カズ一覧

【カズ】に関するニュースを集めたページです。

サッカー日本代表・長友佑都への風当たりが強まっているが…(27日の中国戦。AFP=時事)
長友佑都への過度の批判に懸念 かつての「カズバッシング」から学ぶ
 長年、サッカー日本代表の左サイドバックを務めてきた35歳のベテラン長友佑都への風当たりが強くなっている。1月27日のカタールW杯アジア最終予選の中国戦で、日本は2対0と完勝した。しかし、再三チャンスを作った右サイドに比べ、左サイドの長友はほとんど好機を演出できず、代わって入った24歳の中山雄太が2点目をアシスト。以前から渦巻いていた“長友不要派”の声はさらに大きくなり、2月1日のサウジアラビア戦で森保一監督がどんな決断を下すのか注目されている。スポーツライターが話す。「今の状態を見たら、中山を先発で使った方がいいという意見が多いのは理解できる。結果を残した選手を差し置いてベテランが使われると、よほどのパフォーマンスを見せない限り、逆風がさらに強くなる。それは結果的に、ベテランにもチームにも悪影響を与えます」(以下同) W杯予選とベテランといえば、フランス大会を目指した1997年のアジア最終予選が思い出される。フィールドプレイヤー最年長の30歳である三浦知良は初戦のウズベキスタン戦で4ゴールを挙げる大活躍を見せた。しかし、3戦目のホームの韓国戦で尾てい骨を痛め、以降はパフォーマンスが落ちた。「カズは別メニューで調整することもありましたが、それでも加茂周監督はアウエーのカザフスタン戦、後任の岡田武史監督はアウエーのウズベキスタン戦以降も先発で起用し続けた。ケガを抱えているカズは満足なプレーができず、ノーゴールが続き、加茂監督の更迭以降は“勝てない日本の原因はカズにある”とバッシングを受けました。当時は控えのフォワードである城彰二が『なぜ万全な状態でない選手を使うのか』と首脳陣やメディアに不満を漏らすこともありました。今回の長友もそうですが、知名度の高いベテラン選手は結果が出なくなると、一番の標的になります」 カズはアジア第3代表決定戦のイラン戦にも先発したが、ゴールを奪えないまま、63分に交代。代わりに入った城が同点ヘッドを決め、延長になると大会を通じて初めて投入されたフォワードの岡野雅之がVゴールを挙げて、日本は初めてW杯の切符を手にした。「もしあの時、カズが自ら無理だと申し出るか、監督が休ませる決断をしていれば、バッシングに晒されることもなかったかもしれない。カズは休んでしまえば、自分のポジションを奪われる危機感を持っていた。これは選手なら誰しも考えることですし、代表クラスの選手になればなるほど、無理してでも試合に出る精神力を持っている。だから、カズは日本のエースになれた。ただ、あの時は状態の悪いまま出て、ゴールも奪えず、チームも勝てなかった。そして日に日に、バッシングが強まるという悪循環に陥っていきました」それまでカズが受けてきた批判が城を襲った 視聴率47.9%を記録した世紀の一戦で、カズと交代してゴールを挙げた城彰二は“エース”とメディアやサポーターに囃し立てられ、ベテランのカズには逆風が吹いた。「予選の序盤や中盤で休んで、代わりに入った選手が得点を挙げても、一気に世代交代論が加速することはなかったでしょう。逆にその選手がノーゴールに終われば、カズ待望論が生まれたと思います。ベテランは結果を出せなければ、若手や中堅以上に批判されます。しかし、代わりに出た選手が常時ベテラン以上に活躍するようになるとは限らない。 W杯予選の終盤、そしてW杯になれば、ベテランの力は必要になってきます。長友は最近、パフォーマンスが上がりませんが、3大会連続W杯出場という何者にも変え難い経験を持っている。だからこそ、今はじっくり休ませて、バッシングを回避させ、英気を養わせた方がいいでしょう」 ケガによるコンディション不良、バッシングによる精神的負担もあってか、カズはアジア最終予選終了後も精彩を欠き、1998年のフランスW杯には出場できなかった。33歳の2000年、京都パープルサンガで30試合17得点を挙げてJリーグのゴールランキング3位に入ったことを考えれば、その3年前は衰えたというより、一時的な不調という言葉が適切だったかもしれない。加茂監督や岡田監督が休ませていれば、状況が好転していた可能性もあるだろう。「当時の日本はW杯未出場でしたし、メディアを含めてサッカー界全体が成熟していなかった。本戦直前でカズはメンバー落ちしましたが、それまでカズが受けていた批判を今度は城が一手に浴びることになった。そして城は、本戦でノーゴールに終わった。カズがメンバーに入っていれば、城への重圧は和らいだでしょう。そうなれば、3戦全敗という結果は避けられたかもしれない。日本はフランス大会から全てのW杯に出ているわけですから、長友が過度の批判に晒されるというカズバッシングの時と同じような過ちを犯してはならないと思います」 2月1日のサウジアラビア戦、指揮官は左サイドバックに誰を指名するか──。
2022.01.30 16:00
NEWSポストセブン
生涯現役? 三浦知良(時事通信フォト)
カズに引退迫るアンチ「ドーハの悲劇以降のサッカーファンに多い」
 これが時代の移り変わりというものか。サッカーJリーグ・横浜FCの元日本代表FW、キング・カズこと三浦知良(54才)が、自主トレーニングの取材で「やれても正直、あと6年くらいかな」と、60才まで現役続行の思いを口にした。これがネットニュースで報じられると、コメントが殺到。批判的な反応が目立った。「やれても6年じゃなくて、もうやれないんだよ」、「自己満足のためだけに続けているのでしょう」などの手厳しい言葉が並び、そこに多くの「いいね」が押されている。 あるサッカー雑誌の記者は「今年のリーグ戦出場は、わずか1試合の1分間。公式戦は4年連続ノーゴールという現状に、プロとしての引き際を求める声が大きくなってきたということです」と話した。 これまでも賛否両論は飛び交っていた。6年前には、野球評論家の張本勲氏(81才)が情報番組「サンデーモーニング」(TBS系)で「もうおやめなさい」と引退勧告。サッカー界のご意見番、評論家のセルジオ越後氏(76才)も「48才で得点を取って最年長記録作っているのは、あくまで『興行』。張本さんが言っている意見をサッカー界が言えないことが問題だと思う」と賛同していた。「ただ、当時は、ダウンタウンの松本人志さんやナインティナインの岡村隆史さんらが、カズの擁護派に回り、カズ選手本人は『激励と思って頑張ります』と切り返して、世論も現役レジェンドを応援する側でした」(前出・サッカー雑誌記者) しかし、2021年シーズンが終わり、横浜FCからの移籍が取り沙汰されると、再び「引退勧告」ともとれる反応が増え始めた。先のセルジオ氏は、自身のYou Tubeに「カズよ 裸の王様になるな!」と題したタイトルで投稿。「彼がCMに出てクラブにお金が入る」「それが財源になって戦力がアップする」などと発言し、カズの現所属クラブである横浜FCから「事実無根」とする抗議を受け、セルジオ氏が謝罪する騒動となった。 何かと身辺が騒がしくなったカズ。40代の間は「世界最高齢のプロサッカー選手」、「生ける伝説」と、記録を更新し続ける姿が支持されていたが、50代になり風向きが変わってしまった。あるスポーツ紙のベテラン記者は、こう解説する。「『ドーハの悲劇』を目撃した世代と、それより下の世代では、カズ選手への思い入れが分かれるのです」 カズは23才の1990年に日本代表入りすると、すぐにゴール連発でエースに君臨。1993年のサッカーW杯米国大会アジア予選でも9ゴールを決めて、悲願のW杯初出場へ代表をけん引した。ところが、グループ1位で本選出場に王手をかけて臨んだ最終予選の最終イラク戦。ここでも1ゴールを決めるも、ロスタイムの失点で引き分けて、まさかの予選敗退。これが世にいう『ドーハの悲劇』だ。 4年後には、見事なリベンジでW杯初出場という日本の悲願は成就した。しかし、カズはフランスW杯の直前合宿終了時に、最終メンバー選考でまさかの落選。生涯の夢だったW杯の舞台には立てなかった。「カズ選手は、サッカー界だけにとどまらず、Jリーグ発足当初の日本で初の国民的サッカーブームの悲劇の主人公だったのです。だから、1990年代をリアルタイムで見ていた日本のサッカーファンには、永遠に特別な存在なのです」(前出・スポーツ紙のベテラン記者) 当時を知るファンたちは、カズが永遠に叶わぬと分かっていてもW杯の幻影を追い続けて、ストイックに鍛錬に励み続ける姿を、理屈抜きに応援できる。それでも、カズの全盛期を知らぬ人たちにとっては、ただの老害ということだ。「でも、世代間ギャップだけではないかもしれない。前澤友作さん(46才)が、自費で夢の宇宙旅行をしたことにも批判が飛ぶように、この令和は『許容』や『特例』は認めずに、逆に同調圧力をかけたがる時代。どんなに功労者であっても、カズ選手のような『例外』は認めない人たちが増えているのでしょう」(前出・スポーツ紙のベテラン記者) もはや、美談が美談にならない時代になってきたのかもしれない。
