竹下正己弁護士の法律相談コーナー。今回は「返済に関し自己破産でも完済との覚書を書かされた。有効なのか」という質問が寄せられた。
【質問】
仕事を発注され前金100万円も振り込まれたのですが、納期に間に合わず仕上がりもよくないと依頼主が激怒。結局、前金の返金を求められた際に分割でしか返済できないと返答すると「自己破産しても完済します」という覚書を書かされました。この場合、自己破産しても返済しなければいけませんか。
【回答】
破産は、借金など負債が大きくなって支払いできなくなった個人や会社などの法人が、個人であれば経済的再生を可能にするため、法人の場合は清算するための制度です。
人が、誠実に弁済のための努力をしても何時までも債務の軛から抜け出せないのであれば、人としての生活が成り立たないことになります。そこで破産手続きでは、債務を整理するだけではなく、免責という制度で、破産手続き開始の申し立ての時点で負担していた債務については、破産手続きの中で配当される金額以外の残りの責任を免れさせることになっています。あなたの差し入れた覚書は、この免責の効果を失わせようというものです。
私人間(しじんかん)の合意は、公益性の強い法規の定に違反するときは無効です。免責は、破産した個人の経済的再生を実現する目的の公益性の強い制度です。したがって破産しても払うという覚書での約束も効力がありません。破産手続きを申し立てた後は、支払う義務はないということになります。
もっとも、免責は債務自体を消滅させるのではなく、支払いを法によって強制されないというのが趣旨ですから、破産申し立て後に得た収入から任意で返すことはできますし、それは弁済としても有効です。そして、支払う義務がないことをわかって支払えば、もう返せとはいえません。
なお、破産申し立てに際して、この債務を隠したり、あるいは弁済用の資金を留保して破産を申し立てるなどしたときは、ほかの債務全体についても、免責を受けることができなくなりますから注意してください。また、免責は過大な負債を負った個人にとってありがたい助け舟ですが、何度も使えるわけではありません。前の免責から7年以上経過する必要があります。さらに税金など公的な債務は免責の対象になりません。
※週刊ポスト2013年8月2日号