茹でたての毛がにや枝豆など、常連客が持ち寄った手料理が並ぶ
そんな話を聞いて、家族のような笑顔で喜んでくれる常連客たちが囲んでいる、ラワンの1枚板でできたカウンター。昭和50年代に店を改装したときに大工さんが、ねえさんのためにと無償で拵えてくれたものだという。
おつまみは乾き物やお菓子類しかないはずが、そのカウンターに今日は野菜やイカの煮物、から揚げなどが賑やかに並んでいる。
「お客さんたちがね、海で釣った魚とか庭の畑で採れた野菜を料理して持ってきてくれたんですよ。私もご馳走になっちゃいます」
そこへ遅れてきたひとりの常連客。「あれ、なんだい。喜ばせてやろうと思って持ってきたら、うまそうなのがいっぱい揃ってるじゃないのさ。まあいいや、おれも出しちゃお」と、茹でたての毛がに2杯をみんなの前へ。
「今日、焼酎ハイボールを飲んでるんだけどさ。これでよけいにおいしく飲めちゃうなあ。口当たりが甘くないところが、カニとけっこう合うんだよな」と、場はさらに盛り上がりをみせる。
ところでこの『山本酒店』。店を閉める時間は、いつも夜の8時55分と決まっている。なんとも不思議な刻限だ。
「お仕事は何をなさってるのかわからないんですけど、60代後半の男性が毎晩8時48分に来て、1杯だけ飲んで帰られるの。この人が最後のお客さんと決めていて、閉めるとちょうどその時間になるんですよ」
精算はその都度済んでいるはずなのに、黙って帰る人はまずいない。「ねえさん、それじゃ帰るから顔見して」「それじゃ、おばちゃん、また明日ね」。それほどに慕われているわけだし、やめたら行くとこなくなってこまるからやめないでなと言う人が多いのは、当然のことだろう。
「息子が3人いるけれど、店には興味ないみたいなんです。私もこの年だし、お客さんの多くも一緒に年を取ってますからねえ。でも、私が元気なうちは、まだまだがんばりますよ」