セブン』の取材に答えてくれました。 別記事〈高嶋政宏、両親の土地200分の1「いわくつきの生前贈与」を明かす〉では両親の土地の200分の1が政宏さんの名義に変更(生前贈与)された背景についても語ってくれましたが、読者にとって衝撃だったのは知られざる高島ファミリーの介護の実態ではないでしょうか。 介護が必要になると、介護保険制度を活用することで様々な介護サービスを低負担で受けられますが、政宏さんは「恥ずかしい話ですが、介護保険のことを知らなくて…」と告白します。利用できる公的制度を知らないと、金銭面も含めてどれだけ苦しい介護生活になるかが浮き彫りになりました。【3位】■映画上映中にスマホいじりする若者、「2時間は耐えられない」(11月) 映画館で映画上映中にちらほら見かけるスマホいじりする人たち。映画に集中したい人たちにとっては迷惑このうえないものですが、当の本人たちはどう思ってスマホをいじっているのかを取材した記事です。 その理由として、知人からの連絡が来るかもしれない、長い時間は耐えられないなどの声があがっていましたが、彼らの多くが「そこまで悪いことをやっているという感覚がなかった」ことに驚いた読者も少なくなかったのではないでしょうか。【4位】■失速する「いきなり!ステーキ」 足が遠のいた人たちの本音は(11月) 店舗急拡大の後に大きな苦境を迎えている「いきなり!ステーキ」。既存店の売上高などが下落傾向であることはすでに報じられている通りですが、それではなぜ顧客が離れたのか、かつて足繁く同店に通っていた“元愛好者”たちの声を集めました。 当初こそ、立ち食いステーキという新形態が注目を集めたわけですが、どこでも見かけるようになったことで、「ステーキ自体に飽きた」という声も出ており、急拡大のツケが如実に現れた格好です。何度か行われた値上げが顧客離れにつながっている側面もあるようです。【5位】■採用担当者が出会った中で「最も優秀な学生」は何が凄かったのか(1月) ネットニュース編集者の中川淳一郎氏が、かつて広告代理店で採用活動を担当していた時に出会った「最も優秀な学生」のエピソードです。 中川氏の元にOB訪問にやって来た一橋大学の学生(当時)A君。「大学で何を頑張りましたか?」という問いに対しての答えが素晴らしいもので、中川氏も「現実的な夢想家」という評価を下し大絶賛。もちろん、A君と同じことが語れる人は誰もいないとは思いますが、就活生にとって採用担当者がどういう部分を評価しているのかが垣間見えるのではないでしょうか。【6位】■35年後には夫婦で月額13万円… 「本当にもらえる年金額」早見表(9月)「老後資金2000万円不足」問題で大きな注目を集めたのは、「将来年金がいくらもらえるのか?」ということ。多くの読者は今の年金受給者と同じ水準の年金がもらえるとは思っていないでしょう。『女性セブン』に掲載されたこの記事では、「年金博士」として知られる北村庄吾さん(社会保険労務士)が、現在の年齢別にもらえる年金額を試算したものです。早見表を見れば一目瞭然ですが、若い世代になればなるほど、受け取れる年金はどんどん少なくなることがわかります。【7位】■中国人客が全室禁煙のホテルで喫煙、その言い訳に仰天(2月) 2020年の東京五輪を前に、訪日外国人客も増加の一途をたどっていますが、中でも多いのが中国からの旅行客。外国人旅行客が増えると様々なトラブルも生まれますが、この記事では、ある高級ホテルで現実に起こった“事件”を紹介しています。全室禁煙のホテルで喫煙した客のとんでもない言い訳には、唖然とさせられました。【8位】■若者の「合コン離れ」の実態 私たちが合コンに行かないこれだけの理由(3月) 若者の「○○離れ」と言えば、ネットニュースの定番ですが、この記事で紹介したのは「合コン離れ」です。20代の約半数が合コンを必要ないものと考えているという調査結果もあります。もちろん、若者に限らずそれぞれ考え方はあるのでしょうが、「合コンはコスパが悪い」という意見には、昨今の経済状況が如実に反映されているような気もします。【9位】■30年前の「消費税3%」で建てられた58億円ホテル、今は廃墟(8月) 10月に消費増税が実施される前に、これまでの消費税がどう使われてきたのかを検証した『週刊ポスト』の記事です。取材班は全国各地の消費税の“遺跡”を訪ねましたが、この記事で紹介されているのは岡山県にある廃墟となったホテル。国の融資約40億円で建設されましたが、運営会社の資金繰りが悪化したため、一度もオープンしないまま競売にかけられ、今では知る人ぞ知る廃墟スポットになっています。【10位】■外国人客急増でトラブル続出のラーメン屋、「つけ麺」でまさかの修羅場も(1月) こちらも7位の記事と同様、訪日外国人客関連の記事です。文化の違いから起こるトラブルは、ラーメン屋でも起こっています。都内のとあるラーメン屋で起こった最大の事件は、つけ麺に関するもの。ある外国人客が、1回ずつ箸を使って麺を汁につけるのが面倒だと感じたのか、おもむろにつけ汁を麺にドバーッと……。周囲の客も巻き込んだ修羅場となったようです。
2019.12.24 16:00
マネーポストWEB
【追悼2019】金田正一さんや内田裕也さんら歴史を刻んだ人々
【追悼2019】金田正一さんや内田裕也さんら歴史を刻んだ人々
 令和という新たな時代の始まりとなった2019年。今年も多くの人が永遠の眠りについた。政治家、スポーツ選手、ミュージシャンなど、多くの人の記憶に残る人たちだった。(男性編)■中曽根康弘(元首相、享年101) 1947年、衆院議員に初当選。1982年、第71代内閣総理大臣に就任。在職中に国鉄、電電公社、専売公社を民営化。1997年、大勲位菊花大綬章を受章。11月29日死去。■金田正一(元プロ野球選手、享年86) カネやんの愛称で親しまれた前人未踏の400勝投手。1951年から14年連続20勝を記録。1955年には来日したヤンキースのミッキー・マントルから3三振を奪う快投。1965年に巨人に移籍、1969年通算400勝を達成し引退。1974年にはロッテ監督で日本一に。10月6日死去。■萩原健一(歌手・俳優、享年68) ザ・テンプターズのボーカルとしてGSブームを牽引。ドラマ『太陽にほえろ!』『傷だらけの天使』で俳優としても人気に。3月26日消化管間質腫瘍により永眠。■内田裕也(ロック歌手・俳優、享年79) 1966年のビートルズ来日公演では特別編成のバンドで前座を務め、「ザ・タイガース」生みの親だった。昨年9月15日に没した妻・樹木希林を追うように3月17日肺炎で永眠。■堺屋太一(作家、享年83) 1976年、小説『団塊の世代』がベストセラーに。1998年から約2年間、小渕恵三内閣で民間人閣僚として経済企画庁長官を務めた。2月8日多臓器不全で死去。■ケーシー高峰(漫談家、享年85) 日本大学医学部に入学するも、芸能活動の夢捨てがたく芸術学部に転部。