ライフ

作家辻村深月氏 直木賞受賞を機に執筆中の原稿100枚捨てた

「空の色も海の色も、光の色さえも、すべてこれまでに私が見てきたものとは違って見えました。それが、瀬戸内海の島を訪れたときに、まず強く感じたことです」

 と話すのは、『島はぼくらと』(講談社)を上梓した辻村深月さん(33才)。本作は、直木賞受賞後第一作。著者が舞台に選んだのは、瀬戸内海に浮かぶ架空の島『冴島』だった。

 朱里、衣花、新、源樹の高校生4人と、島で生きる人々の姿を描いた、爽やかで温かい物語だ。

 実際に著者が瀬戸内海を訪れたのは3年前、『瀬戸内国際芸術祭』を観覧するためだった。

「山梨県出身の私にとって、田舎というのは、まわりが山に囲まれた風景そのものでした。それが、瀬戸内海を訪れたときに、海に囲まれた全く別の田舎の姿を目の当たりにすることができたんです。自分の経験の中にはない景色に、圧倒されました。その時はプライベートで訪れたので、小説に描くつもりはありませんでしたが」(辻村さん・以下「」内同)

 その後、書き下ろしの長編を執筆することが決まった。

「“田舎を肯定する”ことに挑戦してみたいと思ったんです。私はこれまで、地方を舞台にした小説で、田舎の閉塞感や息苦しさを、否定の積み重ねによって描いてきました。そんな自分だからこそ書ける“肯定”があるんじゃないかって。そのときにふと、あの圧倒的なインパクトを感じた島の風景のもとでなら、田舎を肯定することができるのではと思い立ちました」

 豊かな大自然に囲まれて、のびやかに暮らす人々・田舎を舞台にした物語と聞いて読者が抱くのどかなイメージとは裏腹に、冴島は、地方が持つ明るさも暗さもしっかりと兼ね備えている。

「現実の世界でも、地方や島はのどかなだけではありません。過疎化が進んでいる、医師がいない、交通の便が悪いなど、それぞれ異なった問題を抱えています。そういったいろんな地方の現状を取材し、組み合わせて作り上げたのが『冴島』です。田舎や地方について、問題提起をしたかったわけではありません。だからといって、ただ賛美することもしたくはなかった。良いところも悪いところも、全部描き出した上で何が見えるのか知りたかった」

 著者は直木賞受賞作『鍵のない夢を見る』(文藝春秋)で、ありふれた5人の女性たちがふとしたきっかけで道を踏み外してしまう姿を描いた。本作も、執筆当初は、やはり大人の女性やIターンの青年を、物語の中心に据えようと考えていた。

「いざ書き始めてみると、なかなか思うように筆が進みませんでした」

 執筆を開始した直後に、直木賞を受賞した。この受賞をきっかけに、著者は物語の舵を大きく切ることになる。

「選考委員のかたから、“地方に住む女性の息苦しさがよく書けている”という言葉をいただいたんです。それを聞いて、このまま大人の女性たちを主人公にしていても、これまでの作品と同じ結論にしか辿り着けないような気がしました。そこで、今、自分が読者のかたに届けたいものはなんだろうとあらためて考えたんです。思い切って、高校生を主人公にしようと決めました」

 それまでに書き進めていた原稿用紙100枚程度をすべて捨てる決意をする。

「大きな決断でしたが、そこからはむしろとてもスムーズで、半年くらいで書き上げました。高校生という視点から見た方が、当初から伝えたかった、島で生きる大人たちの強さを、よりはっきりと描けたと感じています」

※女性セブン2013年8月1日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

全米の注目を集めたドジャース・山本由伸と、愛犬のカルロス(左/時事通信フォト、右/Instagramより)
《ハイブラ好きとのギャップ》山本由伸の母・由美さん思いな素顔…愛犬・カルロスを「シェルターで一緒に購入」 大阪時代は2人で庶民派焼肉へ…「イライラしている姿を見たことがない “純粋”な人柄とは
NEWSポストセブン
各地でクマの被害が相次いでいる
JR東日本はクマとの衝突で71件の輸送障害 保線作業員はクマ撃退スプレーを携行、出没状況を踏まえて忌避剤を散布 貨物列車と衝突すれば首都圏の生活に大きな影響出るか
NEWSポストセブン
真美子さんの帰国予定は(時事通信フォト)
《年末か来春か…大谷翔平の帰国タイミング予測》真美子さんを日本で待つ「大切な存在」、WBCで久々の帰省の可能性も 
NEWSポストセブン
(写真/イメージマート)
《全国で被害多発》クマ騒動とコロナ騒動の共通点 “新しい恐怖”にどう立ち向かえばいいのか【石原壮一郎氏が解説】
NEWSポストセブン
シェントーン寺院を訪問された天皇皇后両陛下の長女・愛子さま(2025年11月21日、撮影/横田紋子)
《ラオスご訪問で“お似合い”と絶賛の声》「すてきで何回もみちゃう」愛子さま、メンズライクなパンツスーツから一転 “定番色”ピンクの民族衣装をお召しに
NEWSポストセブン
ことし“冬眠しないクマ”は増えるのか? 熊研究の権威・坪田敏男教授が語る“リアルなクマ分析”「エサが足りずイライラ状態になっている」
ことし“冬眠しないクマ”は増えるのか? 熊研究の権威・坪田敏男教授が語る“リアルなクマ分析”「エサが足りずイライラ状態になっている」
NEWSポストセブン
“ポケットイン”で話題になった劉勁松アジア局長(時事通信フォト)
“両手ポケットイン”中国外交官が「ニコニコ笑顔」で「握手のため自ら手を差し伸べた」“意外な相手”とは【日中局長会議の動画がアジアで波紋】
NEWSポストセブン
11月10日、金屏風の前で婚約会見を行った歌舞伎俳優の中村橋之助と元乃木坂46で女優の能條愛未
《中村橋之助&能條愛未が歌舞伎界で12年9か月ぶりの金屏風会見》三田寛子、藤原紀香、前田愛…一家を支える完璧で最強な“梨園の妻”たち
女性セブン
土曜プレミアムで放送される映画『テルマエ・ロマエ』
《一連の騒動の影響は?》フジテレビ特番枠『土曜プレミアム』に異変 かつての映画枠『ゴールデン洋画劇場』に回帰か、それとも苦渋の選択か 
NEWSポストセブン
インドネシア人のレインハルト・シナガ受刑者(グレーター・マンチェスター警察HPより)
「2年間で136人の被害者」「犯行中の映像が3TB押収」イギリス史上最悪の“レイプ犯”、 地獄の刑務所生活で暴力に遭い「本国送還」求める【殺人以外で異例の“終身刑”】
NEWSポストセブン
“マエケン”こと前田健太投手(Instagramより)
“関東球団は諦めた”去就が注目される前田健太投手が“心変わり”か…元女子アナ妻との「家族愛」と「活躍の機会」の狭間で
NEWSポストセブン
ラオスを公式訪問されている天皇皇后両陛下の長女・愛子さまラオス訪問(2025年11月18日、撮影/横田紋子)
《何もかもが美しく素晴らしい》愛子さま、ラオスでの晩餐会で魅せた着物姿に上がる絶賛の声 「菊」「橘」など縁起の良い柄で示された“親善”のお気持ち
NEWSポストセブン