レヒーノも言う。〈たいして儲からないが、やめることはない〉と。そして続ける。〈スペインは貧しい国なんだ〉〈イベリコ豚は他のどの豚よりも筋肉のなかに脂肪をたくわえる〉〈イベリコ豚は世界でも特別の豚だよ〉
その響きは、イベリコ豚が高価だから特別だと日本人が言う響きとは全く違い、豚の脂と豆を煮込んだスペインの家庭料理〈ギソス〉に代表されるように、〈庶民のエネルギー源〉として根差してきた歴史が、イベリコ豚を文化たらしめるのだ。その商品化にあたっては試作と試食を重ね、出荷数こそまだ少ないが、某誌のお取り寄せランキングでは有名エッセイストが1位に推すなど、知る人ぞ知る人気だ。
「対素材比で200%近くまで調味液を注入した製品もある中、歩留まり68%で無添加の前代未聞のハムを、一度も作れないとは思わなかった点だけは自分で自分を褒めてやりたい(笑い)。とにかく食のベンチャーはまだまだ可能性があると思ったし、安く多くは無理でも、ハイエンド商品なら個人でも十分やれる。今やマーケットは世界に開かれ、誰でも、冒険は今日からでも始められるはずです」
50代でマクドナルドを創業したレイ・クロックの自伝『成功はゴミ箱の中に』の和訳本にも携わった野地氏自身、57歳からでも何かを始められること、そして〈商品をつくるのは能力ではない、情熱だ〉ということを証明したかったという。
「そんな僕と仕事をしてくれた彼らは能力が高い上に情熱的で、これはイベリコ豚より何より、彼らと働くことが楽しかったという本かもしれません(笑い)」
ナベプロ創業者やビートルズの呼び屋など、野地氏がこれまで光を当ててきた物語は、ともすれば「ゼロから始められた昭和の佳き思い出」として読まれかねなくもない。が、今ここからでも物語は紡げると自ら証明してみせた本書には、上っ面だけのグルメ文化を蹴散らすには十分すぎるほど、ストレイドッグさながらの反骨心や熱さが充満している。
【著者プロフィール】
◆野地秩嘉(のじ・つねよし):1957年東京生まれ。早稲田大学商学部卒。出版社等を経てノンフィクションライター。『キャンティ物語』『ビートルズを呼んだ男』『渡辺晋物語』『高倉健インタヴューズ』『美しい昔―近藤紘一が愛したサイゴン、バンコク、そしてバリ』等著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞。ハムはネットで買えるが出荷待ち状態。「銀座のマルディグラでは食べられるようにしてあります」。173cm、70kg、AB型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2014年4月25日号