都心の老舗一流ホテルの1フロアは、映画会社のスタッフ、取材陣などでごった返している。役柄によってカメレオンのように雰囲気が変わり、果たして実際の彼はどんな人だろうと期待を膨らませていると──。
約束の12時30分。颯爽と現れた佐藤浩市(54才)に、ざわめいていた人々は一瞬、直立不動に。その人々の間を爽やかな風が通り抜けた。
「ちょっと二日酔いで、すみません」
挨拶の「よろしくお願いします」に続いて、佐藤浩市は、意外にもそんな言葉を口にした。
「昨日の酒が残っているんで」と言いながら、いくらかバツが悪そうにカメラの前に立つ。インタビューの前に撮影時間が5分だけ充てられている。光沢のある濃いグレーのスーツが引き締まった体を包んでいる。ヤバイ、カッコよすぎる。オーラ、ハンパないです。
──お酒はよく飲まれるんですか? 何かいいことでもあったのかなと思って。
「2週間に1回くらいですかね。楽しくないから飲むんですけど…」
照れ臭そうに微笑みを浮かべた後、
「バクハツする日が必要なものですから」
とニッコリ。緊張で強張っていた記者の顔が思わずつられて笑顔になったところで撮影は終了。いよいよ20分のインタビューが始まった。
主演映画『愛を積むひと』(6月20日公開)は、北海道・美瑛を舞台に、佐藤扮する初老の男と樋口可南子扮するその妻を軸に、そこに集う人々の織りなすドラマだ。
──これまで精悍な男を演じることが多かった佐藤さんが、この作品では弱さを露呈する男です。白髪が意外で、とても印象的だったんですが。
「そうですか、地が白髪なんで」
──えっ!? 逆かと思ってました! なんでまた白髪でいこうと?
「原作を読んで、地の姿でやりたい役だと思ったんで…」
──(思わず頭を見て)では、その黒髪は…?
「撮影中の作品のために染めているんです」
──なるほど~。
「二日酔い」といい、「白髪」といい、のっけから、素の佐藤を想像させる話が飛び出した。
──髪の色も当然、役作りのひとつだということでしょうか。
「役は“ある”もんで、“作る”ものじゃないと思っているんです。自分の中では、あまりそういう言葉を用いたことはないんですね」
──失礼しました!(すっごく恐縮)
「結局、そこにある役をどうやって自分がやるかなんです。自分がやれば自分の素養が出ると思う。だから、どんな役をやってもそれほど自分というか、自分の生活を、逸脱しているとは思えない。この自分をどういうふうにして映画という三次元の世界に持っていくか、その作業が役作りといえば役作りなのかな」
映画の話になると、くっと瞳に力が入り、言葉数が多くなる。その姿に、思わず引き込まれてしまう。
──映画では、第二の人生を始めた夫婦の姿を静かに綴っていきます。試写会では、男性が多く泣いていたんですよ。
「そうですか~。実は泣かす映画にしないでほしい。感じてくれる人は感じてくれるはずだから、自然に思いが熱くなる作品にしてほしいって、朝原雄三監督にお願いしたんです」
──あ、みなさん、まさにそんな感じでした。後半、グッときてましたよ。私もつられてうるっときて…。
「ありがとうございます」
ニコッと微笑み、グラスの水を一口。その姿もまるで映画のワンシーンのようだ。
──主人公は、ごく普通の、どこにでもいそうな夫ですよね。
「そうですね。彼は、口では女房に苦労をかけたと言いながら、どこかで女房のためにおれは北海道へ来てやったんだ、と恩着せがましく思っている」
──そう、そうなんです! 女からすると、そう見えちゃいます。
「塀を築くために石を積むのも、おれはこれだけやってあげているんだ、という意識がどこかにある。それにある事情で娘を許せないでいる。でも、この人だって一度や二度は妻を泣かせたことがあると思うんです。といって、彼が悪人かというと、そうではないと思うんです」
撮影■キムラタカヒロ
※女性セブン2015年7月2日号