2021.12.16 16:00
NEWSポストセブン
三浦知良、来季も現役続行か 横浜FCも「カズが必要」と考えるワケ
三浦知良、来季も現役続行か 横浜FCも「カズが必要」と考えるワケ
 12月4日、サッカーJ1の全日程が終了した。川崎フロンターレが2年連続優勝を果たし、徳島ヴォルティス、大分トリニータ、ベガルタ仙台、横浜FCの4チームのJ2降格が決まった。Jリーグ創設の1993年からプレーを続ける54歳のカズこと三浦知良(横浜FC)は今季、わずか1試合の出場に留まった。ゴールからはJ2時代の2017年3月12日のザスパクサツ群馬戦以来、4シーズンも遠ざかっている。50代でプロを続ける姿に称賛が集まる一方で、最近は疑問の声も多数上がるようになった。「今季出場した1試合も残り1分で投入されており、ファンサービスとしての出場とも言えます。技術はそこまで衰えていないが、体力や瞬発力はJ1やJ2のカテゴリーでは通用しなくなってきている。普通の選手なら10年以上前に戦力外通告を受けていてもおかしくない。 ただ、横浜FCにスポンサーが付くのはカズがいるからという側面もある。J2に降格したうえに、カズがチームを離れれば、多くの企業が撤退する可能性が出てくる。そうなれば、資金力がなくなり、新たに良い選手が取れないだけでなく、今いる選手も横浜FCから離れていく。そういう意味で、カズはチームに必要な存在でもあるんです」(スポーツライター・以下同) 問題はこの現状をどう考えるかだろう。『それもプロとしてありだ』と思う人もいれば、『スター選手なのだから引き際を大切にしたほうがいい』と言う人もいる。辛口で知られるサッカー解説者のセルジオ越後氏は12月3日、自身のYouTubeチャンネル『蹴球越後屋』を更新し、カズへの意見を述べている。「何世代もカズという名前を覚えている」など日本サッカーに残してきた功績を称えた上で、「プレーヤーとしてはもう無理。1シーズンに1点も取らないフォワードって、責任問題じゃないですかね、雇っているほうの」と語った。「カズ自身も身の振り方に悩んでいる。誰よりも試合に出たいのは本人ですし、J3や地域リーグへの移籍も検討していないわけではないようです。ただ、来年2月で55歳を迎える身体を考えた時、ケガをした場合などのバックアップ体制が整っているJ2以上のチーム、つまり横浜FCでのプレーが最適。 J3以下になれば、サッカーをする環境は1ランクも2ランクも下になる。身体が第一ですから、オファーがある限り、横浜FCでプレーするでしょう。残留すれば一定の批判は出てくると思いますが、それも覚悟の上でしょう」(同前) 30代後半の頃、いつまでサッカーを続けたいかと聞かれ、「還暦まで」と冗談っぽく答えていたカズ。雑音を封印するためにも、とにかくゴールが欲しい。
2021.12.05 07:00
NEWSポストセブン
三浦知良と三浦孝太
三浦カズ次男・孝太が格闘家デビュー 格闘技界の「キング」になれるか
「誰もが憧れるこのすばらしい舞台で、大晦日にデビューさせていただくことを、本当にうれしく思います」 9月19日、さいたまスーパーアリーナで開催された総合格闘技イベント『RIZIN30』で、リングに上がって挨拶したのは、キングカズことJリーグ横浜FCの三浦知良(54)の次男、三浦孝太(19)だった。「噂すら聞いたことがない、完全なサプライズでした。まさかカズの次男が格闘家になるとは……。会場も『えッ?』っていう空気で、ザワついていましたね」 格闘ライターの堀江ガンツ氏もそう話す隠し球だった。 孝太はもともと兄(カズの長男・りょう太)と共にクラブチームでサッカーをしていたが、高校時代に格闘技に魅せられ、RIZINの会場にも度々観戦に訪れていたという。「表舞台に出てきたのは今回が初めてです。兄のりょう太は昨年8月に俳優デビューしましたが、その裏で弟は着々と格闘家デビューを目指していたといいます」(スポーツ紙記者) 現在は元五輪レスリング日本代表の宮田和幸氏(45)のジムで練習に励んでいるという孝太だが、キャリアはまだまだ。 堀江氏は大晦日のデビュー戦について、こう予想する。「通常の5分3Rではなく、3分2Rとか、何かしらの特別ルールになるのではないか。カズのDNAを引き継いでいるので素材は十分に期待できる。決め技で父親譲りのサッカーボールキック(グラウンド状態の相手への蹴り)が炸裂したら、会場は大いに盛り上がるでしょうね」 格闘技界の“キング”になれるか。※週刊ポスト2021年10月8日号
2021.09.29 07:00
週刊ポスト
W杯フランス大会出場の夢実らず、帰国後記者会見した三浦知良(左)と北沢豪(時事通信フォト)
あれから23年、「衝撃の落選」がなければカズはもう引退していたか?
「衝撃の落選」から23年が経った──。1998年6月2日、フランスW杯を直前に控えたサッカー日本代表の岡田武史監督(当時)は、合宿地のスイス・ニヨンで「外れるのはカズ、三浦カズです」と三浦知良のメンバー漏れを発表した(同時に北沢豪、市川大祐も落選)。強ばった表情が事の重大さを表していた。 カズは長年、日本のエースとして君臨してきた。1992年のアジアカップでは初優勝の立役者としてMVPに選ばれ、1993年に開幕したJリーグでも初代MVPに輝いた。同年のアメリカW杯最終予選では4点を決め、大会得点王に。勝てば出場の決まる最終戦のイラク戦でも先制ゴールを挙げる。だが、ロスタイムに追いつかれ、W杯出場は果たせなかった。まさかの幕切れは“ドーハの悲劇”と呼ばれた。 雪辱を期した1997年のフランスW杯最終予選、カズは9月7日の初戦ウズベキスタン戦で4ゴールを挙げる大活躍を見せる。しかし、3戦目のホームの韓国戦で尾てい骨を痛め、その後も強行出場したことで、状態は悪化。ゴールから遠ざかり、チームは勝てない。30歳の“ベテラン”カズはバッシングの対象となった。 同年9月に開設されたカズのホームページの掲示板には「引退しろ」「点の取れないFWはいらない」「もうお前さんの時代やない」などの書き込みが相次いだ。10月、管理人が削除した悪質な誹謗中傷は全体の3割にも及んだという(1997年12月22日放送のNHK総合『W杯へ 試練の71日間 ~カズが語るアジア最終予選~』参照)。 10月26日、ホームのUAE戦で引き分けると、試合終了後に国立競技場の玄関を出たカズにサポーターが「もうやめちまえ!」「何やってんだ!」と罵声を浴びせ、愛車にモノを投げ付けた。日本代表のエースを取り巻く空気は異様だった。スポーツ紙にも、ネガティブな見出しが並んだ。〈カズ 無視され激怒 PK練習志願もGK陣拒否〉(10月10日 日刊スポーツ 1面)〈カズ監禁 日本ドロー国立暴動 5000人ファン切れた!! イレブンと競技場内に30分〉(10月27日 日刊スポーツ 1面)〈ゴン中山 決戦スタメンだ ドゥンガ絶賛「カズは衰えた」〉(11月10日 東京中日スポーツ 1面)2017年3月以来、4年間ゴールを決めていない 11月16日のイランとの第3代表決定戦では、先発出場するも後半18分に交代でベンチに下げられ、代わりに入った22歳の城彰二が同点ゴールを決め、日本は岡野雅行のVゴールでフランス行きを決めた。いわゆる“ジョホールバルの歓喜”だ。一方でカズには“限界説”が唱えられ、世代交代論が巻き起こるようになる。当時、一連の報道について聞かれたカズは、こう話している。〈マスコミはそういうふうに煽っているけど、俺は自分を信じている。他人がどうこうではなくて、自分自身がやってきたことに誇りを持って戦えばいいわけだから。別にマスコミと戦っているわけじゃない、自分と戦っているわけだから。自分に負けたら負け、勝ったら勝ち、ここまでやってきたことは誰にも変えられない〉(1998年5月号『ストライカー』) 強靭な精神力でバッシングに立ち向かったが、流れは変えられなかった。1998年になると、岡田監督は城をフォワードの柱として起用。5月のキリンカップでは、スタメンはおろか、出場機会すらなかった。そして6月2日、25名から22名に最終メンバーを絞る際、「城をFWの柱と考えているので、残りのFWをどうするかと考えると、使うチャンスがない」とカズの落選を決めた。すると、バッシングの矛先は岡田監督に向き、日本が予選3戦全敗で終えると、「カズがいれば……」と今まで散々批判されていたカズを惜しむ声が上がった。 あれから23年経っても、54歳のカズはJ1横浜FCで現役生活を続けている。