ライフ

中山七里の新作 家族の物語を描く『切り裂きジャックの告白』

【書評】『切り裂きジャックの告白』中山七里/角川書店/1680円

【評者】内山はるか(SHIBUYA TSUTAYA)

 中山七里さんは、1961年生まれ。穏やかそうな風貌からは想像できない、グロテスクな殺人事件を描く作家だ。最近、中山さんが、まだ作家デビュー4年目なのだ! と再認識し、驚いた。世に作品を次々と送り出し、今作で12冊目。作品のクオリティーは下がることなく、上がっている。中山さんの頭の中にはストーリーがまだまだたくさん詰まっているというから、今後もさらに楽しみだ。

 事件は、東京の下町・木場公園、大胆にも警察署の目と鼻の先で、臓器をごっそり摘出された女性の遺体が発見されることから起こる。犯行現場も同所らしい。猟奇的犯行に混乱し、行き詰まる捜査本部。そんな折、テレビ局に犯人からの声明文が送られてくる。犯人は「ジャック」と名乗っている。

 その名が19世紀ロンドンに出没した“切り裂きジャック”を彷彿させるのが憎々しい。漏れ出す情報の波は簡単には止められず、警察が対マスコミに追われる中、さらに第2、第3の連続殺人事件が起きる。犯人の目的は一体? そうした中、被害者たち全員が同じドナーから臓器提供されていたという事実がわかる…。

 巷でも臓器移植をめぐる議論が白熱しているが、移植の論理と当事者の意見とのギャップの大きさを痛感することもある。もし自分ならば、どうするだろう? 家族がドナーになるとしたら? 脳死は人の死と認めていいのか?

「どこかの誰かの中であの人は生きている」と考えることはできるだろうか? 移植をして生きたいか? 生を延長させたいか? 読み進むごとにあれこれ考えさせられる。移植による拒絶反応の可能性もあるだろう。命をもらったというプレッシャーのような気持ちも生まれるかもしれない。本作は、当事者たちの精神状態がリアルに描かれていて、心を揺さぶられる。

 医療の発展に伴う倫理問題や社会的問題を投げかける、社会派ミステリーだ。それにしても、最後まで翻弄されっぱなしだった。事件の謎が解けたときは、何とも切ない気持ちにさせられた。凄惨な事件のラストとは思えないほど美しいものになっている。

 数々の中山作品を読まれてきているかたは、リンクする登場人物を楽しみにしている人も多い。広がる中山ワールドをぜひ楽しんでみてほしい。

※女性セブン2013年7月18日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

インタビュー中にアクシデントが発生した大谷翔平(写真/Getty Images)
《大谷翔平の上半身裸動画騒動》ロッカールームでのインタビューに映り込みリポーター大慌て 徹底して「服を脱がない」ブランディングへの強いこだわり 
女性セブン
映画『八日目の蝉』(2011)にて、新人俳優賞を受賞した渡邉このみさん
《ランドセルに画びょうが…》天才子役と呼ばれた渡邊このみ(18)が苦悩した“現実”と“非現実”の境界線 「サンタさんを信じている年齢なのに」
NEWSポストセブン
アーティスト活動を本格的にスタートした萌名さん
「二度とやらないと思っていた」河北彩伽が語った“引退の真相”と復帰後に見つけた“本当に成し遂げたい夢”
NEWSポストセブン
放送作家でコラムニストの山田美保子さんが、小泉家について綴ります
《華麗なる小泉家》弟・進次郎氏はコメ劇場でワイドショーの主役、兄・孝太郎はテレビに出ずっぱり やっぱり「数字を持っている」プラチナファミリー
女性セブン
調子が上向く渋野日向子(時事通信フォト)
《渋野日向子が全米女子7位の快挙》悔し涙に見えた“完全復活への兆し” シブコは「メジャーだけ強い」のではなく「メジャーを獲ることに集中している」
週刊ポスト
1966年はビートルズの初来日、ウルトラマンの放送開始などが話題を呼んだ(時事通信フォト)
《2026年に“令和の丙午”来たる》「義母から『これだから“丙午生まれの女”は』と…」迷信に翻弄された“昭和の丙午生まれ”女性のリアルな60年
NEWSポストセブン
6月2日、新たに殺人と殺人未遂容疑がかけられた八田與一容疑者(28)
《別府ひき逃げ》重要指名手配犯・八田與一容疑者の親族が“沈黙の10秒間”の後に語ったこと…死亡した大学生の親は「私たちの戦いは終わりません」とコメント
NEWSポストセブン
ブラジルを公式訪問される佳子さま(2025年6月4日、撮影/JMPA)
《ブラジルへ公式訪問》佳子さま、ギリシャ訪問でもお召しになったコーラルピンクのスーツで出発 “お気に入り”はすっきり見せるフェミニンな一着
NEWSポストセブン
渡邊渚さんが性暴力問題について思いの丈を綴った(撮影/西條彰仁)
《渡邊渚さん独占手記》性暴力問題について思いの丈を綴る「被害者は永遠に救われることのない地獄を彷徨い続ける」
週刊ポスト
 6月3日に亡くなった「ミスタープロ野球」こと長嶋茂雄さん(時事通信フォト)
【追悼・長嶋茂雄さん】交際40日で婚約の“超スピード婚”も「ミスターらしい」 多くの国民が支持した「日本人が憧れる家族像」としての長嶋家 
女性セブン
母・佳代さんと小室圭さん
《眞子さん出産》“一卵性母子”と呼ばれた小室圭さんの母・佳代さんが「初孫を抱く日」 知人は「ふたりは一定の距離を保って接している」
NEWSポストセブン
PTSDについて大学で講義も行っている渡邊渚さん(本人提供)
渡邊渚さんが憤る“性暴力”問題「加害者は呼吸をするように嘘をつき、都合のいい解釈を繰り広げる」 性暴力と恋愛の区別すらできない加害者や擁護者への失望【独占手記】
週刊ポスト