国際情報

韓国内の脱北者 証券・不動産投資や貿易で成功する人も出現

映画『48m』に出演した女優イム・ユジンさん

 この夏、脱北者を描いた1本の映画が韓国メディアで話題となった。タイトルは『48m(メートル)』。中朝国境を流れる鴨緑江の、川幅の最も狭い部分の長さから取ったもので、生死を賭けて北朝鮮脱出を試みる人々の姿を描いている。韓国に赴き、上映を観たというジャーナリストの李策氏が、ブームの背景を綴る。

 * * *
 映画は、多数の脱北者の体験談に基づいて制作された。密輸業者によって国境警備隊に売られる人々、当局によって家族を奪われた上に国境を目前にして力尽きる日本人妻、ペットの仔犬を追って凍った川を渡ったがために射殺される幼い女の子……。いずれのエピソードも、実話に基づいているという。

 脚本も担当したミン・ベクドゥ監督は語る。

「大勢の脱北者の話を聞きながら脚本を書き進めたのですが、証言のひとつひとつが胸に刺さった。涙なしに書いたページは1枚もないほどです」

 『48m』が注目を集めた理由はその内容だけではない。映画界の関係者が話す。

「韓国では脱北者に対し、非常に重苦しいイメージを持っている人が多い。俳優陣もほとんど無名。正直、当初は『商業ベースに乗せるのはムリ』というのが業界内での見方だった。ところが、制作・配給最大手のCJエンタテインメントが配給を買って出たのだから驚きました」

 実は、この映画の制作資金は、韓国で事業を手掛ける有力な脱北者たちから出ている。さらに、北朝鮮の元外交官や元大学教授学者ら、現在は韓国の政府関係団体に勤務する脱北エリートたちが公開実現に協力した。『48m』が業界最大手の配給によって一般公開に漕ぎつけたのは、韓国政財界に対する彼らのロビイングの成果なのだ。

 脱北した元朝鮮人民軍幹部によれば、「北朝鮮においても、脱北者の存在感は大きくなっている」という。

「北朝鮮の富裕層を現す隠語に、『白頭(ペクトゥ)山脈』という言葉があります。白頭山とは朝鮮半島最高峰の名で、つまりは金ファミリーやそれに連なる人々のこと。そして、これに次いで裕福な人々は『富士山脈』と呼ばれてきました。日本の親族から援助を受けられる、在日の帰国者たちのことです。ただ、帰国者と日本の親族は時間が経つにつれて疎遠になっているようで、だんだん援助も細って来た。最近では富士山脈より『ハルラ山脈』の方が、人々の羨望を集めるようになっている」 

 ハルラ山とは、済州島にそびえる韓国最高峰の名だ。つまり、脱北者が中朝国境のブローカーなどを通じて故郷へ密かに送り届ける「仕送り」が、庶民の懐を潤しているというわけだ。実際、前述した北朝鮮人権情報センターによる調査では、脱北者の半数以上が故郷に仕送りしていることが分かっている。

「脱北者が韓国で成功する道と言えば、少し前までは冷麺屋を繁盛させるぐらいしかなかった。しかし今では、証券や不動産への投資、貿易に進出する人物も出てきている。韓国国内の脱北者は近く3万人を超え、遠からず5万人が視野に入るでしょう。その中から成功者がたくさん出てくれば、韓国の対北政策への影響力も強まるはずです」(前出・脱北支援団体関係者)

 もっとも、脱北者が韓国国民の偏見に苦しんでいる構造はいまだ続いている。現状を変えずに、多くの脱北者が成功をつかむのは難しい。

 作品中で日本人妻の義母と脱北を図る役柄をつとめ、続編の主役候補にも挙がっている女優のイム・ユジンさんは語る。

「私は以前、日本でモデルとして活動した経験があり、知人に誘われて日本人拉致や北朝鮮の人権侵害に関するセミナーに参加したこともあります。当時は正直、あまり関心を持てませんでした。でも脱北した人々の体験談をじっくり聞き、自分で演じて見たことで、『何かしなければ』と考えが変わりました。今後も出演のオファーがあれば積極的に受けたいですし、より多くの人々に現実を知ってもらいたい」