もしフランスW杯に出場していれば、既に現役を引退していたのではないかという推論は頻繁に囁かれる。しかし、2019年2月17日の NHK『サンデースポーツ』で、カズは大越健介キャスターの質問に対し、キッパリと言い切っている。大越:あの時、フランス大会に出ていたとして、今も現役を続けていますか?カズ:いたと思います。ずっと続けてると思いますね。自分自身、もうサッカーが大好きなんです。 カズはJ2時代の2017年3月12日の群馬戦でゴールを決めて以来、得点を挙げていない。50代でプロサッカー選手を続ける偉業を褒め称えられる一方、出場機会の少ない最近は風当たりも強くなっている。批判の声を黙らせるには、ゴールしかない。長年の経験で、カズは誰よりもそうわかっている。 4年前、ネットを揺らした彼はスタンドに向かって走り、カズダンスを踊り終えると、噛み締めるようにゆっくりと人差し指を天に上げた。これを、決して最後のゴールにするわけにはいかない──。■文/岡野誠:ライター、松木安太郎研究家。NEWSポストセブン掲載の〈検証 松木安太郎氏「いいボールだ!」は本当にいいボールか?〉(2019年2月)が第26回『編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞』デジタル賞を受賞。著書『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記』(青弓社)では1998年フランスW杯直前にメンバー落ちした三浦知良の帰国後、親友の田原がどう接したかも記している。
2021.06.02 19:00
NEWSポストセブン
二世タレントの芸能界入り「パパ友会」が重要な役割果たす
二世タレントの芸能界入り「パパ友会」が重要な役割果たす
 芸能界では多くの「二世」たちが大活躍。最近では、あのサッカー界の超大物の長男も俳優デビューを果たした。そこで、放送作家の山田美保子さんが、昨今の「二世タレント」について分析する。 * * *「キング・カズ」こと三浦知良サン(53才)・三浦りさ子サン(52才)ご夫妻の長男、三浦りょう太(りょう=けもの偏に「寮」のうかんむりなし)クンが芸能事務所「トップコート」さんの所属になったと報じられましたね。 りょう太クン、15才でブラジルにサッカー留学した経験もあるのですが、サッカーではなく、俳優さんの道へ。田原俊彦サン(59才)をはじめ、芸能界にも幅広い人脈をもつ父上の影響でしょうか。昨年は、木村拓哉サン(47才)主演の『グランメゾン東京』(TBS系)に出演していらしたんですね。ごめんなさい、二世でいうと、佐藤浩市サン(59才)Jr.の寛一郎クン(23才)に気をとられ、りょう太クンのことはチェックしきれませんでした。 そうそう、三浦知良サンと木村拓哉サンの“ご縁”については、木村クン本人から聞かせていただいたことがあります。『BG~身辺警護人~』(テレビ朝日系)の第1シリーズの外ロケ中、停車中の車のパワーウィンドーがサーっと開いたので、木村クンは「マスコミか?」と一瞬、警戒したそうなのですが、顔を出したのがカズさんで、「『BG』を見ています」「面白いです」と言ってくださったのだとか。その翌年、『グランメゾン東京』にりょう太クンが出演することになったのは、まさにご縁ですね。 りょう太クンは“ワークショップオーディション”にて「トップコート」の渡辺万由美社長と知り合い、所属することになったと聞きました。「トップコート」さんといえば“カメレオン俳優”の筆頭、中村倫也サン(33才)や、「日本アカデミー賞」最優秀主演男優賞を受賞した松坂桃李サン(31才)、菅田将暉サン(27才)も所属していることで話題。私が推している杉野遥亮クン(24才)、さらには新田真剣佑クン(23才)ら若手の超人気者もいらっしゃいます。 万由美社長は昨年、『プロフェッショナル 仕事の流儀』(NHK)で、そのお仕事ぶりがクローズアップされ、所属俳優さんや女優さんをじっくり丁寧に育てていくことでも知られています。同事務所の公式YouTubeにて“お披露目”を行ったりょう太クン。強制終了させられたものの、尾崎豊さん(享年26)の歌マネで“ツカミはOK”。昨年、多くのコンテストで評価された「アタックZERO」のCMは、先輩の松坂サン、菅田クン、杉野クンも出演していることですし、“後輩役”として加わる可能性があるかも。 二世ということでいえば、渡辺謙サン(60才)の娘・杏サン(34才)や、水谷豊サン(67才)・伊藤蘭サン(65才)ご夫妻の娘・趣里チャン(29才)ら、大物二世の女優さんが所属している「トップコート」さんです。りょう太クン、本当に素晴らしい事務所に所属されましたよね。二世ブームに拍車をかけた「二世・三世会』 それにしても、ここ数年、二世タレントさんが次から次へとデビューされてますよね。まぁ、りょう太クンのようにご両親共に有名人だったり、そんな有名人のご子息が大勢通う私学に幼稚園や小学校から通っていれば、芸能界は決して「遠い世界」ではないハズです。 昔から「ステージママ」という言葉があるので、二世タレントさんの場合、お母様が子供さんのデビューに熱心かと思いきや、“山田調べ”では、男のコ、女のコに限らず、お父様のネットワークによって芸能界入りを果たす二世の方が多いようにお見受けします。 というのも、前述の“私学”には、パパたちが担任の先生を囲む「父の会」とか「パパ友会」というのがあって、先に子供さんをデビューさせている有名人パパに、ほかの有名人パパが質問を浴びせる…という話も聞いたことがあります。 それにしても、です。最近では、あまりにも二世タレントさんが多すぎて、「二世」であることは知っていても、親御さんが誰だったか、すぐに出てこないことがあります(苦笑)。 私が構成にかかわっている『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)では、ずいぶん前から「二世大会」がキラーコンテンツです。そもそも、明石家さんまサン(64才)・大竹しのぶサン(62才)“元”ご夫妻の長女・IMALUチャン(30才)がデビューしたことは、芸能界二世ブームの大きな“きっかけ”と言えます。 その後、「IMALUチャンの気持ちがいちばん理解できるのは私」と、大和田獏サン(69才)・岡江久美子さん(享年63)ご夫妻の娘さんの大和田美帆サン(36才)が食事会を開催。そこに関根麻里チャン(35才)、大沢あかねチャン(34才)らが加わって「二世・三世会」が発足したことが、さらにブームに拍車をかけました。“血縁”にこだわり、“家系図”に順番がある日本の場合、「お父さん(お母さん)にソックリ」とか、ご両親や祖父母、曽祖父母に至るまで有名人の二世、三世は、それだけで大きな注目を集めます。あ、賀来賢人サン(30才)と賀来千香子サン(58才)や、りょう太クンの母・三浦りさ子サンと『BEAMS』代表取締役の設楽洋さんのように、「叔母」「叔父」でもOK。昔から歌舞伎界では、こうした関係性を含めて取り沙汰されていましたから、芸能界でも今後は「遠い親戚」まで話題になる可能性が高いです。構成■山田美保子/『踊る!さんま御殿?』(日本テレビ系)などを手がける放送作家。コメンテーターとして『ドデスカ!』(メ~テレ)、『アップ!』(同)、『バイキング』(フジテレビ系)、『サンデージャポン』(TBS系)に出演中。CM各賞の審査員も務める。※女性セブン2020年6月25日号
2020.06.13 07:00
女性セブン
YouTube登録者数約16万人、アウトドア系70歳男性の流儀
YouTube登録者数約16万人、アウトドア系70歳男性の流儀
 今、若年層に絶大な人気を誇るYouTuberだが、高齢者たちも負けていない。第2の人生を謳歌するかのごとく高齢YouTuberが増加しているのだ。 アウトドア業界の有名人“jijii”こと中村カズヒロさん(70)は15万人の登録者を誇る。「趣味を増やすのが趣味(笑い)」と言い切り、キャンプ、登山、カメラ、自転車など趣味性の高いアウトドア関連の動画をアップしている。 臨場感ある景色やハウツー解説に加え、jijiiさんの軽快な語り口も人気の秘密だ。愛車は後部座席にエアーマットレスを入れ、車中泊仕様の軽キャンパーに改造している 定年退職後の海外旅行の記録を残すために動画撮影を始めたのが配信のきっかけだった。基本的にカメラ3台体制で撮影し、2日間かけて編集する。質の高い映像で玄人志向のファンも多い。 今では、DIYやアウトドア用品のレビューが大ヒットし、外出先で視聴者から話しかけられることも多々ある。完全オリジナルの調理レシピはアウトドア用品のレビューと並んで人気のコンテンツだ。 有名となった今でも、視聴者からのコメントへの返事は欠かさない。 今後の目標を聞くと、「自分が楽しむためにやっているだけやからな。今までと同じペースで続けていければええ」と知足安分の境地で語っていた。●じじい/1950年生まれ。約11年前からキャンプ動画を中心に配信開始。著書『Life is Camp winpy-jijiiのキャンプスタイル』(玄光社)が発売中。・チャンネル名/winpy-jijii・開設年月/2008年8月・登録者数/15万9000人・公開動画本数/389本 ※3月25日時点※週刊ポスト2020年4月10日号 