1960年代後半から下ネタを取り入れたお色気医事漫談で人気に。4月8日肺気腫で没した。■高島忠夫(俳優・司会者、享年88) 日本一の仲良し芸能一家の大黒柱が静かに旅立った。『ごちそうさま』『クイズ・ドレミファドン!』『アメリカ横断ウルトラクイズ』などで司会を務め、「イェーイ」の決め台詞でお茶の間を盛り上げた。晩年は闘病生活が長く続き、6月26日老衰で永眠。■和田誠(イラストレーター・ 映画監督、享年83) たばこ「ハイライト」のデザインで一躍人気イラストレーターに。その後監督した映画『麻雀放浪記』『快盗ルビイ』が大ヒット。妻は料理愛好家・シャンソン歌手の平野レミ。10月7日肺炎で死去。■安部譲二(作家、享年82) 名門麻布に入学、英国留学、暴力団組員、JAL客室乗務員などを経て、1986年刑務所での実体験を描いた小説『塀の中の懲りない面々』がベストセラーに。9月2日急性肺炎で死去。■竹村健一(評論家、享年89) パイプを片手に鋭い視点で世相を斬り、「デリーシャス」などの流行語も生んだ。口癖は「だいたいやねぇ」。著書は数百冊にのぼる。7月8日多臓器不全で死去。※週刊ポスト2019年12月20・27日号
2019.12.14 07:00
週刊ポスト
佐藤浩市と息子の寛一郎(共同通信社)
2世芸能人の売り出し方、「親の名前出さない」に変化
 2世タレントの“売り出し方”の戦略は、時代とともに大きく変わってきた。かつての2世タレントたちは「七光り」を最大限に利用し、いきなり主要キャストとして華々しくデビューするケースが少なくなかった。 高島忠夫・寿美花代夫妻の息子・政宏は、大学在学中に映画『トットチャンネル』で華々しくデビューし、同作で日本アカデミー賞やブルーリボン賞などの新人賞を獲得。弟の政伸も、大学在学中にNHKの朝ドラ『純ちゃんの応援歌』でデビューしている。高島ファミリーはバラエティなどにしばしば一家総出で出演しており、「芸能一家」の「親子共演」は当たり前だった。 しかし、その後は「親の七光り」が本人にとってマイナスに働くケースも増えた。高橋英樹の娘の高橋真麻もその例といえる。「2004年にフジテレビの局アナになりましたが、入局当初から『コネ入社だろ』と言って叩かれ、バラエティ番組などでイジられてばかりで、アナウンサーとしては不遇だった。しかし、2013年にフリーに転身してからは、不遇時代に磨いたバラエティ力を存分に発揮し、今や超売れっ子になっている」(フジ関係者) 松田聖子と神田正輝の娘・神田沙也加も同様だ。「13歳でデビューしたが、ステージでの母子出演も多く松田聖子の娘であることを活用してきた感は否めない。それが視聴者の反感を買ってしまった。2011年末のNHK『紅白歌合戦』に出演し、母子でデュエットした時には親の七光りなどとバッシングを浴びました」(音楽関係者) しかし、そんな神田沙也加も、女優業のかたわら声優の専門学校に通うなど地道な努力を経て、2014年公開のディズニーのアニメ映画『アナと雪の女王』日本語版では、見事に王女・アナ役を射止めた。「映画の大ヒットを引っさげて、その年末には再び紅白に出場し、歌唱力が絶賛された。1回目にバッシングを浴びた“リベンジ”を見事に果たしたかたちです」(同前) あるキー局関係者は「10年前あたりから2世タレントに対する、世間の空気が如実に変わってきた」と語る。「ネット全盛時代になり、『何の芸もないのに』といった2世タレントに対するバッシングが、今まで以上に世間に拡散するようになった。加えて、俳優やスポーツ選手の子供たちが続々と芸能界入りしたことで、よほどの大物の子供でない限り埋もれてしまう。親の名前で一度は使ってみるものの実力が伴わず、すぐに消えてしまうことが増えました」(テレビ局関係者) 一方で、親の名前に頼ることなく、実力をつけて成功する2世が登場してきた。「その典型例が杏と安藤サクラ」だと語るのは、ある芸能事務所関係者。「15歳でモデルとしてデビューした杏は、渡辺謙と母親が離婚で揉めていたこともあって、事務所に『父のことは内緒にしてほしい』とお願いしていたそうです。離婚成立後も、ずっと『渡辺』姓を伏せて活動を続けていました。その結果、朝ドラ『ごちそうさん』でヒロイン役を務めるまでになった」 同じく朝ドラ『まんぷく』で朝ドラ史上初の“ママさんヒロイン”となった安藤サクラも、父親が奥田瑛二、母親が安藤和津という芸能界のサラブレッドだ。「父親が監督を務めた映画『風の外側』で、主演女優がクランクイン直前に降板してしまったために代役としてデビュー。しかし、その後はどんな役柄にも果敢に挑戦して、芝居の実力を磨いてきた。親の七光りではなく、自力で這い上がってきた役者のひとりです」(映画関係者) 現在放送中のドラマに出演する2世タレントには新田真剣佑(父・千葉真一)、池内万作(父・伊丹十三、母・宮本信子)、寛一郎(父・佐藤浩市)、趣里(父・水谷豊、母・伊藤蘭)、三浦貴大(父・三浦友和、母・山口百恵)、工藤阿須加(父・工藤公康)らがいるが、そうした若手俳優のなかでも、寛一郎は父・佐藤浩市の名前を伏せたまま2017年にデビューし、同年公開の映画『ナミヤ雑貨店の奇蹟』で日本映画批評家大賞の新人男優賞、2018年公開の映画『菊とギロチン』でキネマ旬報ベスト・テン新人男優賞に輝いた実力派だ。 寛一郎という名前だけの芸名についても、インタビューで「親父のイメージがあるから、佐藤はつけたくなかった」と語っている。父の佐藤浩市も「三國連太郎の息子」というレッテルに苦しんだ経験からその姿勢を認めているという。 新田真剣佑も「世界のサニー千葉」の息子だが、芸名はあえて「千葉」姓を外した。「真剣佑も本格的なレッスンを受け、舞台や映画の端役で実績を作ってから抜擢されている。親の七光りだけでは長続きしないし、そのほうが『あんな有名人の子供なのに、努力してきたんだね』と、視聴者の共感も得やすいんですよ」(芸能事務所関係者) 渡辺徹・榊原郁恵夫妻の息子の渡辺裕太のように、「親子共演NG」を貫いているケースもある。◆テレビ局の“大人の計算” いくら親が有名人でも、実力がなければ認められなくなってきた2世タレント。だが、その他大勢の役者やタレントに比べて、彼らに大きなアドバンテージがあることも、紛れもない事実だ。「本人が親の名前を隠していても、局側は事務所から親のことを聞かされているもの。タイミングを見計らって“実は誰々の子供だった”ということを明かせば、親のファンは必ず注目してくれるし、逆にそこまで親の名前に頼ろうとしなかった姿勢をアピールすることで、視聴者からの好感度を上げることもできますからね」(テレビ局関係者) いつの間にか2世タレントが大量に出演しているその背景には、こんな“大人の計算”もあるようだ。 夏クールのドラマでも、『ノーサイドゲーム』(TBS系)に千葉真一の息子・眞榮田郷敦(まえだごうどん・新田真剣佑の弟)が出演。杏が主演を務めた『偽装不倫』(日本テレビ系)では、その杏の恋人役を『島唄』で知られる歌手、宮沢和史の息子・宮沢氷魚(ひお)が演じた。NHKの前の朝ドラ『なつぞら』にも、哀川翔の娘・福地桃子がヒロインの親友役に抜擢されるなど、たしかに2世タレントの勢いは凄まじい。2世タレント事情に詳しいコラムニストの山田美保子氏はこう語る。「日本人は家系図を大切にする文化があるし、その子の親と比較して、ああだこうだ言うのが好き。恵まれた環境にいる2世が親に頼らず努力している姿は、見ていてドラマがある。 もちろん長嶋一茂や石原良純のように思いっきり七光りを隠さない天真爛漫な2世を見ているのも、バラエティ的には楽しいのですが。役者に限れば“ストイックな2世”が求められる時代になってきました」“隠れ2世”ブームはまだまだ続きそうだ。※週刊ポスト2019年11月29日号