 1本の映画のささやかな成功が、脱北者の未来を拓くきっかけになるのだろうか。

関連キーワード

関連記事

トピックス

ロシアのプーチン大統領と面会した安倍昭恵夫人(時事通信/EPA=時事)
プーチンと面会で話題の安倍昭恵夫人 トー横キッズから「小池百合子」に間違われていた!
NEWSポストセブン
ブラジルを公式訪問される佳子さま(2025年6月4日、撮影/JMPA)
《ブラジルへ公式訪問》佳子さま、ギリシャ訪問でもお召しになったコーラルピンクのスーツで出発 “お気に入り”はすっきり見せるフェミニンな一着
NEWSポストセブン
「日本人ポップスターとの子供がいる」との報道もあったイーロン・マスク氏(時事通信フォト)
イーロン・マスク氏に「日本人ポップスターとの子供がいる」報道も相手が公表しない理由 “口止め料”として「巨額の養育費が支払われている」との情報も
週刊ポスト
中居の女性トラブルで窮地に追いやられているフジテレビ(右・時事通信フォト)
《会社の暗部が暴露される…》フジテレビが恐れる処分された編成幹部B氏の“暴走” 「法廷での言葉」にも懸念
NEWSポストセブン
渡邊渚さんが性暴力問題について思いの丈を綴った(撮影/西條彰仁)
《渡邊渚さん独占手記》性暴力問題について思いの丈を綴る「被害者は永遠に救われることのない地獄を彷徨い続ける」
週刊ポスト
母・佳代さんと小室圭さん
《眞子さん出産》“一卵性母子”と呼ばれた小室圭さんの母・佳代さんが「初孫を抱く日」 知人は「ふたりは一定の距離を保って接している」
NEWSポストセブン
長嶋茂雄さんとの初対戦の思い出なども振り返る
江夏豊氏が語る長嶋茂雄さんへの思い 1975年オフに持ち上がった巨人へのトレード話に「“たられば”はないが、ミスターと同じチームで野球をやってみたかった」
週刊ポスト
元タクシー運転手の田中敏志容疑者が性的暴行などで逮捕された(右の写真はイメージです)
《泥酔女性客に睡眠薬飲ませ性的暴行か》警視庁逮捕の元タクシー運転手のドラレコに残っていた“明らかに不審な映像”、手口は「『気分が悪そうだね』と水と錠剤を飲ませた」
NEWSポストセブン
金田氏と長嶋氏
《追悼・長嶋茂雄さん》400勝投手・カネやんが明かしていた秘話「一緒に雀卓を囲んだが、あいつはルールを知らなかったんじゃないか…」「初対決は4連続三振じゃなくて5連続三振」
NEWSポストセブン
違法薬物を所持したとして不動産投資会社「レーサム」の創業者で元会長の田中剛容疑者と職業不詳・奥本美穂容疑者(32)が逮捕された(左・Instagramより)
《レーサム創業者が“薬物付け性パーティー”で逮捕》沈黙を破った奥本美穂容疑者が〈今世終了港区BBA〉〈留置所最高〉自虐ネタでインフルエンサー化
NEWSポストセブン
《女子バレー解説席に“ロンドン五輪メダル組”の台頭》日の丸を背負った元エース・大林素子に押し寄せる世代交代の波、6年前から「二拠点生活」の現在
《女子バレー解説席に“ロンドン五輪メダル組”の台頭》日の丸を背負った元エース・大林素子に押し寄せる世代交代の波、6年前から「二拠点生活」の現在
NEWSポストセブン
「週刊ポスト」本日発売! ミスター長嶋茂雄は永久に!ほか
「週刊ポスト」本日発売! ミスター長嶋茂雄は永久に!ほか
NEWSポストセブン