2020.04.04 07:00
週刊ポスト
閣議後に取材に応じる麻生太郎財務相兼金融相=25日、首相官邸
「消費税20%の未来」 財務省の作戦をどう捉えるべきか
 われわれの生活に直結する消費税。8%から10%への増税は無風といえたが、これが将来、倍に跳ね上がるとしたらどうか。コラムニストのオバタカズユキ氏が考察する。 * * *  10月1日の消費税増税からもうすぐ2か月が経つというタイミングで、ちょっと気になるニュースが流れてきた。IMF(国際通貨基金)のトップに就任したゲオルギエワ専務理事が来日し、「日本は消費税により頼れる余地があると考えている」と述べたそうなのである。 会見に合わせて公表されたIMFの声明では、現在10%の消費税率を2030年までに15%、2050年までに20%へ引き上げる必要がある、とのこと。その主な理由として、高齢化によって増え続ける社会保障費の負担を挙げていたという。このニュースに対し、ネットからは反発の声が続々。たとえば、以下のようなツイートが飛んできた。〈あんまり強い言葉は使いたくないんだが「バカは黙ってろ」 お前らのくそみたいな提言で日本が没落して人が死ぬんだよ。日本国民が死ぬんだよ!日本に近寄るなバカが!〉〈こんなとんでもない内政干渉を言われて、はいはいと聞くつもりか。冗談じゃない。消費税は5%に下げること、税金は富裕層・大企業からちゃんととることこそ、今必要です〉〈IMFの言う通り消費を20%にすればギリシャやアルゼンチンの二の舞になる。世界最速レベルで少子超高齢化で人口激減に進み、国内マーケットが急激に縮小する国で消費抑制が加速する。消費税の増税はあり得ない。ただの自殺行為でしかない〉 いきなり外からやってきて勝手なことを言ってくれるな!との怒りの声が渦巻いているわけだ。そうした声を見越して、テレ朝newsでは、「IMFがなぜ日本へここまで具体的に提言するか」、第一生命経済研究所・永濱利廣首席エコノミストからコメントを取って以下を記事にしている。「IMFというのは、日本の財務省からも職員が出向しています。政策提言的な部分は各国の財務省の意向が色濃く反映されているのが特徴。ある意味、直接、自国の国民に言いにくい耳の痛い話をIMFという外的機関を使って発言することはよくあることです」 なるほど、2030年までに15%、2050年までに20%へ引き上げというのは、つまり財務省の意向だと思っていいわけだ。 自民党の安藤裕衆議院議員も、ANN NEWSが流した「IMFは消費税率を2030年までに15%、さらに2050年までには20%まで段階的に引き上げる必要があると提言したのです。これに対し、ネット上では反発の声が上がっています」という内容に対して、〈当たり前です。ネットの住民は、このIMFの提言は財務省が言わせていることを知っていますから〉とツイートし、大量に拡散されていた。与党の政治家の発言だけに説得力がある。財務省はとにかく増税で財政再建をしたいのだ。 それにしてもなぜ、今のタイミングで、IMF≒財務省は、こんな情報を流したのだろうか。考えられるのは、こうしてチビチビとさらなる増税の可能性を示唆し続けることによって、国民の意識が慣れていく効果を狙っているかもしれないということだ。「ああ、また増税増税言ってるね。もう聞き飽きたし、別にいいよ」というように、反発心を萎えさせていく作戦のようなもの。 あるいは、10月1日の増税が意外なほどスムースに進んだので、だったら本音をもうちょっと聞いてもらいますぜ、という話なのかもしれない。今なら、強い抵抗を受けずに、自分たちの意向を伝えていけるんじゃないか、と。 消費税増税の是非については横においておくが、10%への増税後、何か大きくこの国、この社会が変わったかと問われれば、「そうでもない」気がする。上記のIMFのニュースがなかったら、「消費税」という題材で何かを発信する人はほぼいないというくらい、無風状態が続いていたように思える。 増税した10月1日、立憲民主党の枝野幸男代表は党会合で「今の消費不況の中でこの暴挙は日本経済全体に深刻な影響を与えるのではないか」と指摘したそうだが、実際はどうだろう。2か月が経ったばかりで観測するのは早すぎるとは思うものの、増税でこんなふうに大変になった、という類のニュースを私は聞いたことがない。増税前は、景気がもっと悪くなる、消費がさらに冷え込むなどなど、行き先を憂う声をたくさん聞いた。が、いざ実施してみたら、拍子ヌケするほど「何も変わっていない」気がするのは私だけだろうか。 FNNが10月19日と20日に行った世論調査で、こんな結果が出ている。「消費税率引き上げ後、買い物を控えているか、控えていないか?」の問いに対し、「控えている」と答えた人が17.9%、対して「控えていない」が80.0%。増税直後でもそんなもんだったよなと、私自身の肌感覚とも合致する数字だ。 この調査では、「消費税率引き上げ前の駆け込みで買い物をしましたか、しませんでしたか?」とも聞いていて、「した」が21.4%で、「しなかった」が78.4%。駆け込みショッピングの模様が盛んにテレビ報道されていたけれども、あれも少数派の動きにフォーカスしたにすぎず、大半は平常心で増税を受け入れていたのだろう。 他に、株式会社リサーチ・アンド・ディベロプメントというところが、増税後1ヶ月後の時点で、全国在住の20~69歳を対象に「消費税増税後の生活」に関する調査を実施している。「消費税増税後の生活に変化を感じているか」尋ねた結果は、半数以上の52.6%が「特に変わらない」と回答。さらに、増税前の調査結果では、「同じようなものならなるべく安いものを買う(43.7%)」「不要不急の出費を抑える(38.0%)」など節約ムードが漂っていたが、今回の調査では「同じようなものならなるべく安く買う」は18.6%、「不要不急の出費を抑える」も20.3%と、そうしたムードが落ち着いてきたことを指摘している。 なぜ今回の増税はこれほどスムースに実施され、増税後の国民は平然としているのか。さまざまな要因が絡んでいることは確かだろうが、素人なりに思うのは「軽減税率が効いた」ということだ。 公明党が主張し、自民党内の慎重論を押し切る形で導入された軽減税率は、前評判こそ悪かった。飲食店でイートインだと10%だが、持ち帰りは8%になり、現場は大混乱、そのための負担も大きく、ダメダメの制度だとさんざん叩かれていた。が、いざ実際に始まってみると、意外なほど混乱が少なかった。そしてなにより、われわれに身近な食料品が基本的に軽減税率の対象になったことが大きかった。 5%から8%への増税負担感は、1円刻みで値段をチェックする人が少なくない食料品で実施されたら結構重いものになっただろう。わずか3ポント、スーパーで計3000円買い物したとして、90円しか違わないわけだが、一つ一つの商品の値段がぜんぶ上昇している状況を目前としたら、それ以上の負担を我々の多くは感じてしまうはずだ。そこを避けた軽減税率の導入は、国民感情の対策としては成功したといえそうだ。 ただ、こうして実施した消費税の増税分は実際どのように使われていくのだろうか。本当に社会保障を支える財源になるのだろうか。そのあたりの不透明感、不信感を抱えながら我々は日々、生活を送っている。今回の増税ではうまく我々の感情をコントロールしたけれども、ナメてかかったら痛い目にあうぞ、とだけは書き添えておきたいと思う。
2019.11.30 16:00
NEWSポストセブン
三浦カズ&りさ子の長男、グランメゾン東京で俳優デビュー
三浦カズ&りさ子の長男、グランメゾン東京で俳優デビュー
