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輸入小麦依存の日本企業が生んだ国産小麦使用パンの試行錯誤

 国産小麦だけで製造された高級食パンが注目を浴びている。なかでも、敷島製パンの『ゆめちから入り食パン』は、従来国産小麦では難しいとされた「もちもち感」をしっかりと実現し、評価が高い。じつはこの食パンには、その名のとおり大きな「夢」が込められている。

 2009年頃はパン業界にとって「大事件」が勃発していた。オーストラリアの大干ばつが引き金となり、世界中の小麦価格が高騰。かつては小麦の輸出国だった中国でさえ輸入に転じるという大混乱に陥っていたのである。ほぼ100%輸入小麦に依存していた国内の製パンメーカーは、未曾有の危機に直面した。

 敷島製パンでマーケティング部長を務めていた、いまは取締役執行役員開発本部長の根本力も、大きな不安に駆られていた。そんな彼の元に、社長から直々に1通のメールが届いた。

「国産小麦を使って美味しい食パンが作れないか? 日本の食料自給率向上にも貢献できるはずだ」――。

 日本の小麦の自給率はわずか10%程度。しかもそのほとんどが、麺や菓子などに用いられる中力粉だ。食パン作りに適しているのは強力粉だが、国産のものは生産量が少なく、またたんぱく質の含有量が少ないため、柔らかくふっくらとした食パンを作るのが難しい。「国産小麦では美味しい食パンは作れない」というのは、業界の常識だった。

 敷島製パンの創業理念は、「パン作りで社会に貢献する」。同社が創業した1920年(大正9年)――米騒動の影響がまだ影を差していた時期である――以来掲げられてきたものだ。

「このチャレンジは簡単ではない。でも、今こそ創業精神に立ち返るときだ!」

 自らを奮い立たせた根本は食パン作りに適した国産小麦を探すべく、ひとり日本中を奔走し始めた。

 ある日、耳寄りな情報を入手した。北海道にある農業研究センターで、まさに食パン作りに適した小麦の研究を行なっているらしいというのである。「北海261号」と呼ばれるその強力粉は、同研究所が約13年間かけて開発してきた品種であり、渡りに船、とはまさにこのことであった。

 根本はさっそく「北海261号」を取り寄せ、食パンを試作してみた。焼き上がった食パンは千切ると細かく割れ、口に入れるとぼそぼそして、もちもち感がない。だが、食パン特有のふっくら感は再現できている。

「これならいけるぞ!」

 根本を中心としたプロジェクトチームが発足し、本格的な開発に乗り出すことになった。だがスタートこそ順調だったものの、試作を繰り返すと多くの課題が噴出してきた。

 第一に、「北海261号」だけでは理想的な食感に焼き上げることができない。これを解決するためには、他の小麦粉をブレンドする必要がある。しかし、どんな品種と配合すればいいのか、皆目わからない。もちろん、ブレンドする小麦も国産にこだわりたい。

 研究がスタートして1年後、ついに最適な組み合わせが見つかった。「北海261号」6に対し、「きたほなみ」という国産中力粉を4配合すると、もちもちとした日本人好みの食感の食パンが焼き上がったのだ。

「北海261号」を栽培してくれる農家も徐々に増え、安定供給の目途も付いた。そして2012年2月、ついに製品化が決定した。

 根本に最後に残された仕事は、製品のネーミングだった。「北海261号」は、「ゆめちから」という名で品種登録されていた。そこで根本は、ストレートな商品名をつけることにした。

『ゆめちから入り食パン』。

「当社では1年に約600種類の新製品を出していますが、1年後にはほぼ同じ数が消えていきます。でも、このプロジェクトは1年や2年で終えてはならない。『ゆめちから』という国産小麦をブランド化することで、国産小麦の『安全』で『安心』なイメージを広めたいのです。

 ブランド化は重要なマーケティング手法です。『ゆめちから』は商標登録していませんから、他社さんが『ゆめちから』の名を商品に付けていただくのもおおいに結構。この小麦の存在を広めることは、日本にとって大きな意味があるのです」

■取材・構成/中沢雄二(文中敬称略)

※週刊ポスト2013年11月1日号

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