テストドライバーとは開発車両の性能評価などを通してエンジニアとともにクルマ造りを担う職人である。
当時はトヨタとGMとの合弁会社「NUMMI」の副社長を経て、44歳の若さで本社取締役に就任したばかりだった。社長へと着々と歩を進める御曹司への厳しい叱責──豊田社長は怒りどころか、正直に意見してくれる成瀬に絶大なる信頼を置いた。以来、趣味のゴルフを控え、成瀬の下で月イチのペースで運転の基礎技術を学ぶことになる。
いい運転とは何か。いいクルマとは何か。その答えが「安全」でありまた「楽しい」ということを知る。
2007年からはドイツで開催される24時間耐久レースにも参加、その活動は今でも続く。「道楽だ」といった声は社内外でも多い。だが、トヨタのエンジニアはこんな見方をする。
「社長が現場に来るや、エンジニアやテストドライバーと“感覚”で話をしている姿を見て、昔のトヨタの重役もこうだったなァと思い返しました。クルマの乗り心地は数値では表わせない。乗っている人しかわからない感覚なんです」
古参社員もこう続ける。
「会社が巨大化して利益を追い続けるうちに、いいクルマとは何かってことを誰も考えなくなっていた。気付いたら社員ですらクルマに乗らなくなっていた。当然、商品の魅力も薄れるばっかり。若者のクルマ離れを嘆く前に、自分たちもクルマへの情熱を失いつつあった」
豊田社長にクルマの“原点”を教えた成瀬は、2010年、ドイツで開発車を運転中に事故死することになる。67歳だった。今でもハンドルを握るのは亡き恩師への「弔い」でもある。
※週刊ポスト2014年1月24日号