 木村拓哉(47才)や鈴木京香(51才)の近くで休む間もなく忙しなく動き、店のホールの仕事やフードフェスの仕込みをこなす若い男性。くっきりとした眉毛にキレ長の目が印象的だ。 人気ドラマ『グランメゾン東京』(TBS系)の、木村と京香が三つ星を目指すレストランで働き始めた新入りスタッフが「あれ、どこかで見たことない?」「爽やかでかわいい」と話題になっている。「彼は“キングカズ”こと三浦知良さん(52才)とりさ子さん(51才)夫妻の長男(22才)です。りさ子さんのブログにもよく登場する有名人なので気づいた人もいたと思います。芸名を『三浦■太』(■=りょう「けもの偏に『寮』」、みうらりょうた)にして、このドラマでデビューしました」(ドラマ関係者) 少年時代は父の影響でサッカーに明け暮れていた三浦。「カズさんと同じく、15才でブラジルへサッカーの短期留学をするなどかなり本格的に取り組んでいました。中学高校は文武両道の名門私立校に進みましたが、クラブチームに所属して活躍していましたね。でも高校でスパッと引退しました。今は大学生で、本当にやりたいことや自分に合っていることを探していたようです」(三浦家の知人) 三浦は大学卒業を前に、芸能活動を考えるようになっていったという。今年3月、三浦が芸能界デビューするという話を聞いた本誌・女性セブンは、りさ子夫人を直撃していた。当時は、「全然まだです! 誰がそんなこと言ったんですか? でもまぁ、(カズは)本人がやりたいことは何でも応援するって言ってましたけど」 と答えていたが、まさかデビューが木村主演の話題作だったとは…。「本人は今年春には本格的に俳優を目指したいと周囲に相談していました。それなら“最高の布陣”の作品で勉強した方がいいと周囲からの勧めがあったようです。木村さんとカズさんは知らない仲ではありませんし、今回の『グランメゾン東京』には二世俳優の代表的存在といわれる佐藤浩市さん(58才)の息子・寛一郎さん(23才)も出演しています。木村さん、京香さんほかスタッフを含め、間違いなく“日本一”の布陣でしょう。でも、そのドラマにトントン拍子で出演が決まるのはさすがカズ&りさ子さんの息子さんです」(前出・ドラマ関係者) 第4話(11月10日放送)の最後に出てきて、第5話(17日放送)では店の先行きに不安を覚えて仕事を辞めるという役柄だった三浦。肝心のセリフは、「おつかれさまでした」の一言のみだったが、なかなかの存在感を出していた。「木村さんは寛一郎さんにもしっかり指導しているようですが、あまりに緊張していた三浦くんにもアドバイスを送っていたようです。今後の出演は未定ですが、今回は“勉強させてもらった”という感じで恐縮しきっていたようです」(テレビ局関係者) 二世俳優も七光ではなく“十四光”時代に。今後が楽しみだ。※女性セブン2019年12月5・12日号
2019.11.20 16:00
女性セブン
三浦知良、貴乃花、井上康生 彼らの因縁ライバルのその後
三浦知良、貴乃花、井上康生 彼らの因縁ライバルのその後
 今年のプロ野球ドラフトでは、高校野球を沸かせた2人のライバル、佐々木朗希(大船渡)と奥川恭伸(星稜)に注目が集まった。スポーツ界の歴史はこのように、ライバルとして並び称された「ふたり」が何組もいた。しかし、勝負の世界では、その後のキャリアの中で明暗が分かれることもある。あの日輝いた「もうひとり」のその後──。 Jリーグを代表するスターの三浦知良と中山雅史。「カズ」「ゴン」と呼ばれ、1990年代のサッカー人気を牽引した。 カズは52歳の現在も現役選手としての出場が話題になるが、同い年の中山は2012年に引退。しかし2015年に3年のブランクを経て選手に復帰した。「所属はJ3のアスルクラロ沼津。今年も契約更新されたが、4年間で公式戦には一度も出ていない。それでも三浦の最年長ゴール記録の更新を虎視眈々と狙っている」(サッカー担当記者) 角界のライバル関係といえば、「曙貴時代」と言われた第64代横綱・曙と第65代横綱・貴乃花の関係が思い浮かぶ。2人は入門同期として相撲教習所時代から競い合ってきた。 日本相撲協会との対立が記憶に新しい貴乃花だが、曙はプロレス転向後、消息が乏しい。「プロレスラーとしての技術は関係者からも高く評価されていた。2015年にジャイアント馬場夫人から支援を受けて『王道』というプロレス団体を立ち上げましたが、2017年に急性心不全で倒れ、それ以来入院生活が続いている。2年以上寝たきりの状態で、奥さんのクリスティーン麗子さんが献身的に介護をしています」(スポーツ紙記者) 1990年代の土俵を沸かせた小兵力士が、「技のデパート」として知られた舞の海と、高校教師からの転身で話題を呼んだ智ノ花。 舞の海はNHKの相撲解説や健康食品のCM、さらには『ぶらり途中下車の旅』(日本テレビ系)でよく見かけるが、智ノ花は引退後も相撲協会に残った。「立浪部屋の部屋付き親方になった後、元魁輝の先代・友綱親方を頼って部屋を移籍。その後、玉垣親方を襲名して、現在も友綱部屋付き親方として協会に残っている。今は九州場所担当として福岡入りしています」(相撲担当記者) 2007年に柔道全日本選手権と嘉納杯で当時最強と言われた井上康生に連勝、2008年の北京五輪で金メダルを獲った石井慧は、その後数奇な運命を辿った。 五輪直後にK-1、UFCなどを渡り歩いたあと、クロアチアに拠点を移した。現在もヨーロッパで総合格闘家としてキャリアを重ね、クロアチア国籍を取得した。※週刊ポスト2019年11月8・15日号
2019.10.31 07:00
週刊ポスト
盛大な「お別れの会」に多くの人が駆けつけた
ジャニー喜多川さん、意味深な誕生日会写真を読み解く
「ジャニーさん、ハッピーバースデー!」。50人近い所属タレントがそう声をそろえたかと思うと、手拍子をし、体を揺らしながら、『ハッピーバースデートゥーユー』を歌う。 その中心にいたのは、ジャニー喜多川さん(享年87)だった。大きなバースデーケーキを前に、ジャニーさんは、はにかみながらもうれしそうな表情を浮かべ、それまでの人生を振り返り、「八十何年生きてきて、今日がいちばん楽しい」と口にした。 その言葉を聞いて、タレントたちもうれしそうに笑う。タレントをわが子のように愛し、タレントからは父のように慕われた関係は、まさに唯一無二のもの。 大型スクリーンに映し出されたその映像は「お別れの会」の「関係者の部」に出席した約3500人に、絆の強さを見せつけるものだった。参列者の1人が言う。「まさか、ここまでの会になるとは思っていませんでした。プライベートの映像も用いて裏方に徹してきたジャニーさんの人物像、功績を参列者に伝えようという意図がしっかり伝わってきました。何より、ジャニーさんとタレントたちの素顔を初めて見ることができました」 9月4日、ジャニーさんのお別れの会が盛大に営まれた。会場となったのは東京ドーム。お別れの会の場として使われるのは今回が初めて。案内状のない人でも参列できる「一般の部」にも約9万人が詰めかけて生前をしのぶという、史上最大の規模となった。◆北島三郎、カズ、黒木瞳らも参加 ジャニーズ事務所と袂を分かつことになったタレントの参列はどうなるのかと取り沙汰されたが、多くが姿を見せていた。44年前に電撃移籍した郷ひろみ(63才)、シブがき隊の薬丸裕英(53才)と布川敏和(54才)、ジャニーズの黎明期を支えた光GENJIの大沢樹生(50才)、佐藤寛之(48才)、赤坂晃(46才)。KAT-TUN時代に解雇された田中聖(33才)など30人以上がジャニーさんに「さよなら」の言葉をかけた。「薬丸さんは、仕事があったのか開始時刻には間に合わなかったようで、遅れて会場入りしていました」(スポーツ紙記者) ほかにも、黒柳徹子(86才)と久米宏(75才)の『ザ・ベストテン』コンビや、北島三郎(82才)や武田鉄矢(70才)、泉ピン子(72才)に和田アキ子(69才)といった大御所も駆けつけていた。「サッカーの三浦知良さん(52才)も参列しました。フランスW杯直前で代表メンバーから外された時、メディアにもみくちゃにされると心配したジャニーさんが自分の所有するマンションを“隠れ家”に使っていいよと言ったほどの仲。奥さんのりさ子さん(51才)も一緒に来ていました」(前出・参列者) 元タカラジェンヌの姿もあった。「大地真央さん(63才)と黒木瞳さん(58才)は会場で待ち合わせをしていたようで、『待った?』などと言葉を交わし、隣同士に腰掛けて、ジャニーさんとの思い出話に花を咲かせていました」(別の参列者)◆中居が中央で笑う意味深な写真 会は定刻の11時に始まった。会場に『ネバー・マイ・ラヴ』が流れる。「ジャニーズ」のデビュー曲として用意されたものの、他者によって世に知らしめられ、その後、ジャニーズタレントたちがカバーしてきた名曲だ。 曲に聞き入っていた参列者たちが驚いたのは、スクリーンに映し出された映像だった。「映像は、ジャニーさんの跡を継いで裏方に回った滝沢秀明さん(37才)が制作したもの。長さは10分間ほどで、東山紀之さん(52才)によるナレーションがつけられていました」(芸能関係者) ジャニーさんがプロデュースしたコンサートや舞台の映像の後に、冒頭のシーンに移った。貴重な肉声が残されていたその映像は、3年前のジャニーさん、85才の誕生会のもの。ジャニーさんが近藤真彦(55才)と中居正広(47才)に手を取られながら歩く姿も見られた。「映像の中央で中居さんは笑って映っていました。当時はSMAPが解散することを発表した後のことだったので、貴重な写真を流すんだとびっくりしました。しかも、SMAPのほかのメンバーは映っていない。事務所に残った木村拓哉さん(46才)の姿もありません。なんとも意味深な写真でした」(前出・芸能関係者) その日も実は、微妙な距離感だった2人。一部では、中居と木村は「緊迫だった」、「目も合わせていなかった」と報じられた。「近藤さんの挨拶の時のことを言っているのだと思います。タレントたちは2列になって、グループ単位で固まりましたが、基本的に年功序列で内から外の順に並んでいました。 近藤さんの脇を植草克秀さん(53才)と佐藤アツヒロさん(46才)が固め、植草さん側に岡本健一さん(50才)と中居さん、佐藤さん側に木村さんが並びました。錦織一清さん(54才)は仕事で欠席でした。2人の間に4人いましたが、あくまで“ルール”に則った並び順でした」(前出・スポーツ紙記者) ただ、緊張感のようなものはあったという。「SMAP解散以来、一緒に仕事をしていない2人が、ほんの少しの距離を置いただけで、同じ空間にいるわけですからね。この会はすべてをオープンにすることによって、ジャニーさんと“子供”との絆を表したかったのでしょう」(前出・芸能関係者)※女性セブン2019年9月26日・10月3日号