2019.11.19 11:00
週刊ポスト
高嶋政宏の後悔 介護保険の存在知らず母はマンションを売却した
高嶋政宏の後悔 介護保険の存在知らず母はマンションを売却した
「相続のことをよく聞かれますが、父の財産はほとんど残っていなかったんです。恥ずかしい話ですが、介護保険のことを知らなくて…」 こう振り返るのは、俳優の高嶋政宏(53才)。6月26日に父の高島忠夫さん(享年88)が老衰で亡くなってからおよそ1か月半が経ち、政宏は父親の生前整理や相続の実情を赤裸々に語った。 右手の親指を突き立てる「イエーイ」のポーズでおなじみの忠夫さんは、俳優やテレビ司会者などとして活躍した。妻の寿美花代(87才)、息子の政宏、政伸(52才)兄弟とともに「高島ファミリー」としてたびたびメディアに登場し、芸能界きっての仲よし家族と称された。 だが忠夫さんは1998年に重いうつ病を患い、一時的に回復したものの、パーキンソン病を発病して、長年にわたる介護が必要となった。“高嶋兄弟”の兄、政宏が当時を振り返る。「家計のことはすべて父が管理していたので、父が倒れた時は何もわからず、家族でパニックになったことをよく覚えています。母は印鑑を押したことすらなく、実印がどこにあるかも把握していませんでした」 一家の大黒柱が突然倒れて、家族が途方に暮れるケースはよくある。その後の治療や介護生活にどれだけお金がかかるかわからず、不安になることも多い。 そんな時に支えになるのが、必要度に応じてさまざまな介護サービスを低負担で受けられる「介護保険制度」だ。2000年4月にスタートし、超高齢化のなかで介護が必要になった人を社会全体で支える仕組みだが、高島ファミリーは長きにわたり、その存在を知らなかったという。「父が倒れてから自宅介護を続けたのですが、介護にかかる費用はすべて実費で現金払いしていました。仕事から帰って食事をしていると、母が『私たち路頭に迷うんじゃないかしら』と不安そうに言うんです。 ずっと後になって介護保険のことはたまたまテレビのニュースで知り、政伸も走り回って調べてくれました。主治医に相談したら東京・世田谷区のケアマネジャーさんを紹介されて。『うちの父も介護保険を使えるんですか?』と聞いたら、『ええ、使えます』と言われました。 税理士さんたちに『どうして教えてくれなかったんですか』と聞いたら、『有名なかたに言うのは失礼かと思って』と言われて…(苦笑)。階段の手すりの設置から介護ベッドやトイレの手すりまで、こんなものにも保険サービスが使えるのかと驚きました」(政宏) 介護が始まってから10年近くの期間を、すべて実費でまかなっていた不安は大きく、寿美は“貧困妄想”に襲われるようになり、費用不足に備えるため福岡と都内のマンションの売却もしていたという。政宏は何度も「介護保険さえ、最初から知っていれば」と繰り返した。 相続コーディネーターで「夢相続」代表の曽根恵子さんは、「決して有名人だけの特別なケースではありません」と指摘する。「一般のかたでも、家に引きこもっていたり、家族だけで介護をしていると、介護保険制度を知らない人はいます。介護保険のほかにも自治体によるリフォーム助成金など、介護にはさまざまな公的支援があります。介護が必要になったら、まずは役所や地域包括支援センターでどんな支援があるのか尋ねてください」※女性セブン2019年8月22・29日号
2019.08.12 07:00
マネーポストWEB
写真/共同通信社
高島忠夫さん、兄・政宏だけに自宅の一部を生前贈与の背景
「父は最後まで明るく良く通る声で笑ったり、話したりしながら、大好きだった(スペイン人歌手の)フリオの歌声に包まれて、本当に穏やかに旅立ちました」 老衰のため6月26日に亡くなった高島忠夫さん(享年88)について、息子で高島兄弟の弟である高嶋政伸(52才)は努めて明るくこう語った。仕事先で訃報を知ったという兄の高嶋政宏(53才)も、「母曰く最後は眠るように旅立っていった、のがせめてもの救いです」とコメントした。 父の死を前向きに受け止めようとする兄弟だが、彼らはこの先、親が亡くなったあとにもたらされる、ある問題に直面することになる。それは、「相続」にほかならない――。 1952年に映画『恋の応援団長』でデビューした忠夫さんは「歌うスター」として人気を博し、1963年に宝塚トップスターだった寿美花代(87才)と結婚。1965年に政宏、1966年に政伸が誕生した。 その後、高島ファミリーは芸能界きっての仲よし家族として知られるようになり、右手の親指を突き立てる「イェーイ」のポーズが一家のトレードマークとなった。 だが1998年に忠夫さんがうつ病を患うと生活が激変。2003年に芸能界復帰を果たした後もパーキンソン病や不整脈で心臓にペースメーカーを取りつけるなどの闘病が続いた。 2013年に放送されたドキュメンタリー番組では、やせ細った忠夫さんが会話中に眠り込むなど生々しい姿をさらけ出し、大きな反響を呼んだ。「80才を過ぎてから忠夫さんは入退院を繰り返し、寿美さんが介護をしていました。いわゆる老老介護の状態です。寿美さん自身も年を取って衰えを実感するなかでも忠夫さんを施設に預けず、ホームヘルパー3人との協力体制で介護を続けてきました。政宏さんと政伸さんも時間をみては家族を連れて父親を訪ねていました」(高島家を知る関係者) 忠夫さんの容体が急変したのは、ここ1~2か月のことだったという。「最後の1か月は意識が朦朧としていて会話ができる状態ではなかったようです。ただ気になるのは、その直前の5月中旬、高島家の自宅豪邸の一部を兄の政宏さんだけに生前贈与していたことです」(前出・高島家の関係者)◆勝手に土地を売らないように 東京・世田谷区の高級住宅街、約730平方メートルという広大な土地に高島邸は建っている。「政宏さん、政伸さんが小さい頃に隣の土地も追加で購入し、今の広さになった。敷地内には戸建てが2棟建っています。以来、忠夫さんと寿美さんの共同名義で所有してきたのですが、今回、この土地の約200分の1の権利を政宏さんに贈与して、所有権者が政宏さんに変わりました」(前出・高島家の関係者) 近隣の不動産業者によると、「土地の価格だけで2億~3億円」というから、200分の1の権利だと、100万~150万円ほどとなる。