ただ、ふだんの私は起きているうちのかなりの時間を、読書とPC使用に割いている。平均的な人よりだいぶ目を使っているはずで、もしかしたら外界から得る情報の9割以上が視覚情報かもしれない。それがスポッと無くなったら、いったいどうなるのだろうか。猜疑心よりも好奇心が強く湧いてきたので、実際、常設会場に出かけることにした。
場所は、都心の一等地の外苑前。アクセス方法はたくさんあり、私はJRの千駄ヶ谷駅から徒歩12分のルートを選んだ。東京体育館や国立競技場に接する大通りを南下、背脂入りラーメンの老舗「ホープ軒」を右手に見ながらそのまま進むと上り坂の途中、右手にコンクリート打ちっぱなしのモダンなビルが出現する。その地下1階がDIDの会場だ。
料金はネットでの予約時に前払い済みだから、エントランスでは自分の名前を告げて本人であることを証明するもの(私は自動車運転免許証)を受付スタッフに呈示し、あとは壁の掲示物を見たり、ソファでくつろいだりしながらスタートを待つ。
イベントの全行程は90分。途中退出はできないのでトイレを済ましておく。真っ暗闇の中での落し物がないよう、持ち物は全部ロッカーに入れる。ライトが点いたり秒針の音がしたりするからか。腕時計も外しておくよう言われて、そうする。場内での「カフェ」体験時に飲み物やお菓子を購入するための小銭だけポケットに入れる。定刻になったらスタート。
私が参加したユニットはちょうど定員の8人だった。来場者の男女比は半々とのことだが、たまたま私以外は女性ばかり。とりあえず薄暗い小部屋に入り、視覚障害者の男性アテンドさんの進行で自己紹介をする。「ここではニックネームで呼び合います」と言われ、私はごく簡単に「オバタカズユキと申します。カズでお願いします」とみんなに言う。
で、一人一本、自分の身長に見合った白杖を手にする。使い方と場内での注意事項をアテンドさんが教えてくれ、さらに別の小部屋へ。「この部屋を暗くしていきますね」とアテンドさんが、明かりを落としていく。最後には赤い非常灯のようなもの以外、何も見えない闇になる。
「では、いよいよ中に入ります。止まっていないでどんどん行きますよ。ほうら、これが光のない世界です。先に進みますよ」
その先で体験した内容は、あえてここで書かない。このコラムでDIDを知って参加してみたいと思う人がいたら、何がおきるか知らないほうがきっと楽しいからだ。場内の設定やそこにある大道具や小道具はごく日常的なモノで、そこで特別な何かをするわけでもない。けれども、視覚を使わずにそれらの存在を感じ取ると、たしかに意味合いというか質感というか、そのモノのリアリティがずいぶん日常と違ってくる。具体的な説明はネタバレになるから割愛しよう。