2019.09.12 16:00
女性セブン
98年W杯出場を決めた直後のカズ(AP/AFLO)
釜本邦茂氏「三浦カズには還暦まで現役を続けてもらいたい」
 サッカー日本代表への課題として長年、言われることのひとつに「決定力不足」がある。勝利するための攻撃や、ここぞ!という場面で得点する力が足りないことを指しているのだが、それは、フォワードにふさわしい選手が不足していることを同時に表してもいる。1968年メキシコ五輪で日本人初の得点王となった、“日本史上最高のストライカー”、とも称され、元日本サッカー協会副会長の釜本邦茂氏が認める「日本初のフォワード」は、52歳の今も現役を続ける三浦知良だ。以下、釜本氏が語る。 * * * カズがヴィッセル神戸時代にこんな話をしたことがあります。練習中、カズが先頭でランニングしているので、「なんでベテランのお前が先頭を走らなアカンねん」と聞くと、「僕が後ろで走っていては、前を走るやつがいませんから」と返してきた。常に若い選手の手本に──なかなかできることではありません。 この言葉通り、カズはこれまで長きにわたって日本のサッカー界をリードしてきました。15歳で単身ブラジルに渡り、プロの門をくぐって個人技を習得。当時、日本人で個人技を持った唯一のプレーヤーだったと思います。私が初めてカズをじっくり見たのは、1993年にJリーグが発足し、私がガンバ大阪の監督としてヴェルディ川崎と対戦する時。器用な選手が出てきたなと思いましたね。それでいて決定力もあるから厄介でした。 当時、日本にはテクニックを持ったフォワードはいませんでした。僕らの時代なんて典型的で、前線で待っていると味方からパスが通って、そのままゴールにシュートを放っていただけで、細かいテクニックなんてなかった。カズは背中でパスを受けられる、それまでの日本にはいないフォワードでした。 オールラウンドプレーヤーという表現の方が近いかな。ボールを受ける時に体を入れて相手を抑えて、自分でボールを持って上がっていき、シュートまで放てる。特別スピードがあるというわけではないが、放っておいたらやられるということで、徹底的にマークさせました。得点すると披露するカズダンスも含めて、古い人間からしたら異様でしたね(笑い)。 日本をW杯に連れていってくれるかな、という期待を持たせてくれる選手でした。実際、1994年の米国W杯に向けた予選では、1次予選では9ゴール、最終予選では4ゴールとエースとして活躍をみせ、最終予選最終戦のイラク戦でロスタイムに同点にされた「ドーハの悲劇」がなければ本戦に出られたわけだから。 これで代表選手はじめサポーターも次の1998年フランスW杯出場も夢じゃないという確信を持ったが、肝心のカズが本大会出場メンバーから選考漏れした。事あるごとに日本代表とW杯への熱い思いを口にしていたカズにとっては、忘れようとしても忘れられない出来事だったのでしょう。50歳をすぎても現役を続けるのも、この件がいまだに頭にあり、代表を諦められないという意思の現われじゃないかなと、同じく日の丸を背負って戦った者として思います。 私は40歳で現役引退しましたが、実際はアキレス腱を切った36歳で終わっていたと思います。だから50歳をすぎて現役というのは想像を絶しますね。ここまできたら、還暦まで現役を続けてもらいたい。サッカーが三度の飯より好きなんでしょうね。羨ましいですよ。●取材・文/鵜飼克郎※週刊ポスト2019年5月3・10日号
2019.04.24 07:00
週刊ポスト
三浦知良 長男が芸能界デビュー間近、夫婦は円満取り戻す
三浦知良 長男が芸能界デビュー間近、夫婦は円満取り戻す
《主人の誕生の日にはコメント沢山ありがとうございました》。2月26日に52才の誕生日を迎えたカズこと三浦知良選手。妻のりさ子(51才)のブログにも、祝福コメントが届き、彼女は夫に代わり感謝の言葉を綴った。 ふたりはJリーグ開幕年の1993年に結婚し、1997年に長男、2002年に次男が生まれた。結婚25年、銀婚式を迎えた今、夫婦仲は過去最高に良好だという。「横浜FCに所属するカズさんがホームで試合をする時、りさ子さんは必ず観戦に行きます。昨年は結婚して初めて、夫婦水入らずの海外旅行で米・ラスベガスを訪れました」(三浦家の知人) 長い結婚生活は「いつも一緒」というわけではなかった。カズは結婚の翌年、イタリアに移籍。その後も国内外で移籍を繰り返した。「りさ子さんも仕事があったため、別居状態が続きました。その間、カズさんは観月ありささん(42才)やシェイプUPガールズの梶原真弓さん(52才)らと噂になったことも。逆に、りさ子さんの夜遊びが報じられたりもしました」(スポーツ紙記者) 2001年にカズがヴィッセル神戸に移籍した際、神戸にマンションを買ってようやく一家が一緒に住むも、2004年に長男が東京の私立小学校に合格すると、りさ子は子供らを連れて東京に戻り、翌年カズが横浜FCに移籍してからも別居生活は続いた。「お子さん中心のりさ子さん、サッカー中心のカズさんはなかなか生活を合わせることができなかった。一時は離婚がささやかれたこともありましたが、長男が大学に、次男が高校に進学して手が離れたことで、2017年3月に新たに都内にマンションを借りて同居を始めることになりました。一緒にいる時間も増えて、夫婦関係が徐々に修復されたようです。今でもカズさんは別の場所に仕事用の部屋を持っていますが、それがいい距離感になっているみたいです」(前出・三浦家の知人) 円満を取り戻した夫婦には新たな話もある。「実は長男の良太くん(21才)が芸能界デビューを考えているそうです。良太くんは笑い顔がカズ似の爽やかイケメンで、サッカー選手にはなりませんでしたが、スポーツ万能、背が高くて語学も堪能だそう。すでに事務所も決まっているという話ですよ」(前出・三浦家の知人) カズ2世のデビューはいつなのか。りさ子に話を聞くと、「全然まだです! まだそんなのは何にもないんですよ…。誰がそんなこと言ったんですか? でもまぁ、(カズは)本人がやりたいことは何でも応援するって言ってましたけど」 そう笑顔で話すのみだった。円熟期の夫婦にまた1つ、楽しみが増えそうだ。※女性セブン2019年3月28日・4月4日号 
2019.03.14 07:00
女性セブン
(写真:時事通信フォト)
自分と戦い続ける50代、三浦知良と田原俊彦の挑戦
