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半藤一利氏 司馬遼太郎氏と宮崎駿氏に共通する自然観を解説

 世界中のファンが引退を惜しんだ。アニメ作家・宮崎駿氏、72歳。早すぎるリタイアは唐突だったが、構想に5年を費やした『風立ちぬ』に、余人には窺い知れぬ達成感があったに違いない。

 戦争という暗い時代にあってもひたむきに生きる日本人を描いたその作品は、宮崎氏が敬愛してやまない作家・司馬遼太郎氏(1996年没、享年73)の作品世界とも相通ずるものがある。両氏と交流のある作家・半藤一利氏が、宮崎氏と司馬氏、二人の国民作家の自然観を解説する。

 * * *
 バブル経済が弾ける前後、司馬さんは『この国のかたち』などのエッセーの中でしきりに、日本の現状を批判していました。先祖伝来の土地を投資の対象にするとは何事か、カネ儲けのために美しい自然を破壊するとは何事か……そうしたことへの怒り、嘆き、絶望について筆を尽くして書いていたのです。

〈自然に対するそうした思いは宮崎駿にも共通したものだ。代表作である『となりのトトロ』、『もののけ姫』は自然と人間の共生をテーマにしている、とされる〉

 私が最後に司馬さんと長々と話をしたのは、司馬さんが亡くなる1年前のことでした。いつものようにホテルオークラの部屋で長々とインタビューし、そのあとホテルのバーで遅くまで酒を飲んだのですが、そのときも司馬さんは、「半藤君、このままだとこの国はとんでもないことになる」と、カネ儲けのために自然が破壊される現状に危機感を露わにしました。

 しかし、司馬さんはこう続けました。「今すぐ、経済成長はもういらないから、これ以上自然を破壊しないという国民的合意を形成し、大切な国土を守らなければならない。やればできるし、今ならばまだ間に合う。やらなければ、我々は子供や孫の世代にお詫びのしようがないじゃないか」と。あとから振り返ると、その言葉は司馬さんの“遺言”のように思えてきます。

 私は公開当時に『となりのトトロ』(1988年公開)を見て心打たれたのですが、あの作品で宮崎さんが言わんとしたことも、司馬さんと同じことだと思います。森に棲むトトロという生き物は、自然に対する親しみと自然と共生する心を持つ人間にしか見えない。

 そうした設定にすることによって、宮崎さんは自然と共生する日本人の美しさを描こうとしたのだと思います。日本人は今すぐ、自然の美しさ、四季の美しさを取り戻そうではないか、と訴えているのではないでしょうか。

〈半藤氏は『となりのトトロ』について次のように書いている―「わたくしたちは昭和三十年代の半ばごろから、経済成長の名のもとに、人間関係とともに、ほんとうに自然を完膚なきまでに打ちこわしてきたのです。(中略)トトロもいまは棲むところを人間に奪われて、どこかの国へ行ってしまったかもしれません」(『ジブリの教科書3 となりのトトロ』所収)〉

 宮崎さんと対談したとき、私が、「トトロ」の緑はほんとうに美しかったと感嘆すると、宮崎さんは即座に「それがもう、描けないんです。いまの人間たちには描けない。毎日見ている緑はもうあの頃の緑と違う色ですから」と言いました。どういうことかというと、「トトロ」の舞台は昭和30年代で、その頃はまだ都市近郊でも日本在来の植物が群生していた。

 ところが、宅地開発によって在来の草むらが刈り取られたり、除草剤がまかれたりすると、そのあとに生えるのは帰化植物ばかりだ──というのです。司馬さんの“遺言”も空しくと言うべきか、すでに日本の原風景と言うべき緑は失われてしまったのです。

※週刊ポスト2013年9月20・27日号

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