生前贈与のルールでは、年間110万円までは非課税なので、税金がかからない範囲で贈与を行ったのだろう。 それでも気になるのが、「なぜ兄の政宏だけが権利を取得したのか」ということだ。事情に詳しい不動産関係者はこう語る。「考えられるのは、『不動産の管理の強化』でしょう。ほんの一部でも所有しておけば、自分の許可なしに土地が売却できないように制約をかけることができます。 高島家の場合、土地のすべての権利を寿美さんが相続したとすると、寿美さんの一存で売却可能ですが、政宏さんが一部でも共同所有していれば、そうはいかない。寿美さんが誰かに言いくるめられて土地を売却しそうになった場合にも、それにストップをかけることができます。 たとえば、兄はその土地で母と同居するつもりなのに、弟は土地を売って現金で相続したい。兄のいないところで母をうまく説得して弟が土地を売ろうとしても、ほんの一部でも兄の持ち分になっていれば、そう簡単に売れないわけです。 一般的にも、長男は親の自宅に住むことを主張し、次男は自宅売却して現金を分配してほしいと主張して、対立するケースは少なくない」 高島家は兄弟が揉めないように、相続に関しては忠夫さんと話し合ってきたという。「政宏さんの現在の住まいは忠夫さんが所有する億ションです。実家から車で20~30分ほどの距離ですが長年住んでいますし、政宏さんが相続するものと聞いています。 一方の政伸さんは妻と1才の子供と賃貸暮らし。その代わりに高島家の個人会社を継ぐ形になったと聞きました。あとは現金や実家をその時々に応じて話し合って分け合おうということになっていたはずで、揉める要素はないはずですが…」(芸能関係者)◆介護方針でギクシャク 仲よし家族で知られてきた高島ファミリー。芸能界デビューは政宏が1987年、政伸がその翌年だった。 私生活では政宏が2005年に女優のシルビア・グラブ(44才)と結婚すると、政伸は2008年にモデルの美元(みをん・40才)と結婚。だが政伸は泥沼裁判の末2012年に離婚し、2015年に14才年下の女医と再婚し、2017年には第1子が生まれた。忠夫さんは初孫誕生を喜んだというが、ファミリーの“すれ違い”は、この頃から進んでいた。 一時はファミリーコンサートを定期開催するほどの仲よし家族として知られたが、2013年頃を境に兄弟の共演は途絶えた。今年5月には『女性自身』で、兄弟の意見が介護問題で食い違っていると報じられた。兄弟の確執が囁かれる中で生じた“贈与問題”――。「今後、寿美さんがどこで生活を送っていくかというのがポイントでしょう。政宏さんの奥さんは女優として舞台が忙しいですし、政伸さんの奥さんは医師の仕事と子育てで忙しい。どちらかといえば政宏さん夫妻が介護を主導していくのだと思います」(高島家の知人) 政宏と政伸は、今後の母の介護の方針を巡って意見の相違があったのかもしれないと、知人が続ける。「たとえば、政宏さんは、母が50年以上慣れ親しんだ自宅で面倒を見てあげたいと考えている。一方で政伸さんは、老朽化した自宅よりも、家を売って、高齢者施設で安全安心に暮らしてほしいと思っている、という齟齬があったのかもしれません。 そう考えると、忠夫さんの容体が悪化した後、政宏さんが土地の一部権利を取得していたことの説明ができます。相続人の兄弟がいるのに、兄だけが権利を持つのはフェアではない。政伸さんはこの土地の生前贈与を知らない可能性もあるでしょう」 忠夫さんは天国で親指を突き立てて、「イェーイ」とはいかないかもしれない。※女性セブン2019年7月18日号
2019.07.03 16:00
女性セブン
「爆報!THEフライデー」の内容が問題に
高視聴率のTBS音楽特番、本当に“超貴重映像”満載だった
 2月11日、『歌のゴールデンヒット』(TBS系)が約4時間にわたって放送された。5回目の特番となる今回は『昭和・平成の歴代歌姫ベスト100』をテーマに取り上げ、オリコン集計開始の1968年から2018年までのデータで作成した女性歌手(ソロ、デュオ、グループ)のシングル総売上ベスト100を発表し、12.5%(ビデオリサーチ調べ/関東地区。以下同)という高視聴率を獲得した。その理由はどこにあったのだろうか。 著書『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)の中で、歌番組の歴史についても構造的に解析している芸能研究家の岡野誠氏が細かく分析する。 * * *『歌のゴールデンヒット』を紹介する新聞のテレビ欄には〈▽今夜しか見られない超貴重映像を大放出!〉という文言もあった。本当に“超貴重映像”だったのかを検証してみよう。 過去映像中心の番組の場合、いかにオリジナリティを出せるかに命運がかかっている。言い換えれば、PVやMV、ライブなどの映像よりも、TBS独自の素材が求められている。 4時間以上に及ぶ番組内で、ベスト100と番外編などを含め過去の歌唱シーンは144本オンエアされた。番組上のテロップを参考に調べると、TBSオリジナル映像は113本。全体の78.5%にも上った。内訳は以下の通りだ(番組名にはそれぞれの関連番組を含む。『輝く!日本レコード大賞』であれば『速報!日本レコード大賞』、『うたばん』であれば『とくばん』など)。【1位】31回:輝く!日本レコード大賞【2位】21回:コンサート映像(歌手のビデオやDVDなど)【3位】16回:ザ・ベストテン【4位】14回:COUNT DOWN TV【5位】10回:記載なし1(おそらくPV、MVと推測される)【6位】9回:うたばん【7位】8回:日本有線大賞【8位】7回:8時だョ!全員集合【9位タイ】3回:トップスターショー歌ある限り、記載なし2(*注)【11位】2回:JNN音楽フェスティバル【12位タイ】1回:高島忠夫とヒット歌謡大全集、植木等ショー、ロッテ歌のアルバムなど多数【*注:イントロクイズとして出題された森昌子、八代亜紀、岩崎宏美の映像はクレジットの記載がなかったが、映像背景や歌の年代、字幕スーパーなどからTBSオリジナルと判断】 このTBS独自映像113本を年代別に分けてみよう(カッコ内は全体の本数。『歌のゴールデンヒット』内での表記はあくまで曲の発売年だが、番組名のクレジットなどからいつの年代の映像か判断した)【1960年代】8本(8本中)/100.0%【1970年代】33本(35本中)/94.3%【1980年代】22本(30本中)/73.3%【1990年代】33本(49本中)/67.3%【2000年代】10本(14本中)/71.4%【2010年代】7本(8本中)/87.5%【合計】113本(144本中)/78.5% 1980年時点でビデオデッキ普及率は2.4%に留まっていた。つまり、視聴者が録画素材をほとんど持っていない1970年代の映像の価値は必然的に高くなる。 