ライフ

井伊直弼警備した駕籠かきや荷物持ちはフリーランスだった

安政七年(1860)三月三日。大老井伊直弼の登城を護衛する供廻りの徒士(上士で16名、他に足軽、馬夫など軽輩の者と合わせ総勢60名)が襲撃された。水戸脱藩浪士を中心としたグループが、大老暗殺という非常手段に出たのだ。桜田門外の変である。暗殺はなぜ成功したのか。作家・井沢元彦氏が解説する。

* * *
この時代、大名行列の駕籠かきや荷物持ちをつとめる仲間は、現代風に言えばすべて「フリーランス」であった。つまり、藩に正式雇用されているのではなく、仕事があるたびに雇われて、その大名の紋のついた仲間装束を着て御用をつとめていた。

なぜ、そんな体制になっていたかといえば、言うまでもなく、その方が人件費の節約になるからだ。こういうのを「渡り仲間」という。日頃は大名屋敷の仲間部屋でバクチをやったり酒をくらったりしていた。当然彼等は侍(藩士)と違って、主君に対する忠誠心はない。

だから、ピストルが射ち込まれた時、彼等はクモの子を散らすように逃げてしまった。桜田門はすぐそこだから、井伊が重傷を負っていたとはいえ、彼等が逃げずに駕籠をかついだまま門内へ逃げ込んだら、城内には番士もいるし医者もいる。何とかなったかもしれない。

しかし、駕籠はその場に置き去りにされる形となった。ピストルが射たれたのを合図に同志が一斉に斬り込んだ。ここで井伊にとっての、さらなる不幸、襲撃側の幸運が起こった。

フリーランスの仲間が逃げたのは仕方ないが、代々禄をもらっている藩士のうち七人がそのまま何の抵抗もせずに逃げたのである。この七人は後に士道不覚悟のゆえをもって、切腹ではなく斬罪に処せられている。

もっとも、彼等にも言い分はあっただろう。屋敷が目と鼻の先なのだから、応援を求めに行ったということも充分に有り得る。それは駕籠脇に残った者の命令だったかもしれない。しかし、それを確かめる術はなかった。

駕籠脇に残った者はすべて闘死したからだ。

※週刊ポスト2011年12月23日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

エンゼルス時代、チームメートとのコミュニケーションのためポーカーに参加していたことも(写真/AFP=時事)
《水原一平容疑者「違法賭博の入り口」だったのか》大谷翔平も参加していたエンゼルス“ベンチ裏ポーカー”の実態 「大谷はビギナーズラックで勝っていた」
週刊ポスト
中条きよし氏、トラブルの真相は?(時事通信フォト)
【スクープ全文公開】中条きよし参院議員が“闇金顔負け”の年利60%の高利貸し、出資法違反の重大疑惑 直撃には「貸しましたよ。もちろん」
週刊ポスト
昨秋からはオーストラリアを拠点に練習を重ねてきた池江璃花子(時事通信フォト)
【パリ五輪でのメダル獲得に向けて】池江璃花子、オーストラリア生活を支える相方は元“長友佑都の専属シェフ”
週刊ポスト
大の里
新三役・大の里を待つ試練 元・嘉風の中村親方独立で懸念される「監視の目がなくなる問題」
NEWSポストセブン
店を出て並んで歩く小林(右)と小梅
【支払いは割り勘】小林薫、22才年下妻との仲良しディナー姿 「多く払った方が、家事休みね~」家事と育児は分担
女性セブン
テレビや新聞など、さまざまなメディアが結婚相手・真美子さんに関する特集を行っている
《水原一平ショックを乗り越え》大谷翔平を支える妻・真美子さんのモテすぎ秘話 同級生たちは「寮内の食堂でも熱視線を浴びていた」と証言 人気沸騰にもどかしさも
NEWSポストセブン
「特定抗争指定暴力団」に指定する標章を、山口組総本部に貼る兵庫県警の捜査員。2020年1月(時事通信フォト)
《山口組新報にみる最新ヤクザ事情》「川柳」にみる取り締まり強化への嘆き 政治をネタに「政治家の 使用者責任 何処へと」
NEWSポストセブン
乱戦の東京15区補選を制した酒井菜摘候補(撮影:小川裕夫)
東京15区で注目を浴びた選挙「妨害」 果たして、公職選挙法改正で取り締まるべきなのか
NEWSポストセブン
愛子さま
【愛子さま、日赤に就職】想定を大幅に上回る熱心な仕事ぶり ほぼフルタイム出勤で皇室活動と“ダブルワーク”状態
女性セブン
行きつけだった渋谷のクラブと若山容疑者
《那須2遺体》「まっすぐ育ってね」岡田准一からエールも「ハジけた客が多い」渋谷のクラブに首筋タトゥーで出没 元子役俳優が報酬欲しさに死体損壊の転落人生
NEWSポストセブン
成田きんさんの息子・幸男さん
【きんさん・ぎんさん】成田きんさんの息子・幸男さんは93歳 長寿の秘訣は「洒落っ気、色っ気、食いっ気です」
週刊ポスト
「週刊ポスト」本日発売! 岸田自民「補助金バラ撒きリスト」入手ほか
「週刊ポスト」本日発売! 岸田自民「補助金バラ撒きリスト」入手ほか
NEWSポストセブン