ライフ

やなせたかし氏 日本人の正義とは困った人にパン差し出すこと

アンパンマンとやなせたかし氏

 コラムニストの石原壮一郎氏は、震災直後、事務所で付けっぱなしにしていたラジオから『アンパンマンのマーチ』が流れてきたのを聞き、思わず落涙した。そして自分がレギュラーを務めているラジオ番組の企画で「被災者を元気づける曲」として、この曲を躊躇わずイチ押ししたという。なぜそれほどまでに心を揺さぶられたのか。

「震災で被災地の悲惨な状況を見て心を痛めたり、原発事故で不安を感じたり、モヤモヤとした複雑な感情が入り交じっていたと思うんです。その中でこの歌が、たとえいろいろなことがあっても人は生きて行かなくてはならないんだということを教えてくれました。漠然とした生きる事への不安に対して、それでも生きていけと励ましてくれたのです」

 人々を勇気づけるこの歌はどのように誕生したのか、どのような想いが込められているのか。自ら作詞を手がけた「アンパンマン」作者で今年92歳、漫画界の大御所やなせたかし氏に、ノンフィクション・ライターの神田憲行氏が聞いた。

 * * *
やなせ:「アンパンマン」を創作する際の僕の強い動機が、「正義とはなにか」ということです。正義とは実は簡単なことなのです。困っている人を助けること。ひもじい思いをしている人に、パンの一切れを差し出す行為を「正義」と呼ぶのです。なにも相手の国にミサイルを撃ち込んだり、国家を転覆させようと大きなことを企てる必要はありません。アメリカにはアメリカの“正義”があり、フセインにはフセインの“正義”がある。アラブにも、イスラエルにもお互いの“正義”がある。つまりこれらの“正義”は立場によって変わる。でも困っている人、飢えている人に食べ物を差し出す行為は、立場が変わっても国が違っても「正しいこと」には変わりません。絶対的な正義なのです。

やなせ氏は第二次世界大戦では砲兵として中国に駐留していた。大東亜共栄圏の美名のもと「正義の闘い」だと信じていたものが、戦後、侵略戦争だと知った。「天皇陛下万歳」と叫んでいた者たちが「民主主義」に走り去っていく姿も見た。全ての正義が相対化されていくなかで、絶対的な正義とは何か考えていって、突き当たったのが飢えに苦しんだ兵隊時代の記憶だった。そこから「自分を食べさせて人を救う」ヒーローが生まれた。

やなせ:うん。だから正義って相手を倒すことじゃないんですよ。アンパンマンもバイキンマンを殺したりしないでしょ。だってバイキンマンにはバイキンマンなりの正義を持っているかも知れないから。それに正義って、普通の人が行うものなんです。政治家みたいな偉い人や強い人だけが行うものではない。普通の人が目の前で溺れる子どもを見て思わず助けるために河に飛び込んでしまうような行為をいうのです。ただし普通の人なので、助けに行って自分が代わりに溺れ死んでしまうかも知れない。それでも助けざるを得ない。

 つまり、正義を行う人は自分が傷つくことも覚悟しなくてはいけない。今で喩えると、原発事故に防護服を着て立ち向かっている人々がいます。自分たちが被爆する恐れがあるのに、事故をなんとかしなくてはという想いで放射能が満ちた施設に向かっていく。あれをもって、「正義」というのです。怪獣を倒すスーパーヒーローではなく、怪獣との闘いで壊された街を復元しようと立ちあがる普通の人々がヒーローであり、正義なのです。

――未曾有の国難といわれています。日本は復興できるのでしょうか

やなせ:(笑みを浮かべて)出来るのに決まってるじゃないか!あの戦争だって日本は焼け野原になって、原爆をニ個も落とされて人が何十年も住めないと言われたんだよ。それがあそこまで復興できたんだから。日本人は粘り強く、正しく立派に生きている人たちです。間違いなく復興できますよ!

