夏山シーズン到来で富士登山人気は過熱する一方
祝・富士山世界文化遺産登録――と喜んでばかりもいられない。昨年まででさえ、30万人以上が夏山シーズンに集中して山頂付近で大渋滞が起こっていたが、今年は世界遺産効果で5月の時点で山小屋の予約はほぼ一杯になるなど富士山人気が過熱しているのだ。
その結果激増すると予想されているのが、五合目を夜に出発し、徹夜で登頂を目指す『弾丸登山』だ。弾丸登山者の増加は登山道の渋滞に拍車をかけ、事故を誘発する恐れがある。そのため、山梨、静岡両県は6月5日、観光庁に対し、危険な弾丸登山の自粛を関係機関に周知徹底するよう要望書を提出した。
「富士山は標高4000m近い高峰。高山病のリスクが大きいことを知ってほしい」――人気TV番組『世界の果てまでイッテQ!』で、イモトアヤコをキリマンジャロ、マッターホルン等、数々の名峰に導いた日本プロガイド協会会長の角谷道弘さんも、そう警鐘を鳴らす。
高山病とは、酸素が薄い高山で体内の酸素が不足したことにより出る症状。頭痛や吐き気のほか、症状が進むと脳や肺に水がたまり命の危険さえある。
「ゆっくりと高度を上げれば低酸素に体の馴化が追いつくので、急激に高度を上げないこと。また、1日で標高3500m以上に登らないというのが、高所医学の原則です。それらの点でも、弾丸登山は非常に危険なのです」(角谷さん)
角谷さんによると、他にも高山病を予防する方法はあるという。それが、口笛だ。
「ネパールのシェルパは重い荷物を背負ってヒマラヤを登るときに口笛を吹いている。楽しいからというわけではなく、じつはより多くの酸素を体に取り込む方法。口をすぼめて腹式呼吸を行うと肺に圧力がかかるため、肺の毛細血管を流れる血液に酸素が溶けやすくなるのです」(角谷さん)
さらに、こまめな水分補給も重要。体内の水分が不足すると血液の粘度が上がり、酸素の運搬が滞るからだ。高所のため空気が乾燥している富士山では、発汗だけでなく呼吸でも水分が失われるため、より多くの水分を補給しなければならないのだ。角谷さんによれば、五合目から山頂までの目安は約2リットルだという。
角谷さんは、新刊『ステップアップ山登り 富士山編』(小学館)で、富士登山で高山病とともに気をつけるべき熱中症や低体温症についても、詳しく解説している。万全な登頂対策で、富士山で遭難を起こさないこと。それが世界文化遺産をリスペクトする、もっとも大切なマナーである。