 1月11日、J2横浜FCが三浦知良との契約更新を発表した。1992年のアジアカップで日本を初優勝に導いてMVPに輝くなど日本代表として91試合55得点を記録。日本サッカー界を牽引してきたフォワードも、2月26日に52歳を迎える。外国のメディアも取り上げるほど稀有な50代の現役サッカー選手は、1980年のデビューから現在も歌って踊り続ける57歳の田原俊彦を慕ってやまない。その理由とは──。 著書『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)で、田原俊彦と三浦知良の友情についても詳細に綴っている岡野誠氏が2人の関係を読み解く。 * * * 田原俊彦と三浦知良の出会いは1988年に遡る。静岡市民文化会館での田原のコンサートに、カズが訪れた時から始まった。 当時、27歳の田原は主演ドラマ『教師びんびん物語』(フジテレビ系)で野村宏伸との絶妙な掛け合いを見せ、高視聴率を獲得。主題歌『抱きしめてTONIGHT』も、人気歌番組『ザ・ベストテン』(TBS系)で年間1位に輝くほどの大ヒット曲となる。ブラジルでプロ3年目を迎えたカズはキンゼ・デ・ジャウーに所属し、3月にプロ初ゴールを挙げた21歳の若手だった。 以来、カズはセリエAのジェノアに移籍した1994年を除いて毎年、田原のステージに訪れている。舞台に上がって田原の持ち歌を一緒に歌うことも珍しくない。時間を取れない時でも、田原のライブやイベント前にほんの数分だけでも顔を出している。 なぜ、2人は30年以上も親交を深めているのか。ともに、無謀と思われる挑戦からスタートし、偏見を覆して栄華を極めた時期もあれば、奈落の底に突き落とされたような時代もあった。田原俊彦と三浦知良にしか共有できない境遇があるからではないか。 田原俊彦は高校1年生だった1976年、ジャニーズ事務所への入所を直談判しにいく。ジャニー喜多川氏から認められると、毎週末に地元の山梨から東京へレッスンに通い、ダンスの技術を身に付けた。「男が踊るなんて……」という偏見が蔓延っていた時代の話である。 下積みの成果は1980年に『哀愁でいと』でデビューするとすぐに現れ、『ザ・ベストテン』では番組最多の247回ランクイン。1980年代後半にはドラマ『教師びんびん物語』シリーズと主題歌『抱きしめてTONIGHT』『ごめんよ涙』が大ヒットした。1970年代後半に低迷していたジャニーズ事務所の再生は、田原の活躍なしでは語れない。 三浦知良は高校1年生の1982年に静岡学園を中退し、単身でブラジルに渡る。周囲は成功できるはずないと嘲笑していたが、1986年にサントスFCとプロ契約。その後、コリチーバなど数チームを渡り歩き、ブラジルで実績を残したカズはW杯に出場するという目標を叶えるため、1990年に帰国。 Jリーグ開幕の1993年にはヴェルディ川崎を優勝に導き、MVPに輝いた。1996年には得点王を獲得。チームでも日本代表でも、カズにボールを回せば何とかしてくれるという期待感に満ち溢れていた。カズなくして、日本サッカー界の発展はなかった。 だが、永遠に続く栄光などない。田原俊彦は1990年代に入ると、主演ドラマのヒットに恵まれなくなる。1994年にはジャニーズ事務所を独立。売上10万枚以上のシングルは1992年の『雨が叫んでる』以来、生まれていない。 三浦知良は1993年にW杯アジア最終予選のイラク戦でロスタイムに追い付かれて本大会出場を逃す『ドーハの悲劇』を味わい、1997年には最終予選を勝ち抜くも翌年のフランスW杯ではメンバー漏れ。夢のW杯出場を果たせていない。◆彼らの現役生活をいつまで見られるかは誰にもわからない 共通点は、過去の出来事だけではない。50代になった今、2人は未知の領域に挑み続けている同士でもあるのだ。 昨年のカズは天皇杯2試合でスタメン起用されたものの、リーグ戦42試合で先発出場なし。途中出場も9試合に終わった。それも1分が3試合で、10分以上は3試合に留まった。 年明けには42歳の楢崎正剛、40歳の中澤佑二、39歳の小笠原満男といった日本代表を支えた選手が引退を発表。出場機会の減っている50歳を過ぎたカズに対する風当たりがやや強くなりつつある。 だが、周囲の声がどう変化しようと、カズはいつも懸命にサッカーを続けてきた。〈僕は、15歳の時から切れずに練習を続け、ここまで休まず来たんです。継続してきたから、いまがある。それに尽きるんじゃないですか。50歳はその継続の結果にすぎないし、いまはまだ、この先へと続く通過点だと思っています〉(『Number』2017年3月16日号) いつ先発のチャンスが巡ってくるかわからない。それでも、あると信じて日々の練習に取り組む。酸いも甘いも知るカズの姿勢がチームに与える影響は計り知れないはずだ。 50代で現役を続けるカズにとって、ステージで2時間歌って踊り続けている6歳年上の田原俊彦の存在は大きいのではないか。 田原は、ライブでスポーツ選手と同じように動き回っている。古い話で恐縮だが、それを証明するデータがある。 1984年3月22日の『ザ・ベストテン』では、『チャールストンにはまだ早い』で6位にランクイン。歌唱時、田原がどのくらい動いているかを数字で示すため、番組は機械を装着させた。 すると、歌い終わった時のカロリー消費量は69.6、脈拍数は181に。立ち会いの医学工学博士が「100メートルを走りながら歌ってる感じです」と説明した。番組前に測定した田原の通常時の脈拍は75、1分間の階段登り降りで140、1分間のなわとびで145だった。いかに歌って踊ることが過酷かわかるだろう。 現在も、田原は2時間歌って踊るライブを続けている。還暦近い年齢を考えれば、踊りを簡略化してもファンは文句をいわないだろう。しかし、田原は出来る限り、当時と同じ振付で魅せている。 ジャンルこそ違えど、50代になっても自分との戦いを辞めないからこそ、カズは今も田原俊彦を慕っているのではないか。 昨年、カズの出場機会が少なかったように、田原も新曲を地上波テレビで披露する機会は訪れなかった。以前、田原はインタビューで自身の芸能界でのポジションについて聞かれた時に現状を冷静に分析し、こう答えている。〈「ぶんぶん素振りをしているのが俺」。ピンチヒッターとして、声が掛かったらいつでもスタンバイOKでステージに立てるように準備しているからだという〉(山梨日日新聞、2013年7月9日) 過去の栄光にふんぞり返らず、現状を嘆くこともせず、ただ前を向いて努力を続ける。もし地上波で歌って踊る機会があれば、いつでも世間を驚かせてやるという心意気を持ちながら、備えている。 ゼロから努力で掴んだ栄光だからこそ、田原はヒット曲を、カズはゴールを目指して今日も己の技を追求している。 2人の姿を見るたび、私は思い出す言葉がある。1989年、ドラマ『教師びんびん物語II』の6話『みんな寂しいんだ』で異母兄弟の兄にいじめられる生徒の坂根慶祐に、田原演じる徳川龍之介先生が諭した台詞である。〈人生は闘いだ。自分の生きていく場所を用意して貰えないことだってある。そしたら自分で、その場所を作らなければいけない。誰かがちゃんと見ている。必ず正しい判断を下してくれる。黙ってちゃダメだ。自分の場所を主張しなさい。ここは僕の場所だと言いなさい。正々堂々と自分の場所はここだと、ハッキリ主張しなさい〉 田原俊彦も三浦知良も“自分の場所”を主張するために日々、鍛錬している。50代である彼らの現役生活を、いつまで見られるかは誰にもわからない。今年もトシがステージで、カズがピッチで躍動する姿を目に焼き付けたい。
2019.01.16 07:00
NEWSポストセブン
「人間は自然の一部」。八ヶ岳で体験型教育を推進する古川和女史のデュアルライフ あの人のお宅拝見[11]
「人間は自然の一部」。八ヶ岳で体験型教育を推進する古川和女史のデュアルライフ あの人のお宅拝見[11]
私が知り合ったころの古川和(カズ)さんは、主婦から起業して体験型科学教育『リアルサイエンス』を、科学者の秋山仁氏らと子ども向けに行っていました。最近は「大人向けに、企業のチームビルディングなんかもやってるのよ!」と、相変わらずアクティブな姉御の行動力に驚くばかり。東京とのデュアルライフを楽しむ、八ヶ岳麓のお宅へ伺って話を聞くことにしました。連載【あの人のお宅拝見】「月刊 HOUSING」編集⻑など長年住宅業界にかかわってきたジャーナリストのVivien藤井が、暮らしを楽しむ達人のお住まいを訪問。住生活にまつわるお話を伺いながら、住まいを、そして人生を豊かにするヒントを探ります。「アメリカで衝動買いした家具を置くために建てたような家」!?和(カズ)さんの本宅は東京で、八ヶ岳の麓・大泉町に別荘を建てられたのは約20年前。子ども2人の子育て時代から山登りが好きで、野外活動教育の仲間もいるこの辺りが気に入っていたそうです。今回も東京で午前中の仕事を終えてから車を走らせ、15時過ぎにこの取材。日常的に行ったり来たりとデュアルライフ(二地域居住)を楽しむアクティブな61歳は、私の憧れです。クリームイエローに赤のトリムが映える大屋根の外観。取材日は曇りで冴えなかったので、青空の写真を送ってもらいました!(写真撮影/古川和さん)八ヶ岳の家はフィンランドメーカー『ホンカ・ジャパン』のログハウス。山小屋のような丸太組みのログと違って、角型ログで、モダンな雰囲気。断熱性は北欧仕様なので秋冬は冷え込む八ヶ岳でも問題なし。大きな家の小さな玄関、個性的なデザインは童話の世界のよう(写真撮影/片山貴博)玄関を入った先に広がる、吹抜けの大空間リビングでお話を伺うことにしました。ログの構造壁にタイルの床、赤い薪ストーブのある吹抜けのリビング(写真撮影/片山貴博)私の隣にはアインシュタインの人形が鎮座。アメリカの友人からプレゼントされたそう(写真撮影/片山貴博)「やっぱりログだから、内装の木肌が柔らかいし香りも良いのよね。20年たったけど」お子様も独立され、ますます活動的な和さん。