博士はその取り替えができない「不可能」を「可能」にする人物だった。靱帯を修復する「トミー・ジョン手術」の第一人者として、多くの野球選手を復活に導いている。手術の名前は、最初に手術を受けたヤンキースの名投手、トミー・ジョンにちなんでつけられた。
「どんな世界でも“休み”を入れることが大切。どんなに忙しくても、私にはコーヒーを飲むという休養が必要なようにね」
取材の帰り際、そう言って、コーヒーを飲んでいた姿を思い出す。そして日本から来た私に対して、こんな言葉を付け加えた。
「日本には甲子園という悪しき伝統がある。1日に百何十球も投げたうえ、翌日に連投するので、私のところに来る時にはヒジが曲がっていたり、肩の筋が切れたりしている連中ばかりだ。
アメリカにはそういう大会はないし、リトルやシニアの大会でも球数制限などの規則がある。ただ、親たちが早く結果を求めて、隠れて何球も投げさせたりするので、最近はヒジを壊してやってくる子供が多くなってきた。洋の東西を問わず、結果を急ぎすぎるとロクなことがありませんネ」
日本では国民的行事ともいわれる甲子園。「壊れたものを治すのは私の仕事」とは言いながら、「決して喜んでやっているのではない」と言い切っていた。数々の選手たちの成功報告を受けて、一時、日本の某球団が大金を積んで専属医として呼ぼうとしたことがあったが、博士が拒否したのは、「喜んで執刀しているわけではない」という強い意志があったからかもしれない。
そういえば、トミー・ジョン手術を受けた日本人は、ほとんどが甲子園のヒーローだった。現在、同じく甲子園で「怪物」と謳われた松坂大輔(メッツ)は、術後3年を経て、ようやく以前の“らしさ”を取り戻したように思える。彼も、高校時代からの投げすぎが遠因にあるといわれている。
トミー・ジョン手術の成功率は90%以上ともいわれている。しかし、「手術するのは簡単だ。しかし選手の不安と我慢を考えたら、悪しき甲子園の伝統はあのままでいいのか」と、25年前に警鐘を鳴らしていた、ジョーブ博士の言葉が思い出される。
※週刊ポスト2014年3月28日号