同地でイベリコ豚専門の精肉会社を営むレヒーノが所有する放牧場は東京ディズニーリゾートの20倍。イベリア半島の南部に生息する樫の森に約600頭の豚が悠然と暮らし、冬に熟した樫の実を食べて育った純イベリカ種が〈ナッツ臭〉が珍重される最高級品〈ベジョータ〉だ。〈セボ(給餌する)〉と呼ばれる樫を食べていないイベリカ種や交雑種より出荷には時間がかかり、〈イベリコ豚のいいところは生産効率が非常に悪い〉ところと、レヒーノは笑う。
「イベリコ豚のうちベジョータは約10%で、本物にありつけないだけに失望する人も多いんじゃないかな。僕は現地に行けない間に日本の食肉事情も取材しましたが、衛生的・流通的にこれほど優れた国はなく、トンカツや餃子なら日本の豚で十分だと思う。
ただ、ビールや柿を餌にした、いわゆる銘柄豚も〈樫の実を食べさせるのは人間が考えたことではない。豚が昔から食べていたんだ〉というレヒーノの豚とは全く違う。たぶん〈本当のサステナブル〉とはそういうことで、〈食は文化だ〉なんて軽々しく口にはできません」
他にもスペイン在住の商社社長・吉岡大輔や、栃木で高級食材の輸入業を営む田村幸雄。〈デリバティブ〉の失敗で潰れかけた北海道の加工工場で再建に尽力する武部太や、現在岩手に『シェ・ジャニー』を開く伝説の料理人・春田光治など、その道のプロが自称〈素人〉の著者の元に結集していく過程は本書最大の読み処だ。
マドリード・プラド美術館を度々訪れ、ゴヤの名画〈『砂に埋もれる犬』〉、英名〈Stray Dog(野良犬)〉の〈諦めと希望のふたつの光〉を宿す瞳に見入る野地氏が〈『ストレイドッグ』みたいな人だ〉と吉岡たちを評する時、それは〈夢を追って生きているから、砂に埋もれても絶望しない〉仲間に対する最高の賛辞なのだ。
「僕は〈金の話をすることがプロのビジネスマンだ〉と勘違いしていたんですよ。ところが正当に儲けている人ほど金より継続性を考え、マーケティング以前に作りたいものがあって、帳尻くらい合わせられるプロだから、〈夢で動きたい〉んです」