 やなせ氏は震災直後に1000万円を寄付し、さらにグッズの売り上げを寄付にする活動を継続中である。

「被災地の子どもたちがアンパンマンが助けに来てくれると思ってるらしいんだ。だからこうして活動していると知ると、喜んでくれるんじゃないかと思うんだ」

 取材後、私(神田)が仙台で被災した従兄弟に小さな子どもが2人いることを話の流れで言うと、やなせ氏は目を見開いて「この事務所にあるオモチャどれでもいいから持って行きなさい。送って励ましてあげなさい」と言ってくださった。秘書の方が丁寧に選んで手渡してくれた二つのオモチャを持つだけで、帰り道の私の気持ちは温かくなった。

関連記事

トピックス

新横綱・大の里(時事通信フォト))
《地元秘話》横綱昇進の“怪物”大の里は唯一無二の愛されキャラ「トイレにひとりで行けないくらい怖がり」「友達も多くてニコニコしてかわいい子だったわ」
NEWSポストセブン
ブラジルを公式訪問されている秋篠宮家の次女・佳子さま(時事通信フォト)
《スヤスヤ寝顔動画で話題の佳子さま》「メイクは引き算くらいがちょうどよいのでは…」ブラジル訪問の“まるでファッションショー”な日替わり衣装、専門家がワンポイントアドバイス【軍地彩弓のファッションNEWS】
NEWSポストセブン
ミスタープロ野球として、日本中から愛された長嶋茂雄さんが6月3日、89才で亡くなった
長島三奈さん、自身の誕生日に父・長嶋茂雄さんが死去 どんな思いで偉大すぎる父を長年サポートし続けてきたのか
女性セブン
イギリス出身のインフルエンサーであるボニー・ブルー(本人のインスタグラムより)
金髪美女インフルエンサー(26)が “性的暴力を助長する”と批判殺到の「ふれあい動物園」企画直前にアカウント停止《1000人以上の男性と関係を持つ企画で話題に》
NEWSポストセブン
逮捕された波多野佑哉容疑者(共同通信)。現場になったラブホテル
《名古屋・美人局殺人》「事件現場の“女子大エリア”は治安が悪い」金髪ロングヘアの容疑者女性(19)が被害男性(32)に密着し…事件30分前に見せていた“親密そうな様子”
NEWSポストセブン
東京・昭島市周辺地域の下水処理を行っている多摩川上流水再生センター
《ウンコは資源》排泄大国ニッポンが抱える“黄金の資源”を活用できてない問題「江戸時代の取引金額は10億円前後」「北朝鮮では売買・窃盗の対象にも」
NEWSポストセブン
マッチングアプリぼったくり。押収されたトランプやメニュー表など。2025年5月15日、東京都渋谷区(時事通信フォト)
《あまりに悪質》障害者向けマッチングアプリを悪用した組織的ぼったくりの手口、女性がターゲットをお店に誘い出し…高齢者を狙い撃ちする風俗業者も
NEWSポストセブン
ブラジル公式訪問中の佳子さま(時事通信フォト)
《佳子さまの寝顔がSNSで拡散》「本当に美しくて、まるで人形みたい」の声も 識者が解説する佳子さま“現地フィーバー”のワケ
NEWSポストセブン
“じゃないほう”だった男の挑戦はまだまだ続く
「いつか紅白で『白い雲のように』を歌いたい」元猿岩石・森脇和成が語る有吉弘行との「最近の関係性」
NEWSポストセブン
白鵬の活動を支えるスポンサー企業は多いと思われたが…
白鵬「世界相撲グランドスラム」構想でトヨタ以外の巨大スポンサー離反の危機か? “白鵬杯”スポンサー筆頭格SANKYOは「会見報道を見て知った。寝耳に水です」
週刊ポスト
6月13日、航空会社『エア・インディア』の旅客機が墜落し乗客1名を除いた241名が死亡した(時事通信フォト/Xより)
《エア・インディア墜落事故》「ボタンが反応しない」「エアコンが起動しない」…“機内映像”で捉えられていた“異変”【乗客1名除く241名死亡】
NEWSポストセブン
金スマ放送終了に伴いひとり農業生活も引退へ(常陸大宮市のX、TBS公式サイトより)
《金スマ『ひとり農業』ロケ地が耕作放棄地に…》名物ディレクター・ヘルムート氏が畑の所有者に「農地はお返しします」
NEWSポストセブン