都心でアクセスがよい寺院だけでなく、断崖絶壁に立つ修験道の行道でも、除夜の鐘をつきたいと申し込む人が増えている。鳥取県の三徳山三佛寺では、冬季は危険なため入山禁止にしているが、除夜の鐘をつくためだけに特別に入山できる。その除夜の鐘をつくためには国宝投入堂への行者道を歩き、山上の鐘楼堂まで登らねばならぬが、年々、問い合わせが増えていると副住職の米田良範さんはいう。
「もともとは地元の檀家さんと僧侶だけで除夜の鐘をついていたのですが、過疎地で高齢の方が多くなり、地元から参加できる人が少なくなったこともあって5~6年ほど前から広く公募するようになりました。11月末にホームページで募集するのですが、最近は告知するより早くメールで問い合わせる人が増えています。危険ですので、限られた人数しかお引き受けできないのですが、締切日より早く定数になります」
三徳山での除夜の鐘は、誰でも参加できるわけではない。過去に投入堂参拝登山の経験があること、防水防寒対策をすること、道中明かりが一切ないためライトを用意することなど、様々な条件がある。また、天候次第で除夜の鐘をつけなくなることもある。
「一歩踏み外すと谷底に落ちてしまう道を歩くので、天候により入山時間が変わります。そのため何時から鐘をつくかは決めていません。108回つく間に年を越す、というゆるやかなスケジュールです。一人当たり3~4回ついていますね。4年前の大雪の時は、地元の人が身動きが取れず、数日前から三朝(みささ)温泉に泊まって除夜の鐘をつきにきた遠方の方だけが来られたこともありました」(前出・米田さん)
年中祭祀や儀礼というより、イベントとして除夜の鐘に参加する人が増えているような気もするが、いざお寺の境内に入ると、誰しも厳かな気分になる。前出の増上寺・吉田さんは、お寺は普段の忙しい感じとは違う感覚でいられる場所なので、除夜の鐘をついたり、初詣の機会に、静かに落ち着いて自分をみつめることをすすめている。
「除夜の鐘をイベントとしてつくのもけっこうですが、せっかくなので、鐘をつくことの意味を少し考えてみてはどうでしょうか。鐘の音が響き渡ることは、仏の教えと同じであると私たちは考えています。そこまで仏様のことを思い浮かべなくても、鐘の音を聞いて殺伐とする人というのはあまりいないと思います。
といっても、鐘をついても自らの煩悩はなかなか消えるものではないです(笑)。でも、除夜の鐘をつくだけでは煩悩を完全に消せないものの、消していこうじゃないかと自分と向きあう新しい気持ちをもち、新しい一年にのぞむというのも意味があると思います」
情報過多によって日常のせわしなさは、年を追うごとに加速している。たまには、静かに落ち着いて自分と向き合いたいという潜在的な願いが、除夜の鐘や初詣で寺社へ足を運ぶ人を増やしているのかもしれない。