私はテニスでもご一緒し、パワフルなプレーに圧倒されています!(写真撮影/片山貴博)20年前と言えば2人のお子様もまだ10代のころ、40歳そこそこで別荘を持つ余裕に驚き……。「そういうことでも無いのよ!子どもにも良い場所とは思っていたけれど。実はアメリカの友達が家を売るときに、家具を処分するって言うから『私が買う!』って言っちゃって(笑)。しばらく、置く場所もなくアメリカの倉庫で保管してて、やっとここに置ける家が建てられたの」イエローがアクセントカラー。壁には絵画より、窓の景色旦那さまの赴任地だった米国バークレーの友人から買った、お気に入りの家具が10点以上。「特にこのイタリア製テーブルのデザインが斬新で気に入ったの。このイエローが、インテリアのテーマカラーになりました」イタリアンモダンのテーブルに合わせたイエローの椅子、右奥にはイエローの冷蔵庫をあえてキッチンの外、斜めに置いてフォーカルポイントに(写真撮影/片山貴博)ほかには、アメリカンBIGサイズのベッドが2階の寝室にありました。窓もベッドに合わせたデザインです。私もここに泊めていただきましたが、おばさんでもお姫様気分(写真撮影/片山貴博)「絵画も好きだけど、この家は壁に絵を掛けていないの。窓にカーテンをせず、窓枠を額縁にした外の景色が絵の代わり」朝から夜、春夏秋冬。刻々と変化する景色を眺め、過ごす豊かさがここにはあるようです。和さんが撮った、窓からの富士山や紅葉。一時として同じ景色は無い、自然の醍醐味(だいごみ)(写真撮影/古川和さん)八ヶ岳界隈に住まう、クラフト&アクティブな人々も魅力子育て主婦だった和さんは、35歳のときにNPO法人『Teaching Kids to Love the Earth』を立ち上げ、体験型学習を実践してこられました。「アメリカ在住のころはヨセミテへキャンプに行ったり、東京では多摩川で網を投げて魚を獲ったり。子どもと遊ぶのも本格的、自然の中で育つと人への優しさが備わるものよ」人間も自然の一部だと理解できるようになると、子どもも大人も物の見方が変わるということです。赤い薪ストーブがリビングのアイコン。床暖房もあるが、薪を焚くと朝までホンワカと暖かい(写真撮影/片山貴博)「八ヶ岳界隈はすてきなお店や、面白い人が多くてね。とてもすてきなご夫婦が営まれているインテリアのお店があるの!」と、和さんお気に入りの北欧ヴィンテージ家具ショップが『SKOGEN』。そのワークショップに参加してつくったペーパーコード編みの椅子が、暖炉の前に2脚(旦那さまと1脚ずつ作製)。「薪をくべるときに座るとちょうどいい高さなの」。トレーを置くと、サイドテーブルとしても使える優れもの!(写真撮影/片山貴博)インテリアや手づくりが大好きな和さん。この家を建てるときも、自分で建材・設備を選びにショールームへかなり足を運んだそう。2階のトイレには、和さんが探して来たパステル色のタイルが貼られていた(写真撮影/片山貴博)「ほかにも東京から移住されたご夫婦で、きれいな畑をやっているお友達がいてね。今日も来る前に寄ったら、いろいろと採れたての野菜を下さったの」早速、頂いた野菜をダイニングテーブルで並べ始め……(写真撮影/片山貴博)八ヶ岳らしいグリーン・アレンジメント完成! 器は人気のプリンセス社(オランダ)ホットプレート(写真撮影/片山貴博)ダイニングルームには、大人数が座れる大きなテーブル。「ここで企業研修をすることもあるの。自炊もチームビルディングの一環」10人くらいはゆったり座れるテーブル。ここからも、外の緑が目に入る開放的なダイニング(写真撮影/片山貴博)そしてダイニングの奥には、コンサバトリー(サンルーム)もあります。「ここは朝、気持ちいいのよー」。朝日が入る、東側にあるコンサバトリー(写真撮影/片山貴博)食器も好きな和さんコレクションで、朝食風にセットしてもらった(写真撮影/片山貴博)和さん自身がそうであるように、八ヶ岳界隈にはアクティブに何かをするために住まう人が多いよう。そんな活力のあるコミュニティーが、この避暑地ならではだなぁ……と感じました。老若男女、グローバルな出会いの場になればという想い海外の子どもたちが環境体験学習を行うのに、ここを拠点にすることもあるようで、こんな色紙を発見。このお宅のデッキにあふれる子どもたち。つづられた感謝の言葉が並ぶ(写真撮影/片山貴博)色紙の写真は、このデッキ。ハンモックも気持ち良さそう(写真撮影/片山貴博)「外国人をお招きすることもあるので、一応和室もね」、2階の和室には野点(のだて)の茶道具も収められています。琉球畳に和紙のランプでモダンな和室。洋風窓も意外と調和(写真撮影/片山貴博)今回敷地内に、以前来たときには無かった物体や小屋が増築されていました(!?)。高さ3mの壁、これを道具無しにチームで協力して全員登り切るという課題用シーソー、複数人が乗ってバランスを取るもの(写真撮影/片山貴博)「これも体験学習のひとつ。大人も子どもも自然のなかで身も心も鎧を脱ぎ捨てて、ひとりではできないことを助け合いながら達成する。人それぞれ得意不得意があって当然、お互いの理解が深まっていくのがチームビルディング」子どもたちも、そんな体験から“多様性”を肌で実感することになるのだそう。「今日は曇っていて残念ね」と空を眺めながら、「今度はここでテニス合宿するから、いらっしゃいよ!」と誘ってくれた(写真撮影/片山貴博)八ヶ岳のお住まいも拡張するなか、「今度は東京の家を建て替える計画をしたいの! いつか娘が子育てするのなら二世帯住宅にしたいと思って。子どもも大人も一緒に勉強できるような書斎をつくりたい、天井まで書棚があってハシゴに登って本を取るような……」と、目を輝かせる和さん。その夢は、いくつになっても尽きることが無さそうです。古川 和八ヶ岳エナジェティック倶楽部代表1957年大阪府生まれ。東京都在住、結婚・子育てを経て1992年子どもの環境教育、科学教育の会Teaching Kids to Love the Earthを起業。2000年一橋大学大学院國際企業戦略研究科(非常勤講師)。後に、アクションラーニング研究所を立ち上げ、企業のチームビルディング研修を実施。カリフォルニア大学バークレー校の体験型の科学教育の手法を日本に普及し、NPO法人体験型科学教育研修所を立ち上げ2016年まで活動。2017年より株式会社EHRのエグゼクティブコンサルタント。(文部科学省政策評価有識者会議メンバー、東京学芸大学監事(非常勤)など)。趣味はテニス、俳句、茶道、美術鑑賞と幅広く、多彩な人脈を持つ。座右の銘:格物致知株式会社EHR北欧家具「SKOGEN」(藤井 繁子)
2018.11.13 07:00
SUUMOジャーナル

トピックス

公務に邁進されている(6月、東京・港区)
佳子さま「公務に積極的」になられた背景に「皇籍離脱」「結婚」か
女性セブン
亜希
亜希 陰から見守る元夫・清原和博と息子達との「父子鷹」
NEWSポストセブン
披露宴での志摩ノ海と元関脇・逆鉾の長女・清香さん(時事通信フォト)
故・逆鉾の長女が結婚で後継者確定も名門・井筒部屋再興への“高いハードル”
週刊ポスト
SNSでの発信力も大きい新庄ビッグボス(時事通信フォト)
新庄ビッグボスのインスタ投稿が波紋 「ファンとそれ以外の分断を煽る」の指摘も
NEWSポストセブン
クルマ、ギター、アート、スケートボードにもこだわる
長瀬智也、英国のバイク誌に登場 悠々自適な暮らしに「所ジョージ化している」の声
女性セブン
小室圭さんと眞子さん
小室圭さん妻・眞子さんがNYで行きつけのスーパーから見えてきた“妻の気遣い”「日本でいえば『成城石井』」 
NEWSポストセブン
京都の街を歩く舞妓のイメージ(写真/イメージマート)
元舞妓の〈16歳飲酒〉〈お風呂入り〉告発に、花街関係者も衝撃「未成年飲酒には厳しく対応しているはず」
NEWSポストセブン
不祥事を理由に落選したはずなのに、比例で復活されては…(左は塚田一郎氏、右は中川郁子氏/写真=共同通信社)
「不倫路チュー」「USBは穴に…」失言・不祥事で落選しても比例復活するゾンビ議員たち
週刊ポスト
注目を集めるNHK吉岡真央アナ
「ポスト和久田麻由子アナ」候補のNHK吉岡真央アナ 替え歌ダンスで“キャラの強さ”際立つ
週刊ポスト
前田敦子と篠田麻里子の女子会姿をキャッチ
前田敦子、篠田麻里子と六本木で4時間半女子会 元夫・勝地涼との関係は良好に
女性セブン
謎めいたバッグを持つ広末涼子
広末涼子、“破壊力強すぎ”コーデは健在「背中に蜘蛛」私服に続き目撃された「謎バッグ」
NEWSポストセブン
結婚し、日本メディアが情報をキャッチしづらいNYで、デイリーメールが追跡取材(写真/JMPA)
小室圭さん・眞子さん夫婦が「離婚で終わったとしても…」英デイリー・メールが報じた「茨の道」
NEWSポストセブン