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ハリー・ポッターの新刊が売れない京都の書店に学ぶ商い手法

【書評】『街を変える小さな店 京都のはしっこ、個人店に学ぶこれからの商いのかたち。』堀部篤史/京阪神エルマガジン社/1680円

【評者】染色家・吉岡更紗

 京都市左京区一乗寺にある「恵文社一乗寺店」は、数ある書店の中でも、「ふらりと立ちよる」場所ではなく「恵文社へ行くために、電車を乗り継いで」向かうところである。店の佇まいや、書籍のセレクト、独自の分類の仕方、レイアウトに惹かれ、決して便利とはいえないこの場所をたびたび訪れてしまうのは京都に住まう私だけではない。

 日本全国から、そして近頃では台湾などアジアからの観光客も訪れるという。本書は、同店の店長を務める筆者が、アルバイトとして働き始めてから現在に至るまでを記した本だ。

 あるエピソードに同店の本質が表れている。もともと同店は取次による配本に頼らず、独自のセレクトで本を入荷し運営していたが、「ときには話題本を取り扱ってもいいのでは」と、当時の世界的ベストセラー『ハリー・ポッター』の新刊を店頭に並べてみたという。すると、普通の書店であれば客が殺到し取り合いになるであろうその本が、全く売れなかったという。つまり、話題の本を求めて来店する人はおらず、同店を訪れる客はここならではのセレクトを求めていたのだ。

 店側が「これ」と見込んだ一冊に思いを込め、それを売り切る覚悟を持って仕入れていることを知り、その本を求めて来店していたのだ。そこで生まれるのは、ベストセラーではなくロングセラー。本は物理的な消費対象ではなく、手にした人の心に何かを残すものだ、ということを同店はそのとき体感したのだという。

 その後、勢いをつけた同店は、ギャラリーやイベントスペースを新設したり、雑貨や食品、衣服を扱うなど、その可能性を広げているが、商品アイテムが増えても“恵文社らしさ”はひとつも変わっていないように感じる。学生の頃、少し背伸びをしたら届きそうな新しい世界に憧れて通っていたときと同じ空気のままである。

 筆者が挙げている周辺の個人店もやはり同じような空気感をまとっている。チェーン店が増え始め全国どこへ行っても同じようなお店ばかり並ぶような時代の中でも、一過性でない長い顧客とのつきあい、お店独自のスタイル、普段通りの変わらないところが残っている。その裏側も紹介しながら、普段通りの京都を垣間見ることができる一冊である。

※女性セブン2014年2月13日号

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