ビデオデッキ普及率が2ケタ未満だった1982年以前の独自映像をカウントすると、48本。全144本の歌唱シーンのうち、33.3%が特に超貴重映像だったと言える。 これに加え、1970年代の藤圭子やキャンディーズ、南沙織、麻丘めぐみ、高田みづえの『8時だョ!全員集合』でのコント、ドラマ『時間ですよ』での堺正章と天地真理のシーンもオンエア。なかなかお目にかかれない映像を繰り出すことで、『歌のゴールデンヒット』の価値は高まっていった。 1970年代に『ザ・ベストテン』や『全員集合』などテレビ史に残る大ヒット番組を放送し、“民放の雄”と呼ばれたTBSだからこそ、12.5%の視聴率が獲れたという見方もできる。 1980年代以降の独自映像の比率はやや低くなるが、それでも70%前後をキープしている。たとえば、1990年に忌野清志郎と坂本冬美が『DAYDREAM BELIEVER』を歌うシーンもオンエアされた。同年に行なわれたイベント『ロックの生まれた日』の映像で、1990年5月25日放送の『ロックが生まれた日』(※番組でのクレジット、当時の新聞にも“ロックの”ではなく、“ロックが”と記載)の一部と思われる。 ビデオデッキ普及率は1990年には既に60%を超えていたが、まだまだビデオテープは高価な時代であり、放送時間が深夜24時50分からだったため、“超貴重映像”と言えるだろう。◆TBSが豊富なオリジナル映像を保持しているワケ『歌のゴールデンヒット』のテレビ欄に書かれていた〈▽今夜しか見られない超貴重映像を大放出!〉という謳い文句に偽りはなかった。なぜ、TBSはこれほどオリジナル映像を保持しているのか。 振り返れば、歌番組の大きなブームはTBSから始まっていた。1959年12月27日、第1回の『日本レコード大賞』の受賞発表が行なわれる。TBS(当時のKRT)は3日後の30日、録画で午後3時5分から35分間放送。1969年には大晦日のゴールデン帯で生中継し、高視聴率を獲得した。すると、翌年にTBS以外のテレビ・ラジオ民放8局が『日本歌謡大賞』を立ち上げる。1970年代中盤には各局に音楽祭が乱立し、“賞レースブーム”が巻き起こった。 1978年1月、TBSは4つの基準を元に独自のランキングを作成して10位から週間順位を発表していく『ザ・ベストテン』を開始。当初は10%台後半だった視聴率は、10月以降25%を下回ることなく、翌1979年には30%台を連発する。これを見た他局もランキング番組を続々と作った。 1980年代後半から音楽祭の視聴率が低下していき、1990年代前半には各局が撤退していく。『日本歌謡大賞』も1993年限りで終了した。その中で、TBSは『日本レコード大賞』を継続。『ザ・ベストテン』は1989年9月限りで幕を閉じたが、1992年10月から土曜20時台で『COUNT DOWN100』という新たなランキング番組を始め、1993年4月からは土曜深夜帯で『COUNT DOWN TV』に衣替えし、現在も放送中だ。 TBSは先駆者として放送音楽界を牽引し、試行錯誤しながらも継続してきた。そのため、『歌のゴールデンヒット』ではどの年代でも高い確率でオリジナル映像を放送できた。 現在、TBSにはゴールデン帯のレギュラー歌番組がない。他局を見ても、特番の歌番組では数字を獲れても、毎週の放送となると現状は厳しい。そんな時代だからこそ、先駆者のTBSが新たな歌番組に挑戦してほしいとも感じた。※参考文献:『TBS50年史』●文/岡野誠:ライター・芸能研究家・データ分析家。研究分野は田原俊彦、松木安太郎、生島ヒロシ、プロ野球選手名鑑など。一時、『笑点』における“三遊亭好楽ドヤ顔研究”を試みるも挫折。著書『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)は、『ザ・ベストテン』の本邦初公開と思われる年別ランクイン数の順位、田原俊彦の出演シーンを詳細に振り返るなどの巻末付録も充実している。
2019.02.23 16:00
NEWSポストセブン
若年性アルツハイマー 妻を介護し続けた夫の心の内と愛
若年性アルツハイマー 妻を介護し続けた夫の心の内と愛
 夫婦の純愛と家族の愛情を描いた映画『八重子のハミング』が公開され話題になっている。原作は、5度のがん手術から生還した陽(みなみ)信孝さん(77才)が、若年性アルツハイマーの妻・八重子さん(享年65)を介護する日々を短歌とともに綴った同名手記(2014年、小学館刊)。14年もの月日を経て、多くの人の胸を揺さぶっている──。 2025年には4人に1人が75才以上になるという超高齢化社会の中で、日本国内の認知症患者は全国に500万人と推定され、その数は増加の一途を辿っている。それゆえ親、夫、あるいは妻の介護を、どこでどのようにしていくかは、誰にとっても他人事ではない。 国は総力を挙げて、この未曾有の介護問題に取り組んでいることを喧伝するものの、同時に新たな問題が噴出しているのが現状だ。テレビや新聞、雑誌で、繰り返し特集が組まれるが、どこにも正解はなく、だからこそ私たちはいつも悩み、苦しんでいる。 今のように情報もなければ、サービスも選択肢もなかった時代に、どのように在宅介護をし、どのように最期を看取ったか? 陽さんが八重子さんと過ごした日々は、私たちの胸に多くのことを訴えかける。◆同じこと 繰り返し問ふ 妻の日ひ々び 繰り返し答ふ 陽さんは、山口県萩市生まれ。県内で30年以上教職に携わり、小・中学校の校長を歴任。音楽と家庭科の教師だった八重子さんとは、県内の中学校で知り合い、1963年に結婚、3人の娘がいる。 1989年、初孫の孝一朗さん(27才)が誕生したのを機に八重子さんは退職。孫の面倒を見ながら、のんびり旅行をするなど夫婦の時間を持っていこうと思っていた矢先の1991年、陽さんを突然の病魔が襲う。胃がんと宣告され、手術で胃の4分の3を摘出した。 夫の病気によるショックからか、八重子さんにも異変が起こる。53才でアルツハイマーを発病したのだ。陽さんは高齢の母親(2004年、93才で他界)や、娘夫婦の協力を得ながら、病身を押して妻の介護を始めた。「当時は若年性アルツハイマーって何? という時代やったから、施設に預けられなかったという事情もあった。若年性アルツハイマーは、瞬間的なショックで脳細胞が縮み続けて、赤ちゃんの脳になって亡くなるんです」(陽さん)◆幼子(おさなご)に帰りし妻の 手をとりて 今も変わらじ 若き日のぬくもり 日々刻々進行していく八重子さんの病気。会話が成り立たなくなり、字が書けなくなり、衣服の着脱も食事も介助なしでは難しくなっていったが、陽さんは「八重子さんをどこにも預けないで家で看る」と決めた。 そんなある雪の夜、陽さんが帰宅すると、自宅近くの橋の上にぼーっと白い影が浮かんでいた。急いで駆け寄ると、降りしきる雪の中、八重子さんが雪だるまのようになって泣きじゃくっていた。彼女は、そこで、ずっと夫の帰りを待っていたのだ。