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2012.01.17 07:00  週刊ポスト

杉原輝雄氏 妻に「すまんかったな」と言い残し息を引き取る

享年74歳。死の瞬間まで現役にこだわった「ゴルフ界のドン」杉原輝雄氏が昨年12月23日に亡くなった。「マムシ」との異名を持ち、周りにも自分にも人一倍厳しく接した彼。その晩年の様子を、ジャーナリスト・鵜飼克郎氏がレポートする。(文中敬称略)

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晩年は弱気になる一面も見せるようになった。口癖の「しゃーないがな」が、「もう死んだ方がマシや」に変わった。(長男の)敏一に「あの時(手術でガンを)取った方がよかったかな」と漏らすこともあったという。

「がんが全身に転移した頃には、オヤジから少し頑固さが消えていました。それまでは親子というより、家の中でも師弟関係の延長だった。以前はオヤジに治療の話をすると“そんな暇があったらボールを打ってこい”と怒られていたのが、僕の話にも耳を傾けてくれるようになった。闘病生活の末期は僕が水を飲ませたり、車椅子を押したりして、師匠からお父さんに戻った感じでした」

看病を通じて師弟から親子の関係に戻ることができたと敏一はいう。晩年、杉原はこう話していた。

「がんに冒された僕がいうから説得力があると思うが、がんは早期発見、早期治療が大事。僕はプロゴルファーという特殊事情があり、家族に迷惑をかけてしまった。がん治療についてはすべて自分の判断で決めてきたことやから後悔はしていません。ただ、反省はせなアカンと思うてます。心配してくれる家族がいる以上、少しでも長生きする手段を選ばないといけない。それは痛感しています。

僕のがんについて家内がなんやかんやいうことはない。ホンマは心配しとるかもしれんけど、それを口に出さんでおってくれるのは、やっぱりありがたいね。命よりゴルフを選んだ僕に、文句もたくさんあるやろうにな」

「死ぬときは苦しみたくない」生前の言葉通り、杉原は眠るように旅立っていったという。

「前日まで変化はなかったんです。28日の朝、食事の世話もしていないのに“すまんかったな”と言葉をかけてきた。おかしなことをいうなと思いましたが、布団を掛けたら眠るように息を引き取りました」(玲子夫人)

ゴルフウェアで旅立った杉原だが、最期はプロゴルファーではなく夫、そして父親の顔だった。家族への「少しの反省」を伝えて、ドン・杉原は14年の長き闘いに決着をつけた。

※週刊ポスト2012年1月27日号

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