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今さら知る初音ミクの歴史 ヤマハ技術研究者が開発秘話語る

 楽器事業を展開するヤマハ株式会社(以下「ヤマハ」)は、2013年3月期売上高が約3699億円、営業利益は約92億円と増収増益だが、2008年3月期に売上高が5488億円だったことを考えると、現在は「大底から反転できるか」の重要な時期に入っている。

 ヤマハは中期経営計画で、「中国・新興国における成長加速」などと並んで、「新規事業の開発」を重点戦略に掲げている。楽器や音響機器に匹敵する新規事業はまだ現われていないが、その芽と言えるものは生まれ始めている。「ボーカロイド」は代表格だろう。若者の間では「ボカロ」と呼ばれ、社会現象となっている。

 ボーカロイドとは、ヤマハが開発した歌声合成技術、およびその応用ソフトを指す。歌詞と音符を入力するだけで、歌声が合成されるものだ。本当の人間のようなリアルな歌声で、ビブラートやこぶしなどの表現もできる。

 ユーザーは、個人あるいはオンライン上で見知らぬ人との共同作業により楽曲を制作し、ニコニコ動画をはじめとした動画サイトに多数発表している。現在では、20歳以下のカラオケ人気曲ランキングトップ10のうち6~7曲がボカロから生まれた歌であることも珍しくない。「ボカロ」という言葉を聞いたことのない人でも、コンビニ店内のBGMやテレビCMで“歌声”を聞いているはずである。ヤマハ中堅社員が語る。

「ギターやピアノ、オルガンなど、あらゆる『音』がデジタル化されてきた。その中で唯一、デジタル化できていなかったのが人間の声だった」

 技術研究として始まったボーカロイドが、現在のような大ヒットに発展するまでには紆余曲折があった。プロジェクトが始まったのは2000年。スペインのポンペウ・ファブラ大学との共同開発だった。パソコン向けパッケージ製品としてボーカロイドが発売されたのは2004年のことである。

「その頃は、社内でも向かい風のほうが強かった。それなりに反響はあったものの、大きなビジネスになる道筋が見えなかったからだ。携わる人員も減らされた」(同前)

 流れが変わったのは2007年だった。バージョンアップした「ボーカロイド2」が発表された。その商品として、『初音ミク』がクリプトン・フューチャー・メディア社から発売されて大ブレークしたのだ。

 少々解説が必要になる。ボーカロイドはあくまで歌声合成技術であり、ヤマハはその編集ソフトウェアを提供する。それに「歌声ライブラリ」を加えることで合成が可能になる。ゲーム機で言えば本体とソフトの関係だ。

 初音ミクはソフトであり、合成に使う歌声の素材と言える。16歳で身長158cmという設定で、青緑色の髪をツインテールにしたキャラクター。いまや巷のアイドル以上の人気であり、それを生み出したのがクリプトン社だった。

 初音ミクの登場と、ユーザーが制作した歌(およびそれにアニメをつけた動画)を公開するニコニコ動画が普及し始めたことにより、ボーカロイドは一気に知名度を上げた。音楽編集ソフトは1000本売れればヒットと言われるが、ボーカロイド2の『初音ミク』は8万本以上が売れた。

 “追い風”に頼っていたばかりではない。ヤマハは、最新バージョン「ボーカロイド3」を11年にリリース、今も「人間の声」により近づける研究が行なわれている。

 ビジネスチャンスの開拓も少しずつ進んできた。ソフト販売収入だけではなく、ゲームや宣伝用にボーカロイドの技術を使いたいという企業からの引き合いも増え、ライセンス収入も増加している。ただし、クリプトン社の初音ミクに普及を助けられたボーカロイドが「次世代のYAMAHA」の救世主となるビジネスに成長させられるかどうかはまだ見えてこない。

 これまでヤマハは、新技術が次の“稼ぎ頭”へとつながっていくことで長い伝統を築いてきた。ボーカロイドの技術がそのような事業に育つか、注目である。

文/ジャーナリスト・永井隆、ジャーナリスト・海部隆太郎

※SAPIO2013年10月号

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