ライフ

大沢在昌氏「読者以前に私が飽きる」と最新作で新境地に挑戦

【著者に訊け】大沢在昌氏/『冬芽の人』/新潮社/1890円

 雪に閉ざされ、色を失くした北国の冬。その静謐をやぶるように、木々に降り積もった雪が落ちる様子を「垂(しず)り」というそうだ。

「ヒロインの名前を考えている時に辞書で見つけたんだけど、綺麗だなあと思ってね。同じように凍てつく冬をじっと耐え、春を待つ芽を冬芽といい、心を固く閉ざした女の喪失と再生の物語にはぴったりだった」

 大沢在昌著『冬芽の人』は、自分の身がわりになった同僚の死に責任を感じ、刑事を辞めた〈牧しずり〉の心の雪解けを描く氏渾身の意欲作だ。それは6年前、練馬で起きた強盗殺人事件に関して、警視庁捜査一課の先輩刑事〈前田光介〉と聞き込みに行った時のこと。

 突然部屋を飛び出した男がしずりに襲いかかり、前田と揉み合いになったのだ。逃げた男は環七を横断中にトラックにはねられ死亡。DNA鑑定の結果、その男〈村内〉こそ練馬の犯人と判明したが、頭を強打した前田は意識を取り戻すことなく、2年後に亡くなった。

 以来過去を封じて生きる彼女をある出会いが変えた。前田の遺児〈仲本岬人〉である。気後れするほど若く健康的な彼の一途さに心は揺れ、モノクロームの世界に生きる元女刑事の毎日は再び色づき始める。大沢は同作についてこのように語る。

「私自身、ここまで後ろ向きなヒロインを書いたのは初めてじゃないかな。なぜそういう女性を書いたかと言えば理由は簡単で、書いたことがないからです。私は常に新しいことをやりたくて、『新宿鮫』のような20年続くシリーズ物であっても常に現実の一歩先をゆく犯罪シーンを盛り込みたい。

 そうでなければ読者以前に私が飽きるし、大沢在昌はこういう作家だと“自分で自分を規定してしまうつまらなさ”を、しずりにも克服させたかったのかもしれないね」

〈望まない贈りもの、それは自分の命だ。そしてもう決して返すことができない〉

 自分に好意を寄せる男が救ってくれた命を、彼女はありがたく思うことが出来ない女だった。夫との関係を疑う前田の妻こそ葬儀で憎しみを口にしたが、職場では誰も彼女を責めず、それが苦しくて警察も辞めた。

 前職を隠して入った会社で目立たぬよう働き、その堅実な仕事ぶりには女子社員から人気の上司〈中崎〉も一目置く。が、〈怒りも悲しみもない、一本の線として生きよう〉と、36歳にして思い決めた彼女の心を何物も溶かすことはなかった。

「特に彼女みたいな事情はなくとも、所詮自分は今いる場所でハミ出さずに生きるしかないと、自分の能力や居場所を決めてしまう人は多い。その殻をつき破るには何かしら“外的要因”が必要で、それがしずりの場合は岬人の出現だった」

 前田の命日、しずりは彼の前妻の息子だという若者に墓前で声をかけられた。〈整った富士額、色白で通った鼻すじ、かすかに赤らんだ頬〉〈若者らしい、ぬくもりのある体臭を感じた。不快な匂いではなかった〉

(構成/橋本紀子)

※週刊ポスト2013年3月15日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

茨城県水戸市のアパートでネイリストの小松本遥さん(31)が殺害された
《水戸市・31歳ネイリスト女性死亡》「『誰かのために働きたい』と…」「足が早くて活発な子」犯人逃走から6日間、地元に広がる悲しみの声
NEWSポストセブン
浅田真央と村上佳菜子の“断絶関係”に変化
《声をかけて寄り添って》浅田真央と村上佳菜子の“断絶関係”に変化 沈黙から一転、見られていた「雪解けの予兆」
NEWSポストセブン
新宿の焼肉店で撮影された動画が物議(左は店舗のInstagramより、右は動画撮影者より提供)
《テーブルの上にふっくらとしたネズミが…》新宿・焼肉店での動画が拡散で物議、運営会社は「直後に殺処分と謝罪」「ねずみは薬剤の影響で弱って落下してきたものと推察」
NEWSポストセブン
新年一般参賀に出席された秋篠宮家次女・佳子さま(2026年1月2日、撮影/黒石あみ)
《新年一般参賀で見せた“ハート”》佳子さま、“お気に入り”のエメラルドグリーンドレスをお召しに 刺繍とハートシェイプドネックがエレガントさをプラス
NEWSポストセブン
元仙台高裁判事の岡口基一氏
「裁判所当局が嫌がった核心は白ブリーフだった」 弾劾裁判で法曹資格を失った岡口基一氏が振り返る「岡口裁判の急所」とは 裁判所と司法記者クラブの問題点も指摘
NEWSポストセブン
新年一般参賀に出席された皇后雅子さま(2026年1月2日、撮影/黒石あみ)
《新年一般参賀の“ブルーリンク”コーデ》皇后雅子さまはスタンドカラーでフォーマルに、愛子さまはマオカラー風で親しみやすさを演出
NEWSポストセブン
ネイリストの小松本遥さん(31)が殺害された水戸市のアパート
「赤ちゃんをかばおうとしたのか…」「複数の凶器で犯行」水戸市で死亡のネイリスト女性(31)がかつて警察に相談していた“人間関係トラブル” 
NEWSポストセブン
1995年、チャリティーゴルフ前夜祭に参加した“ジャンボ”こと尾崎将司さん(左)と長嶋茂雄さん
【追悼・ジャンボとミスターの物語】尾崎将司さんと長嶋茂雄さん、昭和のスポーツ史に名を刻んだレジェンド2人の重なる足跡 ライバルと切磋琢磨し、後進の育成に取り組んだ
週刊ポスト
松田烈被告
「スマホから『映してください』と指示の声が…」ネットで“性的暴行してくれる人を募集”した松田烈被告(28)、被害女性が語った“外道すぎる犯行”
NEWSポストセブン
真美子さん(共同通信)が使用していたブランドとは
《ハワイ・ファミリーデートで真美子さんが持っていたプチプラバッグ》「同年代インフルエンサーのアスレジャーブランド」か?と話題に 実用性の高いトートバッグ、大谷は「娘のベビーカー担当」
NEWSポストセブン
郭広猛博士
【MEGA地震予測・異常変動全国MAP】「奥羽山脈周辺に“異常変動”が集中」「千葉県が大きく沈降」…2026年初めに警戒すべき5つの地域
週刊ポスト
ジャーナリストの溝口敦氏(左)とフリーライターの鈴木智彦氏
《溝口敦氏×鈴木智彦氏が対談》山口組抗争終結後の暴力団 勝ったはずの六代目山口組含めて勢力は縮小、トクリュウのほうが経済規模も大きく勢いがある現状
週刊ポスト