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横尾忠則氏 自身の美術館に51の案出すも完全実現までは15年

アトリエで執筆中の横尾忠則氏(76)

「これ、早送り?」。横尾忠則現代美術館(神戸市)での絵画の公開制作の映像を見ながら、横尾忠則さんが傍らの学芸員に真顔で問いかける。描いた本人がそう勘違いするぐらい、筆の動きはおそろしく速い。

「描いているうちに手が熱をもってくるので、時々トイレで水をかけながら描くんです」

 昨年十二月の公開制作では五日で三点の大作を仕上げた。ふつうでは考えられないスピードだ。といっても横尾さんの絵はすべてが「未完」とされているので、厳密には「仕上げた」とは言えないのだが。

「ぼくは飽きっぽいからね。お腹がすいたとか日が暮れたとか、描くのをやめる理由はいろいろありますよ。飽きるころには次にやることが見えていて、早くそちらに行きたくなる。だからぜんぶが未完成なんです」

 同館で開催中の「ワード・イン・アート」で展示されている絵のなかに、制作年が「1966-2010」となっているものがある。初期の絵に、四十四年ぶりに文字を描いた。ほんとうは美術館に寄贈した作品にも手を加えたいのだが、「先生、それは困ります」と学芸員が必死に止めている。

 七十六歳。昨年、自分の美術館ができたとき、「死者になった気分」とスピーチして笑わせた。生前に個人の美術館ができるのは珍しいし、美術館は芸術家の「墓」にたとえられることもあるが、初の作品集のタイトルが『横尾忠則遺作集』で、つねに死のイメージを作品に取り入れてきた横尾さんの場合は意味が逆転してしまう。いつまでも若々しいこの死者は、棺から身を起こしてあれこれ指図を出し、おとなしく眠ってなどいない。

 美術館が開館するとき、横尾さんは五十一のアイデアを出した。ぜんぶ実現するには十五年かかるという。開館後も、次々にわき出るアイデアを思いつくまま学芸員に伝えているが、伝えたことを本人が忘れたり、アイデアが別の形に変わることもある。

 オープニングの展覧会「反反復復反復」で、横尾さんは美術館の白い壁に黒マジックで直接、年代を書き入れた。特徴のある手書き文字は次の「ワード・イン・アート」展でも残され、掛け替えられた絵の横でちぐはぐな年を示して観客を混乱させる。「ワード・イン・アート」が終われば壁は黒く塗る予定で、公共の美術館では珍しい柔軟性がここでは求められている。

【プロフィール】
●よこお・ただのり:1936年兵庫県生まれ。グラフィックデザイナーとして新聞社に勤務後、独立。画家として国内外で活躍する一方、小説『ぶるうらんど』では泉鏡花文学賞受賞、現在朝日新聞で書評委員も務める。昨年11月横尾忠則現代美術館(神戸)が開館、現在、横尾忠則展「ワード・イン・アート」を開催中(~6月30日)。

文■佐久間文子 撮影■二石友希

※週刊ポスト2013年4月5日号

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