ライフ

硫黄島からの帰還兵 戻ってみると町葬が済み墓ができていた

ノンフィクション作家・門田隆将氏が100人を超す元兵士に取材した戦争ノンフィクションの決定版三部作『太平洋戦争最後の証言 第二部 陸軍玉砕編』(12月発売)。硫黄島戦にまつわる帰還兵の声を基に、門田氏がレポートする。(文中敬称略)

* * *
小笠原諸島の南端にある硫黄島に、日本軍は陸海あわせて二万一千人の守備隊を配し、米軍は、六万一千人という大兵力を投じた。

「各自敵十人ヲ殪サザレバ死ストモ死セズ」

すべての将兵に伝えられた硫黄島の総指揮官、小笠原兵団長の栗林忠道中将のこの言葉に代表される徹底的な抵抗戦術と兵たちの気迫によって硫黄島では凄まじい攻防が繰り広げられた。

その硫黄島に唯一、聯隊旗を奉じて乗り込んだのが、鹿児島に本拠を置く歩兵第百四十五聯隊である。

硫黄島で最も激しい戦闘を繰り広げた百四十五聯隊の数少ない生還者が、向江松雄(九四)である。

向江が一年八か月に及ぶ捕虜生活を経て、三年二か月ぶりに故郷・鹿児島の地を踏んだのは、昭和二十二年一月六日のことだった。

すでに向江の葬儀は終わっていた。今年八十七歳を迎えた向江の妻・初枝はその時のことをこう語る。

「何か月か前に地元の出征兵士たちの町葬があって、私も参列し、白木の箱ば抱いて、歩いて帰って来ました。箱を開けてみましたら、木の位牌だけが入ってました。位牌には名前が書いてありました。それから何か月か経って、そろそろお墓を建てんな、て話して、お墓もやっとできたところでした。そうしたら、主人が帰ってきたんです」

生きて帰ってきた夫の姿を見た時、初江は身体が震えたことを覚えている。

「もう、ほんと、ありがたいて、がたがた震えました。涙も出ませんでした。本当だろうかと思うてね……」

向江松雄はこう語る。

「いま振り返ると、なんであんなに硫黄島で頑張れたかなあと思うよ。母ちゃん(初江)のことを思うとなあ。年寄りも抱えて大変じゃろうと。どうにか生きて帰らんと、っち。みんな死んでったが、その思いはずっとあったねえ。帰ってから、わしは戦友の墓参りに廻ったよ。生きて帰ったわしを陰で“国賊や”と言う人もいたそうです。

わしは、戦争のことは、ほとんど語らんかった。聞かれて話すようになったのは、ほんの最近のことよ。日本がこんな経済でも大国になったのは、硫黄島であんなに沢山の戦死した人がおったお陰やぞっど。二度とこげな戦争したらいかんどって、いまわしは話しとる」

向江松雄、初江夫妻はその後、四人の子どもに恵まれ、それぞれ九十四歳、八十七歳となった今も、出征していった同じ家に住んでいる。激動の戦後を、農業と林業で生計を立てて静かに暮らしてきたのである。

鹿児島歩兵第百四十五聯隊は、総員二千七百二十七人で硫黄島に上陸し、生還者はわずか百六十二人。生き残ったのは、「二十人に一人」だったことになる。

硫黄島での日本軍の死傷者は二万九百人、米軍は二万八千六百人に及び、太平洋戦争の島嶼戦で死傷者数が唯一、アメリカが日本を上まわった戦いとなった。

※週刊ポスト2012年1月1・6日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

夜の街にも”台湾有事発言”の煽りが...?(時事通信フォト)
《“訪日控え”で夜の街も大ピンチ?》上野の高級チャイナパブに波及する高市発言の影響「ボトルは『山崎』、20万〜30万円の会計はざら」「お金持ち中国人は余裕があって安心」
NEWSポストセブン
東京デフリンピックの水泳競技を観戦された天皇皇后両陛下と長女・愛子さま(2025年11月25日、撮影/JMPA)
《手話で応援も》天皇ご一家の観戦コーデ 雅子さまはワインレッド、愛子さまはペールピンク 定番カラーでも統一感がある理由
NEWSポストセブン
大谷と真美子さんを支える「絶対的味方」の存在とは
《ドッグフードビジネスを展開していた》大谷翔平のファミリー財団に“協力するはずだった人物”…真美子さんとも仲良く観戦の過去、現在は“動向がわからない”
NEWSポストセブン
山上徹也被告(共同通信社)
「金の無心をする時にのみ連絡」「断ると腕にしがみついて…」山上徹也被告の妹が証言した“母へのリアルな感情”と“家庭への絶望”【安倍元首相銃撃事件・公判】
NEWSポストセブン
被害者の女性と”関係のもつれ”があったのか...
《赤坂ライブハウス殺人未遂》「長男としてのプレッシャーもあったのかも」陸上自衛官・大津陽一郎容疑者の “恵まれた生育環境”、不倫が信じられない「家族仲のよさ」
NEWSポストセブン
悠仁さま(2025年11月日、写真/JMPA)
《初めての離島でのご公務》悠仁さま、デフリンピック観戦で紀子さまと伊豆大島へ 「大丈夫!勝つ!」とオリエンテーリングの選手を手話で応援 
女性セブン
11月24日0時半ごろ、東京都足立区梅島の国道でひき逃げ事故が発生した(読者提供)
《足立暴走男の母親が涙の謝罪》「医師から運転を止められていた」母が語った“事件の背景\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\"とは
NEWSポストセブン
大谷翔平が次のWBC出場へ 真美子さんの帰国は実現するのか(左・時事通信フォト)
《大谷翔平選手交えたLINEグループでやりとりも》真美子さん、産後対面できていないラガーマン兄は九州に…日本帰国のタイミングは
NEWSポストセブン
高市早苗首相(時事通信フォト)
《日中外交で露呈》安倍元首相にあって高市首相になかったもの…親中派不在で盛り上がる自民党内「支持率はもっと上がる」
NEWSポストセブン
11月24日0時半ごろ、東京都足立区梅島の国道でひき逃げ事故が発生した(現場写真/読者提供)
【“分厚い黒ジャケット男” の映像入手】「AED持ってきて!」2人死亡・足立暴走男が犯行直前に見せた“奇妙な”行動
NEWSポストセブン
高市早苗首相の「台湾有事」発言以降、日中関係の悪化が止まらない(時事通信フォト)
「現地の中国人たちは冷めて見ている人がほとんど」日中関係に緊張高まるも…日本人駐在員が明かしたリアルな反応
NEWSポストセブン
10月22日、殺人未遂の疑いで東京都練馬区の国家公務員・大津陽一郎容疑者(43)が逮捕された(時事通信フォト/共同通信)
《赤坂ライブハウス刺傷》「2~3日帰らないときもあったみたいだけど…」家族思いの妻子もち自衛官がなぜ”待ち伏せ犯行”…、親族が語る容疑者の人物像とは
NEWSポストセブン