「抱きかかえるようにして家へ連れて帰り、妻を寝かしつけると、涙があとからあとからこみ上げてきて…」 陽さんはこの出来事をきっかけに、任期半ばで教育長の職を辞し、妻の介護に専念する。1998年のことだった。「いずれ短い命なら、一緒にいてやりたくてね。飲み会にも連れて行って左に座らせて食べさせる。2次会のカラオケも一緒でした。介護を始めてからは、全国の介護施設とかで講演を頼まれることも多いんですけどね、そういう場所にも全部連れて行った」 在りし日に思いを馳せ目を細める陽さんは、穏やかな表情だったが、日々の生活は修羅場だった。「女房を連れて歩くことに、娘は泣きながら反対していました…。近所の人も、おそらく、100人が100人、“ボケた奧さんを連れて歩かんでも、施設に入れてあげたらいいのに”って思っていたんじゃないかな。実際直接、わしに言ってきた人もおったし、つらかったですよ」(陽さん) 想像してほしい。それは今から20年以上前のこと。認知症という言葉はまだなく、まして若年性アルツハイマーに対する知識も理解もなかった時代だ。今でさえ、老いた親が認知症であることを公表することは抵抗がある。 2009年、長門裕之さん(享年77)が、認知症になった妻・南田洋子さん(享年76)を老老介護する日々を明かした時、勇気ある行動だと賞讃される一方で「あんなにきれいだった女優の壊れた姿をテレビの前に連れ出すなんてひどすぎる」「妻をさらし者にしているだけだ」などと批判され、実際長門さんは、南田さんの親戚からも非難された。 2013年には寿美花代(84才)が、テレビ番組で夫・高島忠夫(86才)を老老介護している日々を公開したが、これにも波紋が広がった。「だけどわしは、どこに行くにも一緒にいてやりたいし、もう隠して生きていく時代じゃないと思っとった。それで家族には悲しい思いをさせたけど、わしが決断しなければ家族が迷う。そして家族が迷うってことは、女房がいちばんかわいそうな思いをするってことやと思った」(陽さん)◆小尿を 流しし床を 拭く われの後ろで歌う 妻に涙す 陽さんは24時間、八重子さんにつきっきりで介護した。しかし何をやるにも妻は抵抗し、夫の頭を叩き、つかみかかる。おもらしをして家中が水浸しになることも珍しくなかった。だが、陽さんは妻に小言ひとつ言わなかった。「そりゃあ、私だって腹が立って叩いてやりたいと思うこともありました。でもこの病気は、こちらが怒ったりすると、感情を逆なでして余計に病状を悪化させてしまう。だからなんでも受け入れてやらねばならないんです。それにね、いくら叩かれても痛くないんですよ。やはり女房は、無意識のうちに力を抜いているんです。だから私は女房の愛情表現だと思っていました」(陽さん) こうした細やかな介護のおかげか、八重子さんは発症から10年経っても自力で歩き、「お父さん」「痛い」「ばか」などの言葉を発した。陽さんとのドライブが好きで、そんな時はカーステレオから流れる童謡や歌謡曲に合わせて、うれしげにハミング。歌詞はまったく出てこないが、音程は正確だったという。「みんな“介護って大変ですね”っておっしゃるけれど、家族の中に、本当に頭がおかしくなった…孫にとってはおばあちゃんであり、娘たちにとってはお母さん。その女房がわけがわからなくなっていくのを、毎日見ていて、そのたびに胸をえぐられるような悲しみがある。 わしは女房がうんちを食べたとき、歯と歯の間にはさまったうんちがなかなかとれなくて、それで口で吸い出しよった。金銭的にも大変。おむつ1つとっても、高い。布団も、着るものも、洗っても洗っても汚れるから、頻繁に買い替えないといけん。毎日食べさせないといけん。介護は生半可なものじゃなか」(陽さん)※女性セブン2016年11月24日号
2016.11.10 11:00
女性セブン
再婚の高嶋政伸 挙式できない背景に父・忠夫の寝たきり生活
再婚の高嶋政伸 挙式できない背景に父・忠夫の寝たきり生活
 高嶋政伸(48才)が都内の大学病院に勤務する14才下の医師・A子さん(34才)と再婚した。泥沼離婚裁判に発展した前妻・美元(36才)とは交際1週間という超スピード結婚だったが、A子さんとは知人の紹介で出会い、1年の交際を経て入籍した。 しかし、挙式・披露宴の日程は未定。政伸を知る人たちは「そんな余裕がある状況ではない」と口を揃える。両親の介護問題が大きいのだという。 政伸の父・高島忠夫(85才)はかねてからうつ病、糖尿病、パーキンソン病を患い、現在も都内の自宅で闘病生活を送っている。「今は完全に寝たきりで、自分ではまったく体を動かせないという深刻な状態になっています。忠夫さんが近所に出かけることはまったくありませんし、徒歩1分の距離の理容室が、月に1度、出張散髪に出向いているほどです。 ベッドから起こす時も、最初は妻の寿美花代さん(83才)がやっていましたが、体力の限界もあって、今はすべてヘルパーさんに頼るしかありません。寿美さんも介護疲れで精神的に参っているようでね…。お兄さんの政宏さん(49才)はほとんどお見かけしませんが、政伸さんはしょっちゅう実家に帰ってきて、おふたりの面倒をみています」(高島家を知る近隣住人) 東京・世田谷区にある200坪の広大な敷地に高島家の自宅がある。現在は忠夫と寿美がふたりで暮らしているが、数年前に改築工事が完了し、二世帯仕様となっている。「お父さんの深刻な病状に政伸さんも真剣に二世帯同居を考えているようです」(政伸を知る芸能関係者) しかし、政伸自身も、医者の支えを必要としている状態にあった。「彼はパニック障害で、精神安定剤が手放せない時期もありました。ドラマの出演前には『おれが失敗したらドラマが終わってしまう』と言って必要以上に自分を追い込み、ノイローゼ気味になってしまうなど非常に繊細なタイプ。政伸さん1人で両親の面倒をみるには大変荷が重い状況。彼自身にも支えが必要だと思います」(前出・芸能関係者) A子さんにとってそんな政伸との結婚は家事や料理に加え、義理の親の介護をこなし、夫のメンタルケアにも気を配る“覚悟”の選択だっただろう。「A子さんは結婚後も仕事を続けるそうです。彼女は決断力もあり政伸さんもすごく頼りにしているようですよ。彼の雰囲気が目に見えて明るくなったように感じます」(前出・芸能関係者) 現在、A子さんは妊娠していないが、政伸は「両親に一日も早く孫を見せたい」と、子づくり宣言しているという。※女性セブン2015年10月8日号
2015.09.24 16:00
女性セブン
うの以外も 高島忠夫、研ナオコら芸能界ベビーシッター事件簿
うの以外も 高島忠夫、研ナオコら芸能界ベビーシッター事件簿
