「お客さんには、乾き物と缶詰で飲んでもらっています」


 店には、JR京浜東北線大井町駅東口からほんの2~3分歩けば着いてしまう。実はそこまでの間に昔ながらの横丁や小路が続き、立ち飲みのできる店が数軒ある。それらはすべて立ち飲み形式の居酒屋であって、角打ち店ではないのだが、酒をこよなく愛する武蔵屋の常連たちは、そんな店のはしごも楽しんでいるらしい。

 はしごの途中で出会った彼らがその店を出るときに、最近よく使っているんだという符丁を、これから東急大井町線で家に帰ろうとしていた客が、どや顔でこっそり教えてくれた。それが「スカイツリーにいるよ」だ。

 屋号の武蔵を数字化すれば634。世界一の東京スカイツリーの高さもその語呂合わせで決まったというが、それをそっくりいただいて、「先に武蔵屋に行ってますよ」と、残っているお仲間に伝えているというわけだ。

 ところで、ここまで顔を見せてくれないご主人だが…。

「主人は、店を新しくした半年後に病気で突然逝ってしまったんですよ。壁にたくさん貼ってある日本地図は、主人と車で全国を旅した思い出なんです。息子が配達担当で助けてくれてますが、店の方はわたしひとりですからね。つまみを温めたり焼いたりというところまで手が回らなくて。お客さんには、乾き物と缶詰で飲んでもらっています」

 でもそんな心配は取り越し苦労のようだ。「なんといってもわれわれの巣穴ですからねえ。こんな雰囲気の中で、うまい酒を安く楽しく飲めればそれでいい。女将の笑顔もあるし、ぼくらは幸せだよ」と、元気いっぱいの40代サラリーマンが、まとめてくれた。

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