■「低血糖」「黄疸」と「発達障害」の関連
本誌の問題提起について、反論がなされている。
ある完全母乳やカンガルーケア推進派の医師からは、「発達障害との関係は医学的エビデンスがない」という批判が上がっており、中には「論理が完全にむちゃくちゃで、煽っているだけの記事」という意見もある。
しかし、そうした批判はむしろ医学的知識が乏しいことを物語っている。
推進派が知らない(あるいは知ろうとしない)だけで、新生児の低血糖症や重症黄疸などと脳障害、発達障害との関係については以前から多くの研究が発表されているのである。
まず1965年にカナダの医学誌に22例の事後調査をもとに『新生児低血糖症の神経学的および発達上の障害』という研究が報告され、1988年の英国の権威ある医学研究所「ダン人間栄養部門」の論文(新生児中程度低血糖症の有害な神経発達上の転帰)でも、中程度の低血糖症を起こした新生児の661例中433人に18か月(1歳半)時点の精神発達・運動発達に影響があったとして、
「(それまでの中程度の低血糖症は心配ないという)一般的な信念とは逆に中程度の低血糖症は重大な神経発達上の結果をもたらすかもしれないことを示している」
と指摘された。一般的な低血糖症の症状(痙攣や無呼吸など)が見られない無症候性の低血糖症の危険性についても数多くの研究報告がなされるようになった。
その後、MRI(核磁気共鳴画像法)やCTスキャンが普及すると、カリフォルニア大学の研究チームによる『新生児低血糖症の画像パターン』(1998年)など、正常に生まれた新生児が低血糖で脳にどのような損傷を受けたかについての具体的な研究も進んだ。同報告書では〈低血糖症が低酸素症の影響を促進するように思えるため、脳への影響は破滅的〉と指摘している。
日本でも、鳥取大学医学部脳神経小児科の研究者が2009年に日本小児神経学会の学会誌(英文)に発表した論文で、新生児低血糖症患者60人を調査した結果、低血糖症が脳の病変を引き起こすケースがあることや、低酸素症や新生児痙攣、病理学的黄疸(重症黄疸)などが低血糖脳障害を悪化させることを指摘して、〈正常な周産期歴を伴う満期産児さえ低血糖症を発症するかもしれない。重篤な症状が起こる前に、できるだけ早く、軽度の症状さえ、低血糖症を検出されるための血糖値検査をうながすべきです〉と注意を促した。
これだけ多くの研究と警告を、推進派は本当に知らないのか。そして、知りもせずに「エビデンスがない」などと言っているのか。
危険なのは低血糖症だけではない。
2010年にデンマークで発表された研究では約73万人の児童を対象に「黄疸」と「発達障害」との関係を調査した結果、新生児期に黄疸が認められた児童はそうでない児童より「広汎性発達障害」リスクが56%、「混合性特異的発達障害」のリスクが88%増加していた。トルコでは脱水(高ナトリウム血症性脱水)症状を起こした母乳栄養児116人に対する6年間の追跡調査で、半数以上で1歳以降に発達障害が認められたという研究報告(2007年)がある。
生まれたばかりの赤ちゃんの栄養不足によって起きる「低血糖症」「黄疸」「脱水」などが脳にダメージを与え、発達障害に関係するという調査結果が各国で報告されていることは紛れもない事実だとわかっていただけるだろう。このリスクは取材班がことさらに煽っているものではないのだ。
次に、カンガルーケアや完全母乳が「低血糖症」や「黄疸」「脱水」などのリスクを高めるという研究について紹介する。
山形大学発達生体防御学講座は2006年に正常新生児が行き過ぎた「完全母乳」によって低血糖症になり、脳障害を負ったケースを報告。“生まれたばかりの赤ちゃんには栄養が多少足りなくても大丈夫”という認識を覆した。その新生児は生後3日目には体重が10%減り、母乳の量を調べると「にじむ程度」しかみられなかった。報告書では〈完全母乳栄養管理は新生児期に低血糖を来たしやすいことが知られている〉と完全母乳を行なう際には低血糖の危険性に注意することを呼びかけた。
また、富山県立中央病院の小児科医チームは高ナトリウム血症性脱水を発症した母乳栄養児に発達障害が認められるケースが多いことに着目し、「完全母乳」と脱水症状について研究。〈出生時から10%以上体重を減らした完全母乳栄養児の4割弱に高ナトリウム血症性脱水が起きた〉と報告している(2010年)。
また、黄疸については久保田氏の論文に詳しい。
「重症黄疸の大きな原因は生後数日間の栄養不足と胎便排泄の遅れと考えられます。栄養不足になると赤血球が壊れやすくなり、黄疸の元となるビリルビンが血液中に増える。実際、重症黄疸の発生率は病院間によって大きく異なり、多い施設では3~5人に1人といわれますが、生後すぐに赤ちゃんを保育器で温めて約30ccの糖水を与える当院では重症黄疸は約500人に1人です」(久保田氏)