「信じられなかったです。彼女はいちばん信頼していた人で、娘も本当に懐いていたのに…」。ベビーシッターによる窃盗被害に遭った神田うの(40才)は、6月2日の会見で、涙を流しながらこう語った。 うのが最初に異変に気づいたのは2013年春のことだという。旅行に持っていこうとした時価約200万円のエルメスのバーキンがなくなっているのに気づき、改めて捜してみると、エルメスのケリーバッグやルイ・ヴィトン、シャネルのバッグなども紛失していることがわかった。さらに宝石類や腕時計なども見当たらなくなっており、紛失した物は計70点にのぼり、時価にして3000万円を超えるという。 うのは2014年1月、警察へ被害届を提出。捜査の結果、同年11月に逮捕されたのは、うのが雇っていたベビーシッター(60才)だった。逮捕時、彼女は盗んだもののほとんどをすでに質店に売り払い、換金していたという。今年4月に懲役2年の実刑判決が下り、現在は控訴中だ。 過去、芸能界ではベビーシッターをめぐる事件やトラブルが何度も起きている。1964年8月には高島忠夫(84才)・寿美花代(83才)夫妻の当時生後5か月の長男・道夫ちゃんが、湯船の中で、変わり果てた姿で発見され、犯人は元宝ジェンヌの寿美のファンで、半年ほど前から高島家でお手伝いとして働いていた17才の少女だった。 1999年には研ナオコ(61才)が、当時11才だった長男が、ベビーシッターに3年間にわたって虐待されていたことを告白している。この一件を機に、研は仕事よりも家庭中心の生活に切り換え、コンサートなども一切やめて子供の行事を優先するようになったという。 また、2012年には元オセロ・松嶋尚美(43才)が、当時3か月だった長男のベビーシッターを、ブログで写真付きで紹介。すると、そのシッターを知る人物から、女性セブンにこんな声が寄せられた。「あの人は、うちの近所で噂になっているゴミ屋敷のような家の人なんです。余計なお世話かもしれませんが、本当に、この人に赤ちゃんをまかせていいのかと心配で…」 さらに取材を進めると、彼女はかつて働いていた職場で金銭トラブルを起こして辞めさせられていた事実も発覚したのだった。 今年5月9日には、パリ在住の元フジテレビアナウンサー・中村江里子(46才)がブログで、ベビーシッターに現金や宝石を盗まれたことがあると告白している。 2014年3月には埼玉県富士見市で、26才の男性シッターが、預かっていた2才の男児を虐待の末に死亡させるという事件が起きている。他にも、ご飯を食べないといって子供を怒鳴る、泣き出すと叩くなど、シッターによる虐待事例は後を絶たない。教育評論家の深谷昌志氏が語る。「子供の世話をする職業にもかかわらず、ベビーシッターには国家資格も必要なく、自治体への届け出の義務もありません。民間の資格を取得している人もいますが、なくてもかまわない。つまり、誰にでもなれる職業なんです。そのため、各シッターがどんな育児サービスをしているのか、行政によるチェックもなされていないのが現状です」 さらに、インターネットの仲介サイトの場合、偽名でもシッターになれる。先の富士見市の事件は、まさにこのケースだった。 トラブルが多発するベビーシッター業界だが、それでも母親たちは、子供を預けざるをえない実情がある。現在、都心の保育園などはどこも満員で、待機児童が溢れている。生活のために働きに出なければならない母親には、へビーシッター以外の選択肢がないのだ。「だからこそ、誰に依頼するかは非常に重要です。地域社会のネットワークを使って、顔見知りのかたを紹介してもらうなど、知らない人は極力さけるようにしましょう」(前出・深谷氏)※女性セブン2015年6月25日号
2015.06.11 16:00
女性セブン
寿美花代が夫・高島忠夫を老々介護した番組内容に疑問の声も
寿美花代が夫・高島忠夫を老々介護した番組内容に疑問の声も
 うつ病と診断されてから、芸能界から遠ざかっていた高島忠夫(82才)の現在の様子が、6月18日の『カスペ!』(フジテレビ系)で放送された。番組では、妻の寿美花代(81才)が自宅を公開。壮絶な老々介護の日々を明かした。番組終盤、忠夫が杖を使わずひとりで立ち上がるシーンでは、奇跡が起きたかのように描かれていた。ある高島家を知る人物はこう話す。「うつ病どころか、糖尿病、心臓病の他にパーキンソン病を発症していると初めて明かしていましたね…。ですが、この数年間、寿美さんは忠夫さんが回復したと言って講演会や、雑誌のインタビューで体験談を語ったりしてきたんです。さすがにそれを彼女はずっと悩んでいて、お酒が入ると“私はずっと嘘をついてきた”って懺悔していました」 番組では、寿美が自宅で老々介護している様子もクローズアップされていたが、その点に前出の人物は疑問を投げかけている。「寿美さんひとりで介護をしているようにレポートされていましたが、もうずっと前から、高島家には住み込みのお手伝いさんと、夜にやってくる介護士さんが何人かいるんです。やはり成人男性を自宅で介護するとなれば、とても女性ひとりの手には負えませんからね」 寿美自身も老々介護の末、うつ病になりかけたこともあったというが、それをきっかけにまずは自分を守らなければ夫を救えないと思い直したという。それからは自分の時間も大事にして、好きな音楽やおしゃれで心をときめかせているのだ。「今回の撮影のために、寿美さんはジェルネイルを変えて、美容室にもフェイシャルエステにも行って、万全の準備をしていました」(寿美の知人) かつて南田洋子さん(享年76)の自宅介護を、長門裕之さん(享年77)がテレビで公開した際、長門さんに非難の声が殺到したこともあった。今回の寿美の告白はどんな波紋を広げるのか──。※女性セブン2013年7月4日号
2013.06.21 07:00
女性セブン
高嶋ちさ子 親戚の高島忠夫一家とは上から目線も理由で断絶
高嶋ちさ子 親戚の高島忠夫一家とは上から目線も理由で断絶
 日本一有名な芸能一家、高島家。父は高島忠夫(82才)。母は元宝塚歌劇団の寿美花代(81才)で、兄は俳優の高嶋政宏(47才)、弟は話題の高嶋政伸(46才)だ。 人気バイオリニストの高嶋ちさ子(44才)はそんな高島家の親戚で、忠夫の実弟がちさ子の父という間柄だ。 ちさ子の父はレコード会社の元ディレクターで、ビートルズをいち早く日本に紹介した人物として知られる。そして、母はピアニストという音楽一家の3人兄姉の末っ子として生まれた。 だが、ある芸能関係者によれば、両家の親戚関係は、何年も断絶したままだという。溝が生じた原因について、金銭感覚のズレを指摘する声が複数あった。「ちさ子さんの父親は音楽業界では有名でも、サラリーマンですからね。兄の忠夫さん一家とは収入も生活のレベルも違います。子供たちが小さい頃は、両家のつきあいも普通で、ちさ子さんも忠夫さんの家に遊びに行ったりしていたんですよ。 でも子供心に家の大きさとか、おやつは当時高価だったメロンを食べてるとか、そんな生活のレベルの差に、ちさ子さんのほうも、“うちと違う…”という気持ちが大きくなったと聞いたことがあります」(レコード会社関係者) ちさ子自身、数年前にある対談でこんなことを語っている。<あちらは共稼ぎで、奥様は当時の宝塚のスターですからね。よく食事に呼んでもらってすきやきを食べると、肉が違うんですよ。「こんなおいしいお肉、兄にも食べさせたいです」なんて私が言うと、次に兄が呼んでもらえる> 子供心にぼんやりと“家”の違いを感じていたちさ子だが、6才でバイオリンを始めたとき、両家の溝がさらに深くなるできごとがあったという。「寿美さんは思ったことをはっきり言ってしまうから、知らず知らず相手を傷つけてしまっていることがあるんですよね…。ちさ子さんがバイオリンをやり始めた時も、“お金がかかるのに大丈夫なの?”と言ったそうです。寿美さんに悪気はないと思うんですけど、ちさ子さん一家にしてみれば、上から目線の余計なお世話だったと思いますよ。それから次第に疎遠になっていったと聞いたことがあります」(テレビ局関係者)※女性セブン2013年3月7日号
