あるとき刑事が店にやってきて、懐から写真の束を出した。逮捕した中国人窃盗団の顔写真である。「知っている顔はないか」と刑事は訊ねた。

「知ってるもなにも、みんな常連さんだったの。あはは。でも私怖いから、悪いけど『知らない』って答えちゃった。ははは」

 やがてマフィアの時代が去り、店には普通のサラリーマンやOLたちが食べに来るような雰囲気に変わっていった。

「日本人はみんな優しいね。想い出は楽しいことしかないよ。辛いことや苦しいことはみんな忘れた」

 四畳半風呂無しアパートだった住居は、今やマンションを二つも購入するまでになった。4人いた子どもも独り立ちし、孫が11人もいる。謝さんの満ち足りた顔を見ていて、9年前、彼女から聞いた言葉が脳裏に浮かんだ。謝さんも、

「覚えてる覚えてる。今もその気持ちは変わらないから」

 嬉しそうに頷いた。大げさに言えば私の人生の指針にもなった謝さんの言葉を再録して、読者の皆さんにもお裾分けしたい。私の中国菜館のいちばんのお勧めメニューだ。

《「謝さん、夢はありますか」「夢?夢なんかないわよー。贅沢よ、それ。家族は健康でお家もあるし、ご飯も食べられる。こうして仕事もできる。今が最高の幸せよ、私は。もう夢なんかいらない」》

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