2013.02.24 07:00
女性セブン
高嶋政伸と従兄弟の高嶋ちさ子 親戚関係は何年も断絶状態に
高嶋政伸と従兄弟の高嶋ちさ子 親戚関係は何年も断絶状態に
 鮮やかな青いプラダのスーツケースは日本未発売のもので値段は30万円ほど。その中には、一点もののコンサートドレスや高級靴など貴重な私物が入っていて、被害総額は100万円にものぼるという。 2月3日、地方公演からの帰りの新幹線内で、バイオリニストの高嶋ちさ子(44才)は、そんなスーツケースを盗まれた。2月10日放送の『アッコにおまかせ!』(TBS系)で、直撃電話取材を受けたちさ子は、「(犯人が)どんな理由で持っていったのか知りたいです」「間違えて持っていっちゃったんだったら、早く持ってこい!」などと怒りをぶちまけた。 そして最後におまかせ取材班が「大きななくし物をした高嶋政伸さんについては何かありますでしょうか?」と質問。高嶋政伸(46才)は、ちさ子の従兄にあたる。政伸の父・高島忠夫(82才)の実弟がちさ子の父という間柄だ。しかしこの質問にちさ子は突然声色を変えて言い放った。「あの! ただでさえイライラしてんのに、くだらないことを聞かないでください!」 そしてそのままインタビューは終了…。もともと歯に衣着せぬ物言いで知られる彼女だが、この時はとげとげしい印象だった。ある芸能関係者がその理由についてこう話す。「あそこの親戚関係は、もう何年も断絶したままなんですよ。互いが互いのことをまったく話さないでしょ? 15年ほど前、ちさ子さんが美人バイオリニストとして有名になってきた当初こそ、政伸さんと親戚だって騒がれたりもしましたけど、今じゃ知らない人のほうが多いんじゃないかな。それくらい、両家の溝は深いってことですよ」※女性セブン2013年3月7日号
2013.02.21 16:00
女性セブン
高嶋政宏 独自の武術を教える武道家を崇拝、同棲疑惑も出た
高嶋政宏 独自の武術を教える武道家を崇拝、同棲疑惑も出た
 泥沼化する高嶋政伸(44)と妻・美元(32)との離婚劇だが、その一因として、高島家の面々がスピリチュアルに傾倒していることがある。高島家の中で、特に霊感が強いのが兄の高嶋政宏(45)だが、そんな政宏が、10年ほど前から心酔している人物がいる。武道家のA氏だ。高島家の知人はA氏について、こう話す。「独自の武術を教える道場を主宰していて、門下生には弁護士や医師もいるそうです。政宏さんと出会ったのはスポーツジムのサウナと聞きました」 A氏の教えは体術だけではない。「力」「技」「知恵」そしてそれらを束ねていく「心」の4つが、互いに密接な関係とバランスを保ち、各人の生き方に反映されてゆく「力技恵心」という精神世界にも及ぶ。「とにかく政宏さんはAさんをすっかり崇拝しちゃって。一時は昼夜問わず毎日のように一緒にいたから、同棲疑惑も出たほど。あげくに政宏さんは、Aさんの自宅近くに引っ越しました」(前出・知人) 2005年、政宏がシルビア・グラブ(37)とハワイで挙式をしたときにも、親族のみのはずの会場にA氏の姿があった。そんな中、固い絆で結ばれた高島家と政宏が一線を画す事件が起きた。 高島家には、一家4人が所属する事務所のほかに、父親の高島忠夫(81)が代表となっている個人事務所(現・代表は政伸)があった。ところが2004年、突如、政宏が独立し、別の個人事務所を設立した。その際、政宏に口添えしたのがA氏だったという。「どうもAさんが“お金は別にしたほうがいい”とアドバイスしたみたいなんですよね。シルビアさんと結婚した後、新居に引っ越すときも、吉日を選んで日程を組んでいたのに、政宏さんが突然その日程を変えて、一時ホテル暮らしをしたこともあった。それもいま思うと、Aさんのアドバイスだったと思うんです」※女性セブン2011年8月25日・9月1日号
2011.08.15 16:00
女性セブン
高嶋政伸に兄殺害の「犯人は、私、私」と話しかけた女性いた
高嶋政伸に兄殺害の「犯人は、私、私」と話しかけた女性いた
 妻・美元(32)との泥沼離婚バトルの一方で、スピリチュアルにすがる高嶋政伸(44)の行動を以前当サイトではお伝えしたが、それは政伸だけではない。父・高島忠夫(81)や母・寿美花代(79)、さらには兄・政宏(45)もスピリチュアルな世界に傾倒していったのだが、その原点にあるのが、政伸がまだ生まれる前、高島家を襲った惨劇だった。 それは、いまから47年前の1964年8月24日の早朝に起こった。忠夫と寿美の間に生まれた、当時生後5か月の長男・道夫ちゃんが殺害されたのだ。犯人はその日のうちに判明。高島家でお手伝いとして働いていた17才の少女だった。 そして、政伸が成人した20余年後のある日、再び高島家に戦慄が走る出来事が起こった。道夫ちゃんを殺害した女性が政伸の前に現れたのだという。 高島家を知る人物は語る。「“犯人は、私、私”ってあっけらかんと話しかけてきたようです。政伸さんは“普通のおばさんだった”といっていました。その女性が本当に犯人だったのか、ただの嫌がらせだったのか、いまになっては確かめようもありませんが、驚いたでしょうね」 また寿美のもとには、「犯人は早々に出所した」「子供も産んで何事もなかったように暮らしてる」「事件について話している」などという話がたびたびはいってきてたという。「真偽はわかりませんけど、そんな話は寿美さんにとってもつらすぎる話。寿美さんは犯人が、“きっと反省してる”と思って気持ちを整理しようと頑張っていました。 寿美さんと政宏さんは霊感体質ということもありますが、道夫ちゃんの魂とよく対話していたそうです。そんな姿を見て、忠夫さんも政伸さんもすいぶん感化されていましたね。そうして、あのファミリーはつながりをどんどん強くしていったんでしょう」(前出・高島家を知る人物) 図らずも、離婚騒動で明らかになった政伸の深い信心。それは、あまりに悲しい高島家の悪夢から生まれたものだった。※女性セブン2011年8月18日号
2011.08.08